穏やかな日々の中で
同棲を始めてから数カ月が経った。日々の生活は次第にリズムを刻み始め、あゆみの心にも少しずつ余裕が生まれてきた。
朝は早起きをして、すばると一緒に子どもたちを保育園に送り出すことから始まる。その後、大学に向かい、講義を受けたり課題に取り組んだりする。そして夕方には帰宅し、夕食の準備をしながら子どもたちと遊ぶ――そんな忙しい毎日が、今ではあゆみの日常となっていた。
しかし、その忙しさの中で時折自分に問いかける瞬間がある。
「私、これで本当にいいんだろうか……。」
ある土曜日の昼下がり。リビングでれんとりおが積み木を使って遊んでいる。
「見て!これ、大きなお城だよ!」
りおが嬉しそうに積み木を並べていると、れんが隣で少し得意気に言った。
「お姫さまもいるんだよ。僕が守るんだ!」
その無邪気なやり取りを見ながら、あゆみはキッチンでお茶を淹れていた。
「二人とも楽しそうだね。」
微笑みながら声をかけると、れんが振り返り、
「あゆみちゃんも遊ぼうよ!」と誘ってきた。
「あ、あとでね。お茶が入ったら一緒におやつにしようか。」
あゆみの言葉に、二人は嬉しそうに頷いた。
その瞬間、ふとあゆみの胸に違和感がよぎった。
「私……子どもが苦手だったはずなのに。」
頭の片隅に浮かんだ思いに、あゆみは自分自身を誤魔化すように軽く笑った。
夕方、すばるが帰宅すると、子どもたちは一目散に駆け寄った。
「パパ、おかえり!」
その様子を見ながら、あゆみは笑顔でキッチンから顔を出した。
「おかえりなさい、すばるさん。」
「ただいま。今日はどうだった?」
すばるが子どもたちを抱きしめながら尋ねると、あゆみは少し肩をすくめた。
「まあまあですかね。二人とも元気いっぱいで、少しだけ手を焼いたけど。」
その言葉に、すばるは軽く笑い、
「毎日ありがとう。あゆみがいるおかげで、本当に助かってるよ。」
そう言って目を細めた。
「私がいるおかげ……。」
その言葉に、あゆみはわずかに戸惑いを覚えた。
夜、子どもたちを寝かしつけた後、あゆみはリビングのソファでぼんやりと座っていた。すばるがそばに来て、二人で静かに会話を交わす。
「疲れてる?」
「……少しだけ。でも、こうやって話してると、ほっとします。」
あゆみの正直な言葉に、すばるは優しく微笑んだ。
「頑張りすぎなくていいよ。負担に感じるようなことがあれば、ちゃんと言ってほしい。」
その言葉に、あゆみは小さく頷いた。
「ありがとうございます。でも……私、この生活が好きです。忙しいけど……すばるさんや、れんくんとりおちゃんと一緒にいる時間が、私にはとても大切で……。」
その言葉を口にした瞬間、自分の中に隠れた苦手意識が少しだけ薄れたような気がした。
その日の夜、あゆみは自分の部屋で一人静かに考えていた。
「私、本当にこれでいいのかな……。」
ふと頭をよぎるのは、自分が子どもを嫌いだと感じていた理由――あの頃の記憶だった。
小学生の頃、あゆみは周囲の大人から「いい子」と言われ続けた。
親の期待に応えることが何よりも大切だと教えられ、自分の気持ちを隠して笑顔を作り続けた。
でも、それは本当の自分ではなかった。
友だちがうらやましかった。自分の気持ちを正直に伝え、わがままを言える姿が――。
でも、自分にはそんな自由はなかった。
「いい子でいることに疲れてしまった。」
あゆみはその気持ちを忘れることができず、いつの間にか子どもが苦手になっていた。
「自由であることが許される存在を、どこか妬ましく思ってしまう自分がいた。」
「でも、今は違うのかもしれない。」
れんとりおと過ごす日々の中で、あゆみは少しずつ自分の感情が変化していることに気づいていた。
「あの二人の笑顔を見ていると、過去の傷が少しだけ和らぐ気がする……。」
そう感じる自分が、少しだけ誇らしかった。
そしてあゆみは心の中で静かに決意した。
「私も、この家で本当の居場所を見つけたい。」
その思いを胸に、あゆみはそっと目を閉じた。




