プロローグ
「本当に申し訳ありませんでした!」
そう言って体を九十度に曲げた女性を見て私は何と答えていいのやら分からずなんとも間の抜けた返事をする。
「はあ、まあ、えっと……はい」
なにがはいなのかも分からずにただただそういうしかない。
「アキ、そんなことを言っている場合じゃないと思うけど?」
ツッコミを入れてくれたのは妹のサキだ。
一体私たちの身に何が起きたのか全く分からないまま突然現れた女性に謝られているわけなんだけれど。
水無月アキ。十六歳。
水無月サキ。同じく十六歳。
私たち双子の姉妹は学校からの下校の途中突然真っ白な光に包まれたかと思ったら見たこともない場所に立っていた。
真っ白な空間でどこまでも続いているような気もするし、ほんのすぐそこまでしかないような気もする不思議な場所だった。
それで出し抜けに女性が現れ突然謝罪の言葉から始まったわけなんだけれども。
いきなり現れた女性はいまだに体を九十度に曲げたままの姿勢で立っている。
とにもかくにも状況が分からないと話が前に進まない。
「あの、あなたは誰なんですか?」
こちらから質問すると女性は体を起こして佇まいを正す。
女性は真っ白なドレスのような服装をしていて青い宝石のような瞳に金色にうねる髪を腰のあたりまで伸ばしていた。
一目で私たちとは何かが違うんだというような印象を受けた。
「突然の謝罪について言葉があまりにも足りませんでしたね。私の名はジョセフィーヌと申します。私はある世界の管理人をしていまして、そこである作業をしている最中にちょっとしたミスをしてしまいあなた方のいる世界にまで影響が及びそうになってしまったのです。あなた方のいた世界にその影響は何とか防ぐことに成功したのですが、その、なんと言ったらいいのでしょう。あなた方に関しましては残念ながら影響を防ぐことができず、危険な状況から急遽この世界に来ていただいたのです」
「ある世界の管理人? なにそれ。危険な状況って何? 私たちの身に何が起きたわけ?」
そう問い返すとジョセフィーヌは視線をさまよわせながら何と答えていいのかしばらく思案する。
そして何かをあきらめたのかふーっとため息を一つついてから話始めた。
「ここまで来て簡単な言い逃れはできませんね。あなた方の体は今非常に危険な状況にあるんです。この世界に留めておかなければ体が崩壊してもおかしくないほどの損傷を受けてしまったのです。そこで先ほども言ったように急遽この空間を作りあなた方の命を繋ぎとめているというわけなのです。できることならあなた方の世界にきちんとお返ししなければならないのですがこのままでは細胞レベルで体が崩壊してしまいますのでそれもできないという状況なのです。お分かりいただけたでしょうか?」
そのあまりにも突飛な言葉に私もサキも思わず口をぽかんと開けてしまった。
え? 私たちの体が危険な状況にあるって、そこまで深刻な状況にあるの!?
細胞レベルで体が崩壊するほどに!?
ジョセフィーヌが言ったことを心の中でもう一度考えるとさすがに事の重大さが伝わってきた。
「えええええ!? なにそれなにそれ!! 私たちの体ってそんなに危険な状態なの!? いくら何でも想像の域を超えているよ!!」
「そうだよそうだよ!! しかもあなた方のいた世界にお返しできないって言ったよね!? それじゃあ私たちはずっとこの空間にいなきゃならないわけ!?」
私もサキも口々に言うとジョセフィーヌは慌てて言う。
「い、いえ! この空間にずっとい続けることもできないんですよ。ここは急遽作った世界ですのでいずれこの空間も消滅します。あなた方が生き残るためには私の管理する世界に来ていただくしかもう方法がないのです」
「そんな……そんなことって! 大体世界の管理人って一体何なの!? 神様か何かなの!?」
言葉を失いかけたけどさっきから言っている世界の管理人という言葉について聞いてみる。
「いえ、私は神という存在ではありません。私は私の管理する世界【エクリプス】の最初の人の血を濃く受け継いだ者です。私たちははるか昔にその星にやってきた者で、その星を開拓するためにやってきたのです。いわゆる開拓星ということになりますね。私たちの文明は栄えに栄えその星から夜の闇さえも消してしまうほどのものでした。そのうちに私たちはその星と融合することになったのです。ある者は土に。ある者は海に。ある者は大気に。そうしてその星と一体化した私たちはその星そのものを作り替えることにしたのです。あらゆる大陸を作り様々な島々を作りました。そして山々を作り大きな海や川を作りその土地に適した動植物を置いたのです。それから人間を始め様々な種族をその地に住まわせたのです。そこまでは良かったのです。そこまでは良かったのですが、その世界に歪みが生じてしまい本来ならないはずだった瘴気が発生してしまったのです! その瘴気は悪意ある者に絶大な力を与え、それ以外の者には最悪命を落としかねないほどの力を持っていまして、私は【エクリプス】の管理人としてその瘴気をどうにか浄化しようとしていたのです。そんな時でした。次元を超えてしまうほどのミスを犯してしまったのは。私はあなた方のいる世界に被害を与えないために最大限の努力をしましたが、あなた方二人に関してはなぜか私の力がうまく作用することができずあなた方の命に危機が生じてしまい、あなた方の命を救うために急遽この世界を作りなんとかあなた方の命を繋ぎとめたというわけなのです。長々とした話になってしまいましたがご理解いただけたでしょうか」
思った以上に複雑だった話に少しばかり眠気を感じてしまったけれど何とか理解することに成功する私たち。
「開拓星に融合した存在だってことは分かったけどなんで歪みなんて生じなきゃいけなかったのさ! そこはもう少しうまくやるとかできなかったわけ!?」
「そ、そうおっしゃられましても……こちらもできる限りのことはやったつもりでしたのですが何ともしようのない出来事でして」
ううう、なにそれなにそれ、できる限りのことをしたって言ったってなんで私たちがこんな目に遭わなきゃならないわけ!?
そこまで考えてさっきのジョセフィーヌの説明を思い出す。
「さっき「あなた方に関しては」って言ってたよね? それってどうしてなのか知ることって出来ないわけ? 説明が付けばもしかしたら何とかしようもあるかもしれないんじゃない?」
「そうだよ! 私たちの体を調べることはできないわけ!?」
サキの言葉にジョセフィーヌも頭をかしげながら答える。
「そうですねえ。確かにあなた方の体を少し調べさせていただいたほうがいいかもしれませんね。そうすればなぜ私の力が及ばなかったのか分かるかもしれませんし。ちょっと違和感を感じるかもしれませんがあなた方の体を調べさせていただきますね」
ジョセフィーヌはそう言うと私たちに向けて両手を広げる。
その瞬間体に何かが入ってきたような感じに陥り息が詰まるような感覚に支配される。
うわ、なにこれ、体の中を探られるような感じ。
うう、き、気持ち悪い……。
しばらくその気持ち悪さに耐えているとジョセフィーヌが目をつむりながら言葉を漏らす。
「これは……もしかして、なんということでしょう」
ふっと体の中を探られるような感じが解け、私もサキも思わず体がふらつく。
「な、なに? 何が分かったの?」
何とか聞いてみるとジョセフィーヌはとても神妙な顔をしていた。
「……唐突に聞くようで申し訳ないのですがあなた方には今まで魔を浄化するなどの力はありましたか?」
「ふえ? 魔を浄化する力? そ、そんなことしたこともないけど……」
「私も。そんな事映画とかでしか見たことないよ」
「そうでしたか……」
ジョセフィーヌは細い人差し指を口に当ててしばらく考え込む。
え? え? なに、なんなの? いきなり訳の分からない質問をしてきたかと思ったら今度は黙り込むなんて。一体何を言いたいんだろう?
サキと顔を見合わせているとジョセフィーヌは再び話始める。
「突然のことでこちらも少しばかり驚いてしまったのですが、あなた方にだけ何故私の力が及ばなかったのか分かりました」
「ええ!? ほ、本当に!? それでそれで!?」
「はい。私は元々聖女としての力があるゆえに最初の人の血を濃く受け継いでいる者の中で代表として【エクリプス】という世界の管理人をすることになったのですが、どうやらあなた方にも聖女の血が流れているようなのです。それで私の力と反発しあって私の守らんとした力があなた方には働かなかったようなんです。あなた方は聖女としての血を引いているようですね」
その言葉には私もサキも腰を抜かすかと思うほど驚いた!!
「わ、私たちが聖女の血を引いている!? そんな!! そんな話聞いたことないよ!!」
「あなた方って言うことはどっちか片方じゃなくて私もアキもって言うことだよね!? 私たちって聖女だったってことなの!?」
「そういうことになりますね。しかしおかしいですね。聖女の血を引いているのなら私の力と反発しあうなんてそれこそないはずなんですが。もしかしたらあなた方の聖女としての力が私の力を上回っているのかもしれませんね。だから私の力を退いてしまったのかもしれません」
「そんな……そんなことって……」
「じゃ、じゃあもしかして、私たちの力があんたより大きかった場合本当にもう元の世界に帰ることはできないとかいうんじゃ……」
サキが一番恐れていたことを聞くとジョセフィーヌはこくんと頷きながら言う。
「その通りのようですね。あなた方の力が私より大きいのでは私の力であなた方を元の体に戻すことはもちろんのこと、元の世界に戻すこともできないということになります。非常に申し訳ないのですがあなた方が生き抜くにはやはり私の管理する世界【エクリプス】に行っていただくしか他に方法はないようです」
「そんなあ……」
私は思わずその場にぺたんと座り込む。
私たちの体に聖女の血が流れているなんて今まで知らなかったのにその力のせいでこんなことになるなんて……。
うなだれている私を見てサキが口を開く。
「あーもう! 行けばいいんでしょ行けば!! じゃあ代わりに私たちに有利になる力を与えてよね!! あんたのミスでこうなったんだから少しくらいいいでしょ!?」
サキの圧に押されてジョセフィーヌも慌てて答える。
「も、もちろんです。できうる限りの力を付与させていただきますわ」
「それじゃまず時間停止付きで容量無限の【アイテムボックス】に、私とアキの間だけでできる【テレパシー】と【テレポート】、空を自由に飛ぶことのできる【フライ】の魔法を付与してほしいの。それからある程度のお金も持たせてほしいの。いきなり見知らぬ世界に放り込まれるんだからこれくらいはつけてよね! それから【身体能力向上】。これも付与してほしいかな。私たち元の世界ではスペシャル運動音痴だったからこれは絶対お願い!!」
うわあ、サキったらここぞとばかりに言うだけ言うなあ。まあ確かにこれくらいは付与してもらわないと私たちの場合異世界に行ったとたん死んじゃうかもしれないしなあ。仕方ないか。
「【アイテムボックス】に【テレパシー】に【テレポート】に【フライ】の魔法と【身体能力向上】ですね。それとある程度のお金も持たせてほしいと。分かりました。こちらのミスであなた方を私の管理する世界に行っていただくことになったのですからこちらとしてもできうる限りのことはさせていただきます。それに、あなた方の聖女としての力は私の力より強力なようですのできっと魔を浄化する力も強力でしょう。いきなり瘴気にやられてしまうなんていうことはないと思いますのでご安心ください」
そっか。私たちには瘴気とやらを浄化する力もあるのか。それなら確かに何とか生き抜くことができそうかな。
「アキ、私ばっかり色々言っちゃったけどアキは何か言うことはない? 大丈夫?」
サキの言葉に立ち上がりながら答える。
「私はサキの言った通りで十分だよ。それにジョセフィーヌができうる限りのことはしてくれるって言ってるし何かあったら助けてくれるかもしれないしね」
私もサキもこれ以上何を言っても元の世界に返してもらえないことは嫌でも分かったのであきらめもついたというもの。
「それではこれから私の管理する世界【エクリプス】に召喚させていただきます。私のミスによりあなた方にはたくさんのご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。それではまたお会いする時までどうかお元気で」
そこで私たちの意識は途切れた。