ヴァイオレット7
北領に入った私は、いえ、わたくしは、アレクシア姫が新たに貰ったノーリス子爵邸でアレクシア姫の影武者になるという名目で、シオンから姫修行を受けました。
何とか女性言葉が戻ってきたところで、アレクシア姫のかつての自宅、研究地区にお遣いに出かけ、そこでマイクロフトと再会しました。
マイクロフトは、大きくなっていました。
子供の成長は早いものですね。
ではありません。
マイクロフトは、にこやかな少年に変わっていました。
微笑を浮かべるようになったシオンに似ています。
「あ! 貴方は……」
マイクロフトは、女性姿の私を見て、知り合いだと分かったようです。
「ヴァイオレットです。ヴァイオレット・メローペ。えっと……」
「私はミッキーです。ちゃんとした名前も貰ったのですが、研究地区ではあだ名でしか呼ばないので、ミッキーと呼んでください」
「はい。あの、わたくしのこともヴァイオレットと、お呼びくださいませ」
お互いに本名で呼び合わない隠密生活です。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
「え、あの、ジーナ・マイア嬢にお渡しするものがあって……」
ジーナ・マイア。
トーマスの初恋の子で、幼い頃のわたくしは怖がられていました。
再びお会いするのは緊張します。
「ジーナなら主席研究員の執務室で決算資料の整理をしてくれています。ご案内します」
マイクロフトの明るく、そして社交的な受け答えに驚きました。
泣き虫マイクロフトの笑顔は、猛烈にかわいくて更に驚きました。
「ジーナ、ヴァイオレット・メローペ嬢が君に届け物だって。何か聞いている?」
マイクロフトは、話し方も平民っぽく、カジュアルになっていました。
「はい。伺っております。北領、マイルズ子爵家のアンジェリーナと申します。ジーナ・マイアは姫様の影武者名でございます」
ジーナは、平民ではなく、貴族令嬢で、アレクシア姫の影武者の一人でした。
「わたくしはヴァイオレット・メローペという名をいただきました。どうぞよろしくお願い致します」
怖がらせてしまわないようにシオン直伝の笑顔を張り付け、とても緊張しました。
しばらく二人でペコペコし合った後、沢山お話をさせていただいて、とても意気投合してしまいました。
他の影武者もご紹介くださるとのことでした。
アレクシア姫の影武者は全部で7名もいるそうです。
アレクシア姫の個人意匠のプレアデス星団の7姉妹の星の名前を家名に抱いた影武者名を貰っているそうです。
アレクシア姫、無菌室の姫とか呼ばれてどこにも行かないことになっているくせに、影武者が7人もいます。
矛盾しかありません。
皆様のお話を伺うのが楽しみでなりませんでした。
お遣いは無事に終了し、さて帰ろうかという時に、頭の痛くなるものを見てしまいました。
「ミッキー、これ、承認お願いします」
ジーナが準備した決算書類にマイクロフトがアレクシア姫の印章を押したのです。
どれだけ信頼していれば個人印章を託せるのですか?
しかも、渡しただけではなく、実際に使用しているのです!
わたくしがアレクシア姫にミレイユ姫の印章を託したのは、唯一の希望だったからですよ?
髪を切ったこと、男装もそうですが、何でもわたくしの真似をしたがるのは悪癖ですよ!
もしくは、マイクロフトとアレクシア姫、そういう関係なのですか?
どうしましょう!
アリです!!
二人が雷で遊んでいた時のことを思い出します。
あの二人は絶対に気が合うのです。
わたくしは極力何事も気にしていないような素振りで馬車に乗り込んだ後、久しぶりに男の子に戻って行儀悪く座席に仰向けに寝転がり、頭を抱えました。
シオンになんと説明したらよいのでしょうか?
隠すわけには参りません。
でもシオンが嫉妬に狂ってマイクロフトのところに怒鳴りこんだら、どうなるか……
シオンは洪水を起こせるのです。
あの子が凶化した時、あの子を探せなかった理由は、大水で地域全体が水に漬かった為です。
凶化したカール様は雷を落としまくっていましたが、お父君が昏倒させて気を失わせたことで無差別落雷は収まりました。
今では天変地異が起きたあの地に行きたがる者はおりません。
また、それ以降「凶化」の被害がないのは、敵方もあの洪水と落雷の凄まじさに恐れ慄いたからだと思われます。
更に言えば、ノーザンブリア家の「混乱」の対象が当主ではなく夫人だったのも、当主では被害の規模が測れなかったからでしょう。
各領の当主の血を引くものが統治者になっているのにはちゃんと魔力的な裏打ちがあるのです。
そして、領主一家が薬物を盛られ易いのは、魔力で敵うものがおらず、領主クラスは「毒」でしか殺せないからです。
洪水が起こせるシオンとカジュアルに雨雲が呼べるマイクロフトが魔術戦闘になった場合、北領の研究地域と折角アレクシア姫が救ってきた移民たちが巻き沿いになってしまいます。
わたくしは、家に入る前に何度も何度も深呼吸をして、シオンに打ち明けました。
「オードリー。絶対に北領を壊してはいけませんよ。貴方の大好きな姫様の愛する土地ですからね」
シオンは、目が座ってとても怖かったけれども、わたくしは頑張って口を開きました。
「研究地区にね、マイクロフト殿下がいました。そしてアレクシア姫の印章で決裁を行う権限を持っていました。わたくし、他の影武者の令嬢達に食事にお招きいただきましたので、話を聞き出してきます。それまでは気持ちをしっかり持って、早まったことはしないでね?」
シオンは急いで旅装を整えて、令嬢姿のままアレクシア姫の元へ向かいました。
わたくしはひとまずほっとしました。
あの子が何か壊すとしても、それは北領ではなく、帝室の土地です。
アレクシア姫からの恩を仇で返すことはないでしょう。
一応、家主であるノーリス子爵と奥方にもシオンの出奔について報告したところ、ノーリス子爵も旅装を整えて様子を見に行ってくれました。
ノーリス子爵と奥方は始めは別人だったらしいのですが、今はアレクシア姫の隠密に入れ替えられていますので、安心して相談できます。
1週間後、シオンは、ニッコニコで帰ってきました。
アレクシア姫はシオンをたった1泊で追い返すことに成功したようです。
どんな話術なのでしょうか……




