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第1話 蒼い月

 静かな教室で授業する教師の声が響く。

 それを何処か遠くで聞いている様な感覚でボンヤリと聞いていた。


 集中しなければと思うのに、どうしても上手く意識を集めることが出来ない。

 後授業はまだ30分も残っているのに。ただ、救いなのはこの授業が今日最後の授業だという事。

 30分、後30分耐えればここから、学校から出て行くことができるから。


 ──早く、早くと思っていたからだろうか。

 自分の名前を呼ばれて、過剰に反応してしまったのは。



「江藤、江藤麻紀(えとうまき)!」



 ビクッと肩を揺らしてしまい、それを見た教師の眉が器用に上がる。

 あぁまた、やってしまった。そう思って思わず俯きギュッと唇を噛み締めた。



「また聞いていなかったのか?

 授業も真剣に受けていないのに、何でお前の成績が良いんだか。もっと姉を見習ったらどうだ!」



 聞き慣れた言葉が耳に飛び込んでくる。昔から、言われていること。

 もう聞き慣れた言葉が、突き刺さる。

 

 私の姉は凄い人だった。尊敬する、自慢の姉、江藤咲希(えとうさき)。……でもその光は、私には大きすぎた。

 意志が強くて、優しくて、自分の意志をしっかりと持った頼りがいのある人。頭が良くて、運動神経も良くて何でもこなす、カリスマ性を持った姉。

 彼女はいつでも人の中心に居る、みんなが引きつけられる人。


 それに対して、私はいつも比べられる。

 地味な外見も相まって、私は姉の影のような存在になっていた。

 

 短い髪の活発な外見の姉に対して、私は長い髪を三つ編みに縛り、落ちた視力から眼鏡を掛けていた。 

 外見を変えようと思ったこともある。でも、髪を切る気にはならなかった。

 姉が、綺麗と言って褒めてくれる私の自慢。

 でも、下ろしているには邪魔な髪は、これ以上視力が悪くなるのを防ぐためにもいつも三つ編みに縛っている。

 

 私は運動神経はそんなに良くない。でも、勉強だけでも姉に追いつきたくて、頑張ってきた。姉と同じ高校に入れたときは嬉しかった。……でも、今はこの場所が苦しくてしかたない。 

  

 教師の罵りにも、俯いて答えることしかできなかった。

 


「…す、みません!気を…付けます」


「…もういい。隣、神崎!6行目の英文を和訳しろ」



 教師は呆れたように溜息を吐き、その隣へと声を飛ばす。しかし途端に声が上がる。




「えーっ、先生酷いっ!」


「うるさい!お前も予習くらいしておけ」


「いつもはしてきてますっ、今日はノート忘れちゃったんです」



 クスクスと笑い声が教室で響きだし、それに対して神崎忍(かんざきしのぶ)は「うるさーいっ」と声を上げた。

 可笑しそうに、また笑い声が大きくなる。でもそこに、私が混ざることはない。


 教師が、笑いを納めるようにパンパンと手を叩く。



「あーもう、神崎座れ!じゃあ次そこで馬鹿笑いしてる田中!」


「っ!先生勘弁っ」


 

 

 その反応に、また笑いが起こる。

 その中で、カタンと耳に音が届いた。

 

 ハッとして、横を向けば、イスに座り直す神崎さんがチラリとこちらを睨み付けていた。

 が、目が合うと何でもなかったように前をむき直し、教室にとけ込むように指名された田中君へ向いた。


 ギュッと自分の手を握る。

 この場所にいるのが苦しくて仕方がなかった。






***

 


    



「気を付け、礼」



 日直の号令で、礼をして頭を下げる。

 


「よし、気を付けて帰れよー」



 

 そう言って、担任はがらがらと教室の戸を閉めた。その瞬間ザワザワと喧騒が教室を満たす。

 いつもは一目散に帰るが、今日はそんなわけにはいかなかった。気が重くてしかたがない。

 どうしてこんな事になったんだろう。

  

 バン、と机が叩かれてビクッと俯けていた顔を上げた。そこで強気の目と目が合う。

 

 

「神、崎さん…」


「帰る気じゃないわよね?あんたのせいなんだから。さっさと終わらせるわよ」




 私が、授業中ボーっとしていたせいだから。

 いつも、そうだ。どうしてこんなに鈍くさいんだろう。

 

 超えもなく小さく頷くと、神崎さんは興味を失ったように、教室から出て行ってしまう。

 私はそれを急いで追った。



 あの後、あの時間の最後に教師に神崎さんと二人で指名された。

 

 明日使う授業用プリントの作成をするように。もっとも、すでに印刷は終わっていて、人数分に分けて一人ずつホチキスで留めていく単純作業だけど、神崎さんと二人で行わないといけないというのが、辛かった。


 彼女に、私は嫌われている。何でか分からないけど。

 神崎さんは、少し姉に似てる。強気なところも、はっきりしているところも、みんなに頼りにされて、明るくて。

 

 だから、かも知れない。嫌われていることが、悲しくて、辛い。

 私は彼女のことが苦手だ。

 


 ついた教室の戸を神崎さんがカラカラと開ける。

 教室の机の上には何種類かのプリントが積み上げられていた。ホチキスの類も二つ置いてある。

   

 それを見てうんざりと神崎さんは溜息を吐き出した。




「面倒くさ…」



 それでも彼女が帰ったりしないのは、釘を刺されたせいだと思う。

 後で先生が見回りに来ると言っていたから。

 それに、神崎さんは責任感が強い人だからというのもきっとあると思う。

 

 ───耐えられる、かな。

 二人だけで、神崎さんと長い時間を過ごさなければならないことに。


 


 神崎さんの廊下側に一つ分、イスを空けて机に座る。

 

 彼女は頬杖をついて、眉を寄せてプリントを仕分け始めた。

 てきぱきと手際よくこなしていく彼女に比べ、私の作業の速度は遅い。一生懸命していても、上手くできない。そんな自分が歯がゆくて仕方がなかった。


 空気が重い。会話もなく静まりかえった教室の中で、時折廊下を通る生徒の笑い声が響く。

 息が詰まる。


 ──はやく、早く終わらせなくちゃ。と、気持ちが焦る。

 

 

 

「まだ終わらないの?」



 ハッとした。

 神崎さんは頬杖をついてこちらを見ている。その彼女の前には、綺麗に揃えられたプリントの束が出来ていた。

 私はまだ三分の一ほどの量が残っている。



「ごめん、なさ…っすぐ、終わらせるから…」



 神崎さんの後ろの窓から見える空が、赤くなって日が沈みそうになっていたのも焦りを増しさせた。

 視線を神崎さんから外そうとして、しかし私の視線は彼女の後ろで止まった。


 目に映った、黄昏の空。

 そして、そこに映るやけに大きく見える月が、あった。

 

  


「…月が、青い」



 神崎さんが怪しげに眉を寄せるのが視界に映っても、その月から目が離せなかった。


 黄昏の朱の中、大きく冴えるような青に染まった月。

 いや、青と言うよりも蒼に近い……。



「…ねぇ、ちょっと?どうしたのよ」




 神崎さんの声が遠く聞こえる。

 

 暗くなっていく空に浮かぶ蒼い月が、輝きを増して街を照らす。



「綺麗…」




 思わず小さく漏らした瞬間、月が輝きを増した気がした。



   

 ──そして、世界が光に包まれる。




「何!?」



 教室が光に満たされて、神崎さんの悲鳴が上がる。

 ガタガタと机の揺れる音を耳が拾う。

 

 神崎さんの声がやけに大きく耳に響く。彼女のその身体はその大部分が、光に飲み込まれていた。

 その恐怖と驚愕の混ざった、引きつった彼女の顔が見えて、その大きく見開かれた目と目があった。

 


「何、よこれぇ!?…っいやあぁああぁあっ!!」



 助けを求めるように伸ばされたその手を、掴もうと夢中で手を伸ばし、しかしその手は中を掴んだ。 



「…かんざ、き…さんっ!」



 目の前の彼女が光に飲まれていくのが、信じられなくて。

 そして、完全に視界から彼女が居なくなった時、意識が白く染まった。




  


次から異世界編入ります。

異邦人さん、早速の感想ありがとうございます!

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