ヴァイオレット11
マイクロフトは、令嬢姿になったわたくしと再会した後、帝室に密使を送り、シオンは女の子で、ヴァイオレットと名乗ってノーリス子爵邸で暮していると報告していました。
アルバート陛下は、北領の大粛清を速やかに認可するためにノーザスに足を運んだ折、シオンとして帝立学園に通っていたわたくしと面談することを要請しました。
わたくしは受ける以外の選択肢はありませんでした。
「身分を偽って学園に通い、申し訳ございませんでした。罰は受ける所存です」
わたくしは、正直に罪を告白いたしました。
「父上、間違いありません。シオンです」
陛下はトーマスを連れてきました。
トーマスと対等の立場でありたいと願って、トーマスに頼らなかったことが、身分詐称の罪人としてトーマスの前に出ることに繋がりました。
わたくしは愚かです。
久しぶりに会ったトーマスは、女性的な美しさを湛えるシオンよりも、かわいらしさを湛えるマイクロフトよりも、男の子らしくキリッとした少年に成長していました。
相変わらずかっこよかった。
「東領の安定のために東公から命じられたことなのであれば、帝室を害そうとしない限り、東領の特殊任務だ。罪にはならない」
「え?」
陛下はわたくしの身分詐称を不問にしてくださりました。
心から感謝いたしました。
一瞬だけ。
そう。
一瞬だけ。
この恩赦には、裏がありました。
わたくしは陛下の隠し事の共犯にさせられてしまったのです。
「シオン姫、と呼んだらいいのかな?」
まず、トーマスの言葉に首をかしげました。
そして、わたくしは、陛下がトーマスとマイクロフトにシオンのことを隠していることを知りました。
マイクロフトは、アレクシア姫の影武者姉妹たちからわたくしと「オードリー」と呼ばれる令嬢が「姉妹」だと聞き、「オードリー」の方が本物のミレイユ姫だろうと推測しました。
それでトーマスは、イースティア家は、二人目の子供シオンが女の子であるということを隠して、男の子として育てたのだろうと勘違いしてしまいました。
わたくしは「身分詐称」をしていたのです。「性別詐称」をしていたわけではありません。
「ヴァイオレットとお呼びくださいませ」
その時はテーラ家のお家の問題に関わるべきではないと思い、そのように答えました。
陛下は、トーマスやマイクロフトの前で本物のシオンには会おうとしませんでした。
それでわたくしは確信しました。
シオンは陛下の子だ、と。
シオンは、陛下にそっくりです。
瓜二つです。
一方、テーラ家の3皇子は、全く似ていないとは言いませんが、系列が違います。
ルイス殿下は母君に似ていない「テーラ家」っぽいお顔で、トムは母君似で、マイクロフトはどちらかと言えば父君似です。
子供の頃、マイクロフトは泣いていることが多く、シオンは無表情。
あまり似ていると感じたことはありませんでした。
でも、微笑を湛えるようになった女装のシオンは、にこやかになったマイクロフトにそこそこ似ています。
兄弟と言われても、従兄弟と言われても、納得できるレベルに似ています。
影武者姉妹たちは、口には出さないけれど、オードリーとマイクロフトとわたくしは姉弟だと誤解して、わたくしたち3人をセットで考えています。
マイクロフトは、オードリーに似ているから最初から隠密姉妹たちにすんなりと受け入れてもらえたのです。
もし、4人が並び立つことがあれば、アルバート陛下に瓜二つなシオンとマイクロフトが兄弟だと思われるでしょう。
シオンは母スミレから紫色の瞳と濃紺の髪を引き継いでいますから、パッと見の印象は陛下とはかなり異なりますが、顔が似ていること自体は見たらすぐにわかります。
母は、シオンを帝都の学園に出したくなかったのではなく、陛下に似すぎていて出せなかったのでしょう。
だから父が陛下に全く似ていないわたくしを偽シオンとして学園に出すことに反対できなかったのかもしれません。
シオンの調べでは、わたくしはイースティアの旗系の子で、母の実子ではありません。
顔はシオンとは似ていませんが、イースティア家の雰囲気を持つ顔です。
ここから得られる仮説は……
幼稚舎にシオン公子として入園したイースティア家っぽい顔のわたくしを見た陛下は、我が子シオンが東公から人質に取られていると誤解した?
だから、東領が不穏なことが見え見えでも、領政には干渉しづらかった?
そして、息子シオンを人質に取られていると勘違いしている陛下は、南領紛争開始時に偽物のミレイユ姫を預かってくれと言われれば、断れなかった?
恐らく偽者のミレイユ姫がイースティア家の血が入っていない東公の実の娘だということも知った上で、人質交換の感覚で預かっていたのではないでしょうか?
父が実の娘をルイス殿下の妃の座につけようと東領貴族達が組織的に動いているのに対し、陛下は市井の「皇太子妃の座」争奪戦を利用して時間を稼いでいる可能性も浮上してきます。
そう考えれば、アレクシア姫という婚約者がいたルイス殿下の婚約について発表を控えていた理由も頷けます。
そうでなければ、アレクシア姫をキープして、よりよい令嬢を物色していた最低男です。
しかし、争奪戦に最も意欲的だったリリィ姫がお亡くなりになったのです。
陛下に東領勢を牽制する術はあるのでしょうか?
そしてその事をトーマスとマイクロフトは知らない……
恐らく、ルイス殿下も知らないのでしょう……
ああ、どうしましょう……
アレクシア姫の助言の通り、帝都にいる間にトーマスを頼ればよかったのだわ。
そうすればこんなに複雑な状況にならなかったかもしれないのに。
この時ほど後悔の念に苦しんだことはありません。
わたくしは、陛下にシオン公子とミレイユ姫の両方の個人印章を差し出しました。
簡単に言えば「本物の印章をあげるから、偽者を本物として扱って下さい」ということです。
結論だけ言えば、アルバート陛下は、わたくしとシオンの個人印章を受け取りませんでした。
いつの日か、偽者のミレイユ姫と新たに投入された偽者のシオン公子を成敗して、イースティア家の身分を取り戻して欲しいようです。
バカバカしい。
わたくしたちは北領の隠密のままが一番幸せです。
シオンはそもそも表に出る気がありませんし、出たとしても北領の戸籍を持っています。
わたくしも、既に東領には興味がありませんし、これから影武者姉妹たちともっと仲良くしたいのです。
それに少しゆっくりしたい。
**
「ごめんなさい。トーマス。わたくしが宮殿に持ち込んだお菓子には精神薬が入っていた疑いがあるのです」
トーマスと二人で話をする時間を与えられたわたくしは、トーマスに謝罪しました。
「知ってたよ。魅了薬だよ」
「!!!」
「君は知らなかったんだろう?」
トーマスも、わたくしの意志で魅了薬入りのお菓子を渡していたわけではないと思ってくれていたようでした。
当時は誤解していた部分もあったが、振り返ればそんなことができるような悪い子ではなかった、と言ってくれました。
悪い子ではなかった。
好意は感じられませんが、わたくしの下手な「友好関係」も、マイナスではありませんでした。
「トーマスが嫌いなタイプの女の子まで好きになったので、おかしいと思うようになり、一度だけ、偽者のミレイユ姫のお菓子と入れ替えたことがあります……」
「おかしいと思ってくれたのか。そう…… ルーイ兄様が食べた魅了薬入りのお菓子はやはり東領勢の仕業だったのか」
「ちゃんと疑われていたのですね」
表向きにはアレクシア姫のご両親が亡くなったことで、テーラ宮殿に食べ物を持ち込むことが禁止されましたが、裏側にはルイス殿下の被害もあったようです。
「私はいろんな子に恋しすぎて、自分の好きなタイプが全く分からなくなった。ルーイ兄さんが言うには、薬で魅了されるのも、本当に恋をするのも、全く同じに感じるそうだ」
「ごめんなさい、トーマス。本当にごめんなさい。でも、ジーナは、本物だと思います。手作りお菓子が流行ったのは、ジーナがいなくなった後です」
トーマスが守ってあげたいと心から思えるトーマスのお姫様。
「ジーナ? ジーナ・マイア? 懐かしい名前だね。君は物覚えがいいね? 私ですら忘れつつあったよ」
トーマス、忘れてはいけません。
あの子は本物です。
とても勉強家で優しい素敵な令嬢です。
いつか合わせてあげることができるでしょうか?




