表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/169

ヴァイオレット13

 一息ついたところでアレクシア姫からわたくしたちの母、スミレを救出しに行きたいとカール様にお話下さり、カール様はご許可を下さいました。


 救出された母は、もう言葉も話せないような朦朧とした状態になっていました。


 亡くなられた北領領主ダニエル様は、北領と東領と帝室の領境が交わる要地にシオンの為の離宮を作って下さっており、シオンとわたくしはそこで母と共に暮すようになりました。


 シオンはイーストール城にも立ち寄って家宝の宝石類もごっそり持ってきたようでしたので、しばらく、というか一生お金に困ることはないでしょう。


 それからの数年間は、わたくしが心から望んでいたような、静かな暮らしを楽しみました。


 隔週で姉妹たちとお茶会をするのもとても楽しく満たされました。


 母は、離宮の暮らしに馴染んで、少しずつ目の動きがしっかりしてきました。

 まだ自分で歩くことはできませんが、車いすでの朝夕のお散歩を楽しみにしているようです。


 わたくしが帝都にいた頃に学んだ各種の精神魔法の解除魔法が、母の治療に役立ったことを嬉しく思います。


 たまにノーザス城下のアルキオネ伯爵邸に赴いて、放っておくと山積みになって酷い有様になる棋譜の整理整頓もしてあげました。


 世の人々はアレクシア姫のことを棋譜コレクターだと勘違いしているようですが、あれはシオンの趣味です。


 面白い棋譜があれば、アレクシア姫を介してマイクロフトにも共有しているようです。


 ライバル視している割に、親切です。

 年老いたらチェス仲間になっているかもしれません。



 翌春、アレクシア姫は、マーガレット・サマーとその婚約者と共に帝都へ引っ越し、帝立学園へ通いました。


 男装がよっぽど気に入ったらしく、また男の子の格好で暮しているようです。


 西領のクリストファー公子と東領勢潰しに無双しているとのことでした。


 わたくしは心中複雑です。



「アレクシアが潰している東領は、古来の東領貴族ではない。帝都から東領に逃げたゴミの子供達だ。掃除だよ、掃除」


 シオンは興味がないようでした。


 隠密姉妹たちが服飾・美容関係の新製品をどんどん開発していくので、その商流を作るのが面白いようです。


 特にシフォネが開発した「育毛剤」がバカ売れしているようです。


 シフォネは自身に脱毛で悲しい思いをした経験がある医者ですからね。同じ思いをしている人を助けたかったのでしょうね?


 最近は臨床はやめて薬理や化学の方に軸足が移っているようです。


 シフォネはこのほか、趣味でソウソウ草という劇臭のする草の抽出物から「マイクロフト」という名前の香水を開発しており、そちらもバカ売れしているそうです。


 劇臭の草も成分を選別して希釈すればいい香りなのですって。

 わたくしも嗅いでみましたが、香水は爽やかで良い香りでした。


 この草を使った実験を重ねていたマイクロフトから実際にそんな匂いがするのですって。


 なんだか凄い愛の告白ですわね?

 シフォネの恋が実ることを祈りますわ。

 

 シオンも心の底からシフォネの恋が実ってくれることを祈って、この香水は特に力を入れて売っているようですわよ?


 わたくし?


 わたくしのことはしばらくそっとしておいてほしいわ。


 ようやく、ようやく、女子会に参加できるようになったのです。


 今は姉妹たちとの交流が楽しくて仕方がないのです。



 **



 そんな風に考えていた時期がわたくしにもありました。


 とでも言ったらよいのでしょうか?


 カール様が帝立学園へ入学し、アレクシア姫が北領に戻った年は、激動の1年でした。


 シオンが女装を止めて、シオン公子として密かにテーラ宮殿で暮らすようになりました。


 きっかけは、恐らく、西領ウェストリア家に隠し育てられてきた南領サウザンドス家のライラック姫の生存が公表され、テーラ宮殿で暮らすようになったことだと思います。



 シオンの登場で、陛下の隠し子にショックを受けた皇族たちはそれぞれ宮殿を出て、テーラ家の一家離散に繋がりました。


 最もショックを受けたトーマスは、西領のクリストファー公子を頼って地下に潜りました。


 そして時折、連絡係としてノーザス城に訪れるようになりました。



「ジーナ・マイア嬢は、カール様の学園の様子をアレクシアに伝える任務で、一年飛び級して帝立学園に通っていますよ」


「知ってる」


 トーマスがノーザス城に連絡事項を伝えに来るときは、アレクシア姫に呼ばれてわたくしが応対するようになったので、初恋の人の情報を教えてあげたりしたのですが、なかなか元気を出してくれません。



「アレクシアが北領のアチコチで運営しているラベンダーが収穫時期で美しいそうですよ? たまには骨休めして花でも愛でては?」


「連れて行って」


 トーマスは、少し痩せて心配になったので、北領に来るたびに休養を取らせるように工夫いたしました。



「アレクシアが北領のアチコチで栽培させている蓮が花盛りですよ。アレクシアの好物の蓮根用ではなく、カール様の好物の蓮の実用なので、花も綺麗だそうですよ」


「連れて行って」


 北領に来るときは休養がてら少し長く滞在してくれるようになったので、ちょっと離れた田舎で静かに休むことも出来るようになりました。



「アレクシアがアチコチの休耕田に植えまくっているコスモスが見頃ですよ」


「連れて行って」


 トーマスは無気力のままですが、夏の終わり頃には、花を観賞するときは少し柔らかい表情を浮かべるようになり、安堵しました。



 そして、その頃、イースティア家からノーザンブリア家に、偽者のミレイユ姫とカール様の縁談が持ち込まれました。



「この縁談は何としても阻止します。お断りした後、東領の正規軍が攻め込んでくる可能性がありますから、アルキオネ離宮にも北領の正規軍を常駐させます」


 アレクシア姫は、兵を率いてわたくしと母が暮らすアルキオネ離宮に入り、わたくしに北領の正規軍の一部を預け、自身は世話係だけ連れて帝都に急行しました。


 イースティア家とノーザンブリア家は、絶交してから10年以上が経っていました。


 カール様は臣民の安寧を優先し、この話を進めてしまうかもしれないと思いました。


「アレクシア、もし、偽者とカール様の縁談が進みそうならば、これを偽者のミレイユ姫に差し上げてください。ノーザンブリア家に偽者を入れるのはよくありません」


 わたくしは、ミレイユ姫の個人印章をアレクシア姫に預けました。


 個人印章を手放すのは2回目です。

 今度は戻ってこないかもしれません。


「ヴァイオレットも兄様は受けてしまうかもしれないと思うのですね? これをお返しできるように祈っていてください」


 この時、アレクシアは人生最大の窮地に陥っていたのではないでしょうか?

 出立前にハグした時に小さく震えていました。


 そのことに気付いたわたくしは、長々とギュウギュウハグして、額、両頬、唇の全てに家族のご挨拶のキスをして、送り出しました。


 キャラじゃありませんが、大事な恩人の窮地です。

 励ませるだけ、励ましました。



「カール様はきっとわかってくれます。領境は死守するから心配しないで」


 そう言ってみたものの、領境の守り方なんてわかりません。

 内心、不安に思っていると、トーマスが訪ねてきました。



「姉様はカール様の婚約の阻止に成功したよ。これを君にと預かってきた」


 手渡されたのは、ミレイユ姫の個人印章でした。


 姉様?


 トーマスは、アレクシア姫がルイス殿下の妻になると確信しているのでしょうか?


 北領と東領の関係を温める手段が一つ潰れたのです。


 この状況はむしろ、イースティア家のシオン公子とノーザンブリア家のアレクシア姫の縁談が進みやすくなるシオンにとっての好機のように見えました。



「ありがとう。また戻って来ちゃったわね」


「君は姉様を随分信頼しているようだな」


「そうね。帝都にいた頃のわたくしは頑なで誰も頼ることができなかったけれど、少しずつ変わろうとしているの」


「そう、か。私のことも頼ることができるようになるだろうか?」


「練習台になってくれるの?」


「ミッキーでもいいぞ。もうすぐノーザンブリア家に養子入りする」


「そうなの? でも、今わたくしが、困っていることはトーマスの方が得意そうだわ。頼ってもいいかしら?」


 そうしてわたくしは、トーマスにアルキオネ離宮の守護を手伝ってもらうことにいたしました。


 帝都にいた頃のわたくしはガリ勉して、領地運営や公務、精神魔法などについて多くを学びましたが、兵を率いる知識は全くありません。


 マイクロフトには申し訳ないけれど、彼と兵は、全くしっくり来ません。


 トーマスは、アレクシア姫に密使を送ってテーラ家のトーマスがアルキオネ離宮に配された北領正規軍を率いる許可を取り付けてくれました。


 今、振り返れば、それはテーラ家に全てを押し付けて、東西南北の4領主が姿を消す未来に備えた試験運用だったのだと思えます。


 しかし、その時は、ノーザンブリア家がテーラ家に一部とは言え、正規軍を預けたことに驚いただけでした。

 迂闊でした。



 帝室一強論。


 帝室だけで世界を統治する政治案です。


 アレクシア姫は、何かの折に、わたくしにこの話をしてくれていました。それなのに、わたくしは真面目に受け止めていませんでした。


 ノーザンブリア家は本気でした。

 ウェストリア家も協力的でした。

 サウザンドス家は大助かりでした。

 イースティア家は存在していないに等しかった。


 この流れを止める術はありませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ