常識を越えた選択
重たく鋭い空気が実家の玄関先で肌を刺す。
大学の卒業を数カ月後に控えた如月歩己は、星宮昴とともに足を踏み入れた。
これまで何度も見慣れた家のはずなのに、今日は重たい緊張が肩にのしかかる。
「ただいま……。」
歩己の声は少し硬かった。
昴も小さく頭を下げる。「お邪魔します。」
リビングでは、父と母が静かに座って二人を待っていた。父の厳しい表情と、母の心配そうな目が、歩己の緊張をさらに増幅させる。
「それで、話というのは何だ?」
父の低い声がリビングに響いた。
「あの……今日は、大事なお話があります。」
歩己は一度深呼吸をして、言葉を続けた。
「私たち……結婚を考えています。」
一瞬の静寂が訪れた後、母が驚いたように目を見開き、父は険しい表情をさらに強めた。
「結婚だと?」
父の声が低く鋭い。
「はい。」
歩己はまっすぐ父を見つめて答える。その横で、昴が穏やかな声で補足した。
「突然のご報告で驚かせてしまったかもしれませんが、私たちは真剣に未来を考えています。」
しかし、その言葉に父の目は鋭さを増し、声のトーンも険しくなる。
「星宮君、君が歩己の担任だったことは覚えているよ。それが、君が娘と結婚を考えるとは……常識的にあり得ない話だと思わないのか?」
昴は一瞬黙り込んだが、やがて毅然とした声で答えた。
「ご指摘は理解しています。それでも、私たちはこの先を一緒に歩みたいと思っています。」
父の表情はさらに険しくなり、母が静かに視線を落とす。
「君には二人の子どもがいることも知っている。しかも、君は一度家庭を壊しているだろう。そんな人間と、歩己を結婚させるわけにはいかない。」
父の言葉は重く、冷たかった。
その場の空気が張り詰め、歩己は拳を握りしめる。
「お父さん……!」
感情がこみ上げたが、父の言葉は止まらない。
「どうしてわざわざそんな普通じゃない道を選ぶ?お前はまだ若い。これからもっといい人に出会えるはずだ。」
母も小さく頷きながら口を開く。
「歩己、本当にこれでいいの?まだ考え直せるんじゃない?」
その言葉に、歩己は一瞬戸惑いを覚えた。
しかし、すぐに覚悟を決めた目で両親を見つめる。
「あのね、お父さん、お母さん。私は、この道を選ぶって決めたの。」
「どうしてだ?」
父の厳しい声に、歩己は静かに言葉を返す。
「普通じゃない道かもしれない。でも、この道しかないって、私は思ったの。」
「なぜだ?」
父の問いに、歩己は視線を逸らさず、深く息を吸い込んだ。
「私には理由がある。今までの人生で、自分の道を見つけるまでにいろんなことがあったの。その中で、私はこの選択をするしかなかった。」
父と母は黙り込んだまま、歩己の言葉を待っていた。
その視線を受け止め、歩己は語り始める。
「私がどうして、この道を選ぶに至ったのか……全部話します。」
リビングの静寂の中で、歩己は自分の過去を思い出しながら話し始めた。それは、孤独だった少女時代から、昴との出会い、そして今に至るまでの歩みを紐解く物語だった。