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ヴァイオレット15

「来ちゃった」


 わたくし史上初めてのぶりっ子で、甘えた表情でかわいく言ってのけました。


「ヴァイオレット!?」


 トーマスは心の底から驚いたでしょうね。

 わたくしも自分にこんなことが出来るとは、驚きでした。


 周囲の人々は、女っ気のないトーマスに美少女が抱きついたことで、呆気に取られていますが、何やら嬉しそうに涙ぐんでいます。


「ちゃんとアレクシア姫のご許可は頂いています。どうかお傍に置いてください」


「はぁっ? えっ、ちょっ、何なの?」


 トーマスは大混乱です。


 そりゃそうです。


 わたくし、そんなキャラじゃありませんから。


 でも、ベリベリ剥がされていませんから、掴みはいいはずです。


 とにかく、くっついて離れない!

 これも、アレクシア姫のアドバイスです。


 ルイス殿下、くっついて離れないのですか?


 本当にご本人ですか?


 わたくし、にわかには信じられませんでしたが、自分でやってみて思いました。


 アレクシア姫やトーマスの様なお人好しに付け込むにはとても有効です。



「トーマス、ちゃんと食べていますか? ちゃんと休養も取っていますか?」


 わたくしはトーマスに抱きついたまま、上目遣いで矢継ぎ早に質問を繰り出しました。


 周囲の人々は、わたくしが「トーマスの抱き心地が痩せてしまった」ことを心配していると、うまい具合に勘違いしてくれました。


 実際はトーマスに抱きついたのなんて初めてです。想像よりもガッチリ、ゴツゴツしています。


「は? 一体、どうしたの? ちょっと話をしよう」


 移動しようとしたトーマスに動じず、くっついたまま離れなかったら、慌てふためいて、わたくしをひょいと抱えて執務室に連れ込んでくれました。



 わたくしの勝ちです。



 お互いの名を呼び捨てにしていることも加わって、周囲から恋人認定をいただきました。


 これも、アレクシア姫から教えて貰っていました。


 南領の乙女オードリーは、わけがわからない状況のまま、すがりついて離れなかったから、事情を聞くためにテントに連れて入るしかなかったと。


 トーマスは、危ないから北領に帰れと何度もしつこく言ってきますが、その話が出るとわたくしは「嫌です」以外の言葉を話さず無視しています。


 この他、トーマスがお出かけから帰ると、城の正面玄関で待ち構えて、胸に飛び込んで、抱っこで運んでもらえるまで動きません。


 とにかく、くっついて離れない!


 実践しまくっています。



**



「ヴァイオレット、ここにいたのか?」


「まぁ! トーマス、お帰りなさい。今日は誰も知らせに来てくれなかったのね!?」


 大体の場合、トーマスの帰還に合わせて城の誰かが知らせに来てくれるのですが、わたくしがお出迎えに立たないと、トーマスの方から心配して探しに来てくれるようになりました。


「探せなかったんじゃないのか? おっ、犬? 飼うのか?」


 近寄って来てサラリと額に「ただいま」のキスをくれました。


 テーラ宮殿に遊びに行っていた頃は、お客様側だったのでテーラ家にこんな習慣があるとは知りませんでした。


 マイクロフトに聞いてみたら、ルイス殿下が南領に出兵するときは、ソフィア様がギュウギュウとハグして顔中にチュッチュしていたとか、マイクロフトもルイス殿下にデコチュウしてもらえたとか、嬉しそうな手紙が返ってきました。


 トーマスにとって兄弟枠に入ったわたくしにも、トーマスが城から外に出る時は「いってきます」のご挨拶をしてくれるようになりました。


 周囲の人は、トーマスから「最愛」へのデコチュウだと勘違いしています。

 このままなし崩しにわたくしの事を好きになってくれないかな……


 そんなことが頭を過る日々でした。



「そうです。マイクロフトがピーターソンの子犬を一匹贈ってくれました。訓練して精神薬の探知犬に育てます」


 マイクロフトは、トレーナーも一緒に派遣してくれました。


「精神薬の探知犬?」


「厨房には入れませんよ。でも、精神薬が魔力を伴わない純粋な化学物質であった場合に魔眼では探知できないので、食事を運ぶ際に探知犬の前を通るのです」


 精神薬による攻撃を受けることが多かったノーザンブリア家の離宮には必ずピーターソンの子孫たちが飼われています。


「そう…… ピーターソンは犬だったのか……」


「どうかしたのですか?」


「いや、姉様がクマのぬいぐるみに『ピーターソン』という名前をつけてたって、ルーイ兄様がライバル認定していて……」


「まぁ、犬にまでヤキモチを?」


「いや、犬だと知らないんじゃないかな?」


「それでは、ピーターソン・ジュニアと名付けるのは止めておきましょう。トーマスが無難な名前を付けてくださいな」


 探知犬がルイス殿下に嫌われて、追い払われては困ります。


「考えておく」


 この後、トーマスは犬の名前を付けるのに、熟考に熟考を重ね、1か月を要しました。

 子供が生まれたら1年ぐらい考え込むタイプかもしれません。



 **



「いいか、ツンデレと言うのはだな……」


「普段はツンツン冷たくしていて、時折デレるのでしょう? 存じておりますよ。わたくしはツンデレではないのです。トーマスはツンデレがお好みなの? 人前でもツンツンした方がお好き?」


 人前ではデレデレと甘えて、くっついて離れないわたくしですが、二人きりになると気恥ずかしくて通常状態に戻ってしまいます。


 トーマスはそれを冷たいと感じるようです。


「いや、そうじゃなくて……」


 二人きりの時もデレデレして欲しいのでしょうか?


 でも、恥ずかしくてムリです。


 人前ではお芝居だと思っているからデレデレできるのであって、トーマスしかいない時にお芝居はちょっと、ね?



 トーマスの周りの人々はとても歓迎してくださり、わたくしもお仕事を貰って、トーマスの秘書になりました。


 わたくしが貰ったお仕事は東領の朝議で議決した政策を帝都へ送り、帝室で認可を下ろしてもらう為のやり取りです。


 学園に通う前のカール様が携わっていたのと同じお仕事です。

 ガリ勉が思わぬところでとても役に立ちました。



「お前はこっちを持ってろ。これを使えば仕事が楽になるんじゃないか?」


 そう言って渡されたのは、トーマス皇子の個人印章でした。


 規模の小さな政策や既に予算がついている政策の微修正は、惣領や姫、または帝室皇子の個人印章でも認可できてしまう強い権限を持つ印章です。


 何を考えているのでしょう。



「トーマス、ダメですよ! アレクシアの悪癖が伝染してしまいましたね」


「君の持つミレイユ姫の個人印章でも同じことができるんだ。それを偽者に渡そうとするよりマシだ」


 わたくしの個人印章については、長らくトーマスとわたくしの喧嘩のタネとなっておりました。


 ライラック姫が表に出て、シオンが表に出て、アレクシア姫が戦陣に立っても、わたくしは隠れたままでした。


 わたくしは偽者のミレイユ姫から立場を奪う気持ちにも、彼女を断罪する気持ちにもなれませんでした。

 彼女に味方するつもりはありません。


 わたくしは、ミレイユ姫になりたくなかったのです。


 弟のシオンは、シオン・イースティア・テーラで、テーラ家の人間です。


 姉のミレイユ姫は、テーラ家以外の政略で結ばれないとイースティア家に貢献できません。


 わたくしは、はっきり、キッパリ、トーマス以外はイヤです。

 傍にいられるなら一生結婚できなくともよいのです。

 

「トーマスは、わたくしがミレイユ姫として表に出て、イースティア家の為に例えば西領のクリストファー卿に嫁ぐことをすすめているのですか?」


「だから違うって」


「それでは、偽者のミレイユ姫に本物になってもらって、今後も変わらずイースティア家の為にご活躍頂けばよいではありませんか?」


 偽物のミレイユ姫は、シオンに許され、引き続きミレイユ姫として活動しています。


 シオンが表に出てから、悪いことをしていた東領貴族たちは身を隠すようになり、偽者のミレイユ姫の取り巻きも随分減って、影響力は殆ど残っていないと聞きます。


 市井では、ミレイユ姫がテーラ宮殿で保護されていたのも、「皇太子妃の座」争奪戦で首位となる程にルイス殿下と行動を共にすることを許されていたのも、全てシオン公子がテーラ家の人間で、その戸籍上の姉を保護するためだという説が定着して、偽のミレイユ姫がルイス殿下と結ばれる望みは殆どなくなりました。


 とはいえ、アレクシア姫、マチルダ姫、そして本物のミレイユ姫であるわたくしからそれぞれ別の理由で嫌われているライラック姫と比べれば、女性陣から救いの手を差し伸べてもらえる可能性がある分、まだ望みがあると思うのです。



「それはダメだって言っているだろう。そんな事できないように、これは私が貰う」


 そう言って、考え事をしていたわたくしの首裏に手を突っ込んで引っ張り出したミレイユ姫の個人印章にチュッとキスを落として、自分の首に掛け、服の中にしまいこんでしまいました。


「なっ!」


 個人印章にキスを落としたのは無意識でしょうか?

 わたくしは自分がキスされたかのように錯覚して、真っ赤になってしまいました。


「偽者のミレイユ姫を東領の姫にしたいなら、シオン公子に頼んで彼女の本当の名前で新しい姫として養子縁組してもらうことだな」


「わたくしはヴァイオレットという名前をとても気に入っているので、ミレイユの名を差し上げても大丈夫なのに?」


「私が言いたいんだよ。『ミレイユ、大好きだよ』って…… 2人きりの時は、君が実のご両親から貰った名前で、呼びたいんだよ」


 トーマスは顔を真っ赤にしてそのように言った後、初めてトーマスの方からわたくしを抱きしめてくれました。

 トーマスがドキドキしているのが伝わってきます。

 

 好意を言葉にしてくれたのも初めてです。


 これって、女性として好きってことですわよね!?


 それなのにわたくしったら、嬉しさのあまりパニックに陥って、しょーもない言葉を発してしまいました。


「アレクシアに報告しなければ…… トーマスこそが本物のツンデレでしたわ」


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