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第2話 夢と現実

 暗い空に蒼い月が昇っている。その月光が澄んだ湖の水面を照らしていた。

 湖の水面は月明かりを反射してキラキラと輝きをはなつ。

 風が揺れて周囲の木々の葉を揺らし、カサカサと静かな音が耳に届いた。

 

 ──その景色は、まるで一枚の絵のようで。

 


「…き、れい」



 信じられないほど、幻想的な風景に見惚れてしまう。

 惹かれるように湖へと近寄り、ゆっくりと揺れる水へ手を伸ばした。

 月明かりに照らされた水面に、蒼い月が映り込んでいる。それが本当に月がそこにあるように綺麗で、伸ばした手は迷わず水に浮かぶ月へと触れた。

 水面が揺れ、指先に水のひんやりとした冷たさが走る。


 ───そしてその瞬間、水上の月が消えた。



「っ!?」



 そのあまりの変化に、思わず勢いよく手を引き抜き水が跳ねる。

 変わりに水面に映り込んだのは、見知った人たちだった。

 クラスメイト、先生、友人、親戚、家族──そして、姉。

 次々とまるでスライドショーのように、知った人たちの姿が映し出され、そしてそれは姉を映し出した。

 

 こちらを向いて姉は悲しげに顔を歪めた(・・・・・)

 そして、その唇がゆっくりと紡いだ言葉が耳に届く。 




「……さようなら、麻紀」


「お、ねいちゃ…っ」




 ──なぜ、お姉ちゃんがそんな悲しい顔をしているの。

 どうして、そんな風にさよならなんて…っ。


 その、悲しさを押さえつけるようにして微笑むその顔に、思わず手を伸ばした。


 そしてその指先が水面に触れた瞬間、──水面に闇が落ちた。

 指先から、まるで黒い絵の具を落としたように、しかしそれではあり得ない急激な早さでその黒は水面を浸食し始めた。




「お姉ちゃん!?」



 闇に紛れるように消えていく姉の姿に、どうしようもない不安を覚えて追うように手を伸ばす。

 しかしそれはそれ以上伸びることなく、その手を後ろから誰かに捕まえられた。

 



「離してっお姉ちゃん!」



 ジタバタとその手を払おうと暴れても、その手はびくともしなくて。

 水面の姉は徐々に闇に染められながら、ただひたすらに悲しげに微笑んでいる。追おうとする身体を押さえることは出来なくて、さらに手を伸ばそうと力を込める。



「やっ、待って!」





 しかし、姉の姿は完全に闇の中に掻き消えるように消えた。

 それでも追いすがるように手を伸ばし続ける。身体を押さえつけるように拘束するその手を離して居欲しくて、手を払うために後ろを振り向いた。


 見えたのは、深い緑。

 ──それが、瞳の色だと気がついた時、遮るように眩しい光が視界を遮った。





***


 

 

 

 「…さ…」

  

 「…ぱいか?」


 「…わ…ないが、──こんな事例は過去にない」



 誰かの声に、ハッと目を覚ます。手に酷く汗を掻いているのが分かった。

 そして先ほどまで見ていたのが夢だと知る。そのことに、何故か胸をなで下ろした。


 目を開けて見えたのは、白。汚れのない白に黒の線と文字で何か模様が描かれているのが分かった。

 そしてその先に、沢山の人の足が見えて、自分がうつぶせに床に寝ころんでいるのだと気がつく。

  

 ──なんだろう、どうしてこんなところで寝て…?


 手を床についてゆっくりと身体を起き上がらせた。そして顔を上げ目に入ったその景色に身体が硬直する。

 沢山の、人が居た。でも、その身に纏う服は見たこともないもので。──そうまるで、物語か何かに出てくるような服。

 その中の一番前に居た人と唖然とした私の目が合う。その瞬間に思わず顔を伏せた。


 目があった人の顔は、明らかに外国人のもの。でも、それでもその人のもつ彩色は全く見たことのないものだった。

 ──深い、碧の髪に血のような赤い瞳。

 こんな色を持つ人を、見たことがない。ここは何処、この人達はいったい何…っ?




「……お目覚めのようですね、聖女様」




 頭上から、優しげな声が落ちる。


 ──せい、じょ…?聖女って、何?

 自分の事だろうか、と思い心の中で首を振る。そんな人間じゃないことは自分がよく知ってるいから。

 でも、その言葉は明らかにこちらに向けられている。

 答えあぐねて、声を発することは出来なかった。


 しかし、さっきよりは心が落ち着く。

 掛けられた言葉が、日本語で言葉が通じることに安堵した。

 そして、ふと気がつく。その日本語は聞き取りやすい綺麗な発音だった。



「聖女様、顔をお上げ下さい」



 ──その、あまりに滑らかすぎる言葉に違和感をようやく覚える。

 あきらかに外人の顔つきで何の訛りもなく紡がれた日本語に。

 

 ジッと、考えるように床を見つめた。

 ただ単に、しっかりと言葉を学んでいるだけだろうか。それとも本当は日本生まれなのか。

 でも、さっき見た限りここにいるのはほとんどが外人のようだった。

 

 床を見つめる中、ふと先ほど目に入った黒い模様に気がつく。

 俯いたまま視線を巡らせてそれを辿ると、それは円の形をした模様だった。

 ──まるでそれは、物語などに出てくる魔法陣のようで…。そして、自分がその円の中心に横たわっていたことを知る。


 なんで、こんなものが…?


 身体が震える。何か恐ろしいモノを見つけてしまったような気がした。

 


「お顔をお上げ下さい」

 

 

 再度降った声に、大きく肩が揺れる。そして、さっきも同じ事を言われたのを思い出し、おずおずと視線を上げる。


 目の前にいたのは、何処か困ったように微笑む白い服を着た金髪碧眼の男性とさっき目のあった深い紺の長いローブを身に纏った男性だった。白い服の男性は父と同じくらいおそらく40代後半で、紺のローブの男性は若く少なくとも20代に見えた。



 

「このような場にお呼び出しし申し訳ありません」


「…は、はい?」



 困ったように謝罪され、手を差し伸べられて、良く分からないまま首を傾げた。

 何が起こっているのか、訳が分からなかった。何故謝られたのかも、この人達が誰なのかも、分からないことだらけで。


 この状況は、いったい何なのか。どうしてこんな事に…?

 

 向けられた手をそのままにしておくのもなんだか申し訳なくて、躊躇しながらもその手を借りて立ち上がった。

 

 思い出さなければ。そう思って何をしていたのか記憶を探る。

 



 ──そして思い出したのは、黄昏の空に浮かぶ月。





「私はレベローゼ=ラウ=ドレナグシュと申します。この蒼樹(そうじゅ)を守護する神殿の、神官長を務めています」




 何処かボンヤリと、腰を折って優雅に礼をする人を見ていた。何か現実離れした光景を見ているようなきがして。

 神官長、と小さく声を漏らす。


 頭の中では、違う光景が渦巻いていた。


 朱く染まる空に浮かぶ、大きな蒼い月。──光にのみ込まれたあの時の光景。




「この国ヴァルシュトナの魔法師長のロナルド=マグガンだ」 


「ま、ほうし…?」


「魔法を扱う者達を纏める者だと思ってくれればいい」



 さっきより、大きな声が漏れた。

 まるで、それが現実に存在するかのように話すその口ぶりに、知らないうちに目が見開かれる。


 いきなり現れた強い光、見たことの無い人たち、見たことのない服装、髪の色、目の色──魔法陣のような模様に、魔法を肯定するような言葉。

 何かが繋がるように、いろんなものが結びついていく。


 ──でももし、もしそうだとしたら。


 現実ではあり得ない想像が頭の中を駆けめぐった。身体が震える。

 あり得ない、あり得ないはずだこんな、ことは。

 頭の中で否定しても、完全に否定しきることが出来なくて息が詰まる。

 でも、もし、もしそうだとするなら…?

 

 誰かに否定して欲しくて、目の前の人たちを見上げた。




「あなたのお名前もお聞かせ願いたいのですが、教えていただけませんか」




 優しげな声が降る。

 でも、その声は否定するではない。聞かなければ伝わらないことも、知ることが出来ないことも知ってる。でも恐怖でその言葉は喉で止まって。




「っ…江藤、麻紀です」


「エトウ=マキ様ですね。お名前でエトウ様とお呼びしてもよろしいですか?」


「い、えっあの、名前は麻紀の方…です」


「失礼いたしました。それではマキ様と」




 様付けに強い違和感を覚えながら、それに気を配る余裕はなかった。

 知るのが怖くて。記憶の途切れたあの時に何が起こったのか。


 そしてまだ何か、大事なことが──…あの時、光に呑み込まれたあれがもし原因なら。

 


 あの場にいたのは、私だけじゃなかった…っ!

 

 視界の端に誰かが映って、ようやく隣に誰かが居るのに気がつく。

 目を向けた先には、彼女が──いた。




「神崎さん!」




 何処か叫びに似た声が、その白い部屋に助けを求め、大きく響き渡った。

 

 




 

 

 蒼い月が、二人を照らす。

 アウシュトラーゼのエリシュ歴385年、王国ヴァルシュトナに歴史上初めて二人の聖女が降り立ったと言われた夜。


 ──少女達は、世界を無くした。 

 

 





***





「…来たか」



 ぼそりと、その男は空を見上げて声を溢した。

 空に輝く満天の星空。その中でも一際強く光る、蒼く染まった月に男は無表情にそれを見上げた。

 闇に包まれる夜を照らすような、その月は、今までに見たことがないほど強くその存在を主張している。


 


「…その稀なる命を持つ、聖女として喚び出されし異界の者。──ただ唯一、私を解放できる者。そして同時に、消し去ることが出来る者」




 それは何かを知らせるように、世界を照らし、男は同じく月に青白く照らされている、己の手に視線を落とす。

 哀れな聖女。今回は一体どんな者が来たのか。

 もう何度も、繰り返し続けてきた。己をこの世界から消すために、喚ばれる聖女達との出会い。そしてそのたびに私の身体は動きを止めた。

 例外は一度もない。そう、その時がまた来ただけのこと。

 

 蒼の月が輝いた。──私を殺す者が、この世界へとまた足を下ろしたのだ。




「何も知らない、哀れな娘」



 きっとまた、私は聖女に殺される。気が狂うほど昔から、定められ続けているその運命に翻弄されて。

 あぁ、また始まる。それは酷く億劫に感じた。




「…私がお前を殺してやろう」




 そうすれば、世界は闇に落ちるのだろう。

 全てを包む深き闇。それはきっと、酷く心地良いに違いない。

 

 ──私のために喚ばれた哀れな娘、私の変わりに闇の中へ落ちてくれ。

   


 

 

サブタイトルを入れ忘れて投稿して一度全部消滅してしまった話。

それになんだか最初より少し短くなってしまいました…。

精進しますので、誤字脱字アドバイスなど、何かあればご連絡下さい。

頑張ります。

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