第3話 憧れるヒト
「ここはどこ…?」
寝起きで寝ぼけているんだろうか。
目に映るのは見たことのない天井だ。ボンヤリとただその天井を眺めた。視界がハッキリとしていないので、眼鏡は外しているようだ。
自分が横になっているベットが、馴染みのある自分の部屋のモノではないのは、肌に当たるその感触だけで分かった。
きっと、凄く高価なもの。その滑るような肌触りに、ベット自体のふわふわ感も安物のそれじゃない。
ここは、どこ…?どうして知らない場所に、一人で居るんだろう。
帰らなきゃ。でも、どうやって帰ったらいいの…?
早く帰りたいのに、ここが何処かも思い出せない。
そっと窓の方を見れば、青く澄んだ空が見えた。今日は良い天気だなぁと、現実逃避気味に思う。
部屋の中の様子は何処のホテルのスイートルームだろう、と思うモノ。実際にスイートルームに泊まったことはないけど、きっとこんな感じだろうと思う程度には高級感が漂っていた。いや、それ以上かもしれない。
とにかく、疑問はここが何処で、何故自分がこんなところで寝ているか、と言うこと。
「──やっとお目覚め?」
「っ!?」
ハッとして、声の元へ振り返る。この部屋にいるのは自分一人だと思っていた。
ただ一人、取り残されたように感じていた。世界に自分一人しかいないようなそんな孤独。
だからかもしれない…彼女を見たとき、酷く安心したのは。
「か、んざき…さん?」
「どうしてここに?って言いたげな顔してる。あんたここがどこかも忘れたの?」
鼻で笑うように、そう言ったのは神崎さんだった。
ベットの横にあるイスに足を組んで座った彼女は……たぶん、ドレスと言われる服をその身に纏っていた。
見慣れない姿に、目を見開いて声がつまる。
その様子を彼女は不快そうに眺めて視線を逸らした。
「3日。3日間あんたは眠り続けたままだった」
「…3日!?」
「倒れてた割に、元気そうじゃない?元の世界でもボソボソと話してばっかりだったのに、そんなにデカイ声初めて聞いたわ」
──元の世界でも─…?
それがキーワードになって次々と記憶がよみがえる。しかしそれは、ただ絶望に突き落とすようなモノでしかなかった。
ぎゅっと、シーツを掴む手に力が入り、皺が寄る。
そうだ、あの後。神崎さんが横に倒れているのを見つけた後…。
思い出したその事実に唖然とする事しか、私には出来なかった。
***
「神崎さん!神崎さん起きてっ」
横に倒れ伏した、彼女を見つけ私は思わず肩を掴んで、叫ぶように揺り起こしていた。
知らないところで、知らない人たちに囲まれて、そんな状況にたった一人で居るのが耐えられなかったから。不安で仕方なくて、助けて欲しかった。頼れるのは彼女だけだと、そう思ったから。
あぁ、一人じゃないと、それだけを思って安心して寄りかかってしまう。なんて、弱い。
でも、耐えられなかった。彼女がここにいっしょに来ているかもしれないと、気がつく前に、考えてしまったあり得なくて現実味がない、だけどこの状況ではあり得てしまうかもしれない最悪の事態に。
──あぁ、彼女がコレに気がついた時、一体何を思うのだろう。
少なくとも、私が感じているのは闇に呑まれていくような、──絶望。
「どこよここは!?」
錯乱したように、目を覚まして直ぐに彼女は叫びを上げた。おそらく、この室内ではもっとも地位が高い、ドレナグシュさんとマグガンさんに一目散に詰め寄った姿に一瞬唖然とそれを眺めて、慌てて立ち上がった。
私の存在に気がついていないのか、ただ真っ直ぐに彼らの目を見つめて声を上げている。
「あんた達誰っ何で私がコスプレ軍団に囲まれてんの!?」
「落ち着いて下さい。聖女様」
「この状況で落ち着いてられるとおもってんの、馬鹿じゃない!?」
思わず、といったように神崎さんはドレナグシュさんの胸ぐらに掴みかかり、かくかくと揺すりだした。
そんな彼女の手をマグガンさんがつかみ取り、感情を感じさせない淡々とした声でつげる。
「もう一人の聖女、マキ様は落ち着いているが?」
「まき…?」
暗に、騒いでいるのはお前だけだと、含みを持たせて告げたマグガンさんの言葉に、しかし神崎さんは、出てきたその名に反応し、怪しげに眉を寄せて彼の視線の方向へ…─私へ、視線を向けた。
次の瞬間、彼女はその眼差しを鋭くし、また直ぐに彼らへと向き直った。
「何でこいつまで居るのよ。一体何が起こってるの」
説明してくれるんでしょうね、と告げて真っ直ぐに前を見つめる、その彼女の瞳はいつもの彼女のものに戻っていた。その瞳に憧れていた。──同時に、姉に似たその面影が時折怖くなる。
ボンヤリと彼女のその眼差しを見て思う。私が、彼女の様な瞳をすることはけしてないだろう、と。
知り合いを見つけたことで落ち着きを取り戻したのか、冷静さを聡い光を、宿したその目を広場にいた人たちが見返した。
その様子に一つ頷いて、ドレナグシュさんが彼女へ深く一礼し穏やかに言葉を紡ぐ。
「我々に聞きたいことは沢山お有りでしょう。お答えできることにはお答えしましょう」
「だがそれよりも、先に名をお伺いしたい」
何かを続けようとしたドレナグシュさんをマグガンさんが、遮るように名を尋ねた。
その瞬間、ドレナグシュさんの目が彼を睨み付けるように目を光らせたが、直ぐにフッと困ったようにその光を納める。
神崎さんは、考えるように二人を見つめたまま動きを止め、少し間を開けてゆっくりと口を開いた。
「…忍、私の名前は神崎忍よ。あなたたちも、もちろん名乗るんでしょ?」
「えぇ、もちろんですシノブ様。
私はレベローゼ=ラウ=ドレナグシュと申します。この蒼樹を守護する神殿の、神官長を務めています」
「この国の魔法師長のロナルド=マグガンだ」
二人の言葉を聞いて、神崎さんはますます眉を寄せた。
彼女も気がつくだろうか。その可能性に。また、その瞳が曇るのを想像し、嫌だな、と思った。
彼女に姉を重ねているからだろうか。先ほど見たおかしな夢もその原因かもしれない。
泣き顔は、似合わないのだ。彼女たちのような太陽みたいな人たちには。
「神官に魔法師?…いったい何の冗談なの、全っ然面白くない!ふざけてないでちゃんと説明してよ!?」
彼女の瞳が怒りに染まる。
からかわれているのだと神崎さんは思ったんだろう。当たり前だ。誰がそんな事をまともに信じられる?少なくとも、一般の多くの人は耳も貸さない。
でも、彼らがこの上なく真剣なのを私は知っている。
きっと、このままじゃ、聞けない。
私が今知りたいけど、知りたくないこと。──でも、聞かなければならないだろう。彼女が無理なら自らの言葉で。
幸い、今の私は冷静だ。彼女を見つけてからドンドン頭の中が冴えていく。恐怖は相変わらず全身を包んでいるけど、そこから切り離されたかのように頭の中だけが静まっている。彼女というよりどころを見つけたから?
──……唯一の、同郷のヒトを。
「聞きたいことがあります」
大きく、思いの外しゃんとした声がでる。
この問は、きっと私を絶望の中に落とす。だけど、まだもしかしたら希望があるかも知れないから。
よぎるのは姉の悲しみに染まった別れの言葉。
「私たちは、元の世界に戻ることは出来ますか」
その場に沈黙が満ちる。
神崎さんは怪しげに私を見つめ、しかし言葉を発することなく彼らと私を交互に見比べた。
マグガンさんの目が一瞬意外そうに細くなり、ドレナグシュさんは驚いたように目を見開く。
私は、彼らの目をこの時ばかりは真っ直ぐに見ていた。
見極めなければならないから。
──帰される問の答えが、嘘か真実か。
ジッと、目を離さずにいたドレナグシュさんは困ったように笑み、そして確認するようにマグガンさんを振り向いた。
その動作に嫌な予感を覚えてドクンと心臓が脈打つ。
私に向き直ったドレナグシュさんは、ソッと目を伏せ言葉を落とした。
「あなた方が帰える方法は、存在いたしません」
さようなら、と誰かが呟いた声がした気がした。
頭の中がぐらりと揺れる。
「ちょっ!?江藤!」
焦ったような神崎さんの声が鼓膜を打つが、それは酷く遠く聞こえた。
──そして、私の意識は黒く染まる。
更新遅れて済みません。
中々時間がとれない…。これからも更新は不定期になると思いますがよろしくお願いします。