ヴァイオレット10
シオンの方は、どの有力貴族が本当は禿げているかの情報を入手していきました。
美少女オードリーに見られることを恥ずかしがる場合、別のイケメン男性に見立てを任せましたが顧客名簿はどんどん膨れ上がっていきました。
男性客は男性販売員を好むことが分かった後、シオンは大型バイヤーを相手にするようになりました。
高級百貨店にどんどん出店し、店舗数が増えて行きました。
最後にはいちいち出店するのも面倒になって、ただの大口販売に変わりました。
この期間、わたくしたちは、アレクシア姫の母方のおじいさまの家で暮しました。
姫の母方のおじいさまは姫の魔眼訓練の先生でもありました。
魔眼習得の過程で世の中の悪いところしか見えず他人を「虫けらを見るような視線」で見たくなる時期がくるそうで、わたくしは魔眼訓練の方は差し控えさせてもらいました。
わたくしはその視線を知っています。
幼稚舎の頃のアレクシア姫です。
あんな目では到底接客など出来ません。
シオンは驚異的な精神力で、死んだ目にならずに魔眼修行を終えました。
魔眼修行の間は出来るだけたくさんの人を見た方がいいそうです。
接客業は最適です。
これが「無菌室の姫」と呼ばれているハズのアレクシア姫が帝立学園の幼稚舎にもぐりこんだ理由でした。
アレクシア姫は幼稚園児を見ただけで死んだ目をしていたのに、シオンは毎日カツラを買い付けに来る欲豚たちを見ても涼しい目で対応していました。
弟ながら尊敬を禁じ得ません。
アレクシア姫がテント生活をしていることを考えると、自分もツラいのがむしろ嬉しいそうです。
愛とは恐ろしいものです。
この頃、わたくしは1度だけシオンを問い詰めました。
「シオンは一体いつからアレクシアと一緒に暮しているのですか?」
シオンは、アレクシア姫の母方のおじいさまを知っていました。
子供の頃に一緒に暮らしたことがあったようなのです。
何かがおかしいでしょう?
姉妹のフリをしている場合ではありません。
「いつから一緒に暮らしているかについては、北領の重要機密ですから言えません。シオンに扮する姉上に私の生存を伝えないようにアレクシアに頼んだのは私自身です」
「でも、アレクシアは、初めて幼稚舎でわたくしに会った時、怒りで雷を落としたのよ?」
「あれは姉上が偽シオンを名乗ったことに動揺したのです。私たちはミレイユ姫は本物だと思っており、偽シオンを見極めたいと思っていたのです」
「確かに、シオンの方が偽物だと思っていても不思議ではありませんね?」
「噂では、ミレイユ姫はルイス殿下の『皇太子妃の座』争奪戦で首位にいると言われていたので、それが姉上だと思っていました。それなのに本物のミレイユ姫が偽者のシオンを名乗ったら、驚くでしょう?」
「わたくしも裏切り者の一人だと思われた?」
「驚いただけです。敵意を持っていたのは姉上だけです」
「驚いただけであれだけの雷が?」
「子供ですから制御はイマイチです。アレクシアは基本的にポヤポヤしていますから敵意はありません。あの頃は魔眼修行の最中だったので目が座っていたかもしれませんが、中身はマイクロフト殿下と同じだと思って下さい。気が合いそうだったでしょう?」
確かに、気が合いそうでした。
そう考えたのがバレてしまったのでしょう、シオンの目が少し座りました。
「確かにアレクシアは常に友好的だったわ」
「そうでしょう? 分散の為にトーマス殿下を頼れとアドバイスもされませんでしたか?」
分散?
「お人好しのアレクシアはノーザンブリア家の全滅を避けるために分散目的で帝都にいると教えてあげたでしょう? 姉上が帝室を頼ってくれれば、私はルイス殿下とアレクシアの婚約が解消されたタイミングで北領で表に出ることが出来かもしれないのに」
「ルイス殿下とアレクシア姫の婚約?」
「アレクシアが生まれた時に、アレクシアの父方のお爺様が締結してしまった政略です。私が生まれた時には既に手遅れだったのです」
東領が政略を打診した時に「先約がある」と回答が来たのは本当の事だったのですね?
「そんなに早く?」
「ルイス殿下は『賢い』令嬢をお好みです。恐らくアレクシアの中のシオンを好んでいるのです。だから姉上が帝室を頼っていてくれれば、偽ミレイユは成敗されて、今頃は太陽と本物の月が並び立っていたと思いますよ?」
太陽と本物の月が並び立つ?
「アレクシア姫の中のシオン?」
「アレクシアはぽやぽやで友好的です。マイクロフト殿下と同じです。決して賢いようには見えません」
「マイクロフトは神童だと聞いたわ。でも、ポヤポヤで賢いようには見えないのは確かね」
「アレクシアは、私と一緒にいたことで辛辣さと冷徹さを備えてしまいました。その部分がルイス殿下に刺さったのでしょう。姉上もそこそこ辛辣ですから好まれたでしょう」
シオンの基準では、辛辣で冷徹だと賢い感じがするってことね?
「でも、わたくしはルイス殿下は好みではありません」
「選んでられる状況じゃない中で、最高の選択肢だと思いますが?」
姉妹を止めて、姉弟に戻ったシオンは、昔と同じくらい辛辣でした。
「確かにそうですが……」
「それに好みは変わるのです。ぽやぽやでお人好しなアレクシアは決して私の好みではありませんでしたが、今では大切な家族です。しかも私もぽやぽやでお人好しを帯びてきてしまいましたが悪いものではありません」
あなた方は熟年夫婦ですか?
「今現在は、ぽやぽやでお人好しには聞こえない辛辣さですよ?」
「姉上が『シオン』と話をしたがったから出てきてあげたのです。親切でしょう? 結局、イーストール城に戻されるまで誰も頼らなかったから、迎えに行ったでしょう? とても親切です」
「助けに来てくれたこと、姫教育を施してくれたこと、どんなに感謝しても感謝しきれません」
「急に畏まられても困ります。将来の何処かのタイミングで姉上をルイス殿下にぶつけてみますから、食わず嫌いは止めて、自分の目で見極めてください。恐らく気が合いますよ?」
「はい」
わたくしは思いました。
シオンと「姉弟」より、オードリーと「姉妹」の方が断然良い、と。
シオンとアレクシア姫は二人きりの時はどんなやり取りをしているのでしょうか?
ぽやぽやしていると、この棘を受け止めることができるのでしょうか?
アレクシア姫はこんなシオンがお好きなのですか?
かなりトゲトゲで痛いのですが、大丈夫ですか?
カツラを売りまくって1年。南領紛争の終結の報を得て、わたくしたちは急ぎノーザスに戻りました。
姉妹たちは大粛清の決行の日へ向けて大急ぎで準備を進めました。
ジーナたち北領令嬢3人組は各所でアレクシア派の北領貴族たちとの連絡係です。
シフォネはマイクロフトと研究地区で皇帝アルバート陛下とトーマスの歓待の準備。
わたくしとシオンは研究地区で陛下と面談するための口裏合わせ。
アレクシア姫は執政顧問と大粛清の準備。
それぞれが忙しくしながら決戦に備えました。




