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ヴァイオレット6


「こちらは、オードリーです。オードリー・アルキオネ。美人さんでしょ?」


「オードリーと申します。今日からヴァイオレット・メローペ嬢の姫修行を担当させていただきます」

 

「シオン?」


「ヴァイオレット、わたくしのことをおかしな名前で呼ぶのはやめてください。わたくしを殺したいのですか?」


 私は口を両手で覆って何度も頷いた。


 イーストール城下のノーザンブリア家の隠れ家で紹介された美少女オードリーは、女装したシオンだった。


 間違いなく弟だが、姿は絶世の美少女だ。


 涙が溢れて止まらなかった。


「オードリー、貴方が準備してくれたドレス、着せ方が分かりませんでした。ヴァイオレットもローブを着れば誤魔化せるって言ってくれたのですが……」


「かしこまりました。わたくしが見てみましょう」


「ありがとう。それでは、わたくしも着替えてきます」



 アレクシア姫はそう言って部屋を出て行った。


「わたくしは姫様の着付けは担当させてもらえないので着せ方を知っているわけではありませんが、自分で着ることはできるので、何とかなるでしょう。ローブをお脱ぎになって?」


 そう言って優雅にほほ笑む弟は、どこからどう見ても、一挙一動が、高位貴族の令嬢だった。


「ありがとう」


 ちゃんと着せてもらえば、それはぴったりのサイズのドレスだった。


 姫のドレスには締めなければならないパーツが沢山あった。


「どういたしまして。わたくしはアレクシア姫に拾われて、姫の影武者となりました。もう他の何物にもなりたくありませんが、貴方の人生は貴方がお決めになって下さい」


「他の何物にもなりたくない?」


 アレクシア姫の影武者?


 もうシオンに戻りたくないということか?


 アレクシア姫を見下していたシオンがアレクシア姫の傍を離れたくないと言っていることに衝撃を受けた。



「はい。貴方にはこれから姫の影武者修行という建前で、姫修行を始めて頂きます。わたくしがその指導員となります。それが終わったら貴方は自由です。出来るだけ貴方の意向に沿うように姫に相談いたしますから、ご安心ください」


 私はトーマスに頼れなかったが、シオンはアレクシア姫に頼ることができるようだ。


「助けてくれてありがとう。でも、私は自由になってもやりたいことがない」


 私は正直な気持ちを答えた。


 シオンを探したい。

 母上を助けたい。

 東領を取り戻したい。

 アレクシア姫を兄君の元で暮らさせてあげたい。


 私はいろんな望みがあったし、それに近づく努力をしたつもりだったが、結局はアレクシア姫に助けられた唯の無力な存在だ。


 精神攻撃を防ぐために、魔法学の勉強をした。

 でも、役に立っていない。


 人脈も作ろうとしたが、人を動かせるようにはならなかった。


 そんな私が自由になったとて、何ができるとも思えない。


 野垂れ死ぬだけだ。


 その時の私は、自信喪失の真っただ中だった。


「わたくしにお教えできることは全てお教えします。出来ることが増えればやりたいことも見えてくるかもしれません。ゆっくりで良いのです。ずっと姫修行を終えないで北領で暮らし続けるという選択肢もあります」


 ずっと姫修行を終えないで、北領で暮らし続ける?

 アレクシア姫は私を養ってくれる気があるのか?


「それは素敵な夢だな」


 シオンはゆっくりと目を細めた。

 見惚れるほどの美しい微笑みだった。


 私の当面の目標はこの微笑みだな、そう思った。


「それから、このチャームをヴァイオレットに差し上げます。わたくしのものとお揃いです」


 シオンは首からかけていたミレイユ姫の印章を私に渡した。

 そして、シオン公子の印章を私に見せた。


「チャーム。そう。ありがとう」


「いつか手離すときが来るかもしれませんが、今は肌身離さず持っています」


 手放すときが来るかもしれないというのは、どういう状況を想定したものか聞きたかったが、この場で話すようなことでもないように思ったので控えた。



「私もこのチャームはアレクシア姫に似合うかと思ったんだが、手元に戻ってしまったので、私もしばらくの間保管させてもらうことにするよ」


 私の分も手放すことに異論はないよと伝えたつもりだが、理解してもらえただろうか?



「それから家のチャームは、テーラ宮殿にポイ捨てしてきました」


 驚いた。


 もしかして、家印や公印のことを言っているのか?

 テーラ宮殿にポイ捨て?


 よくわからないが、父上は今、東領印を持っていないということだ。


 偽の印章で東領を回しているのか?



「オードリー。入ってもよいですか?」


 アレクシア姫の声がして、シオンが室内に迎え入れると、そこには髪を短く切った男装姿のアレクシア姫がいた。


「!!!!」


 必死に口を手で塞いだ。

 君はなんということを……



「アリスター様、髪がボサボサですよ。わたくしが梳いて差し上げます」


 シオンが手を差し出すと、アレクシア姫はそこに自分の手を置いて、誘導に従った。


「びっくりした? ふふふ。わたし、自分でドレスが着れないから、出兵するにあたって、男装することにしたんだ。男装だったら、わたし、にも自力で着替えることが出来るんだよ?」


 ちょっとだけ男性言葉のアレクシア姫は、アリスター・ノーリス子爵令息という新しい身分を貰って、帝室直轄地の東の森に駐屯することになったという。


 偽物のミレイユ姫が宮殿で預かってもらえているのに、アレクシア姫が森で野営なんて……


「君を迎えに行く前に、どうしても君と同じ目線に立ってみたかったというのもある」


 私と同じ目線に立ちたかっただって?



「でも、ごめんね。わたしにはあまり君の気持ちはわからなかったよ。研究地区にシフォネという男装の麗人がいるんだ。シフォネの影響の方が強くて、身軽な男装が楽しいと思ってしまったよ」


 シオンがポタポタと涙を落としながらアレクシア姫の短くなった髪を梳き、アレクシア姫が優しげにシオンの涙をタオルで吸い取ってあげている姿は、一生心に残って忘れられないだろう。


 私は5才までしかシオンを知らない。


 でも、辛辣で理論的なシオンは涙を流すようなタイプには思えなかったから、私は驚きで上手く反応できなかった。


 それは夫を戦地に送る妻が、止めたいのを必死に我慢して旅支度を整えている様子であり、その痛みがわかるだけに妻の涙を拭っていたわっている夫の姿にしか見えない。


 妻がシオンで、夫がアレクシア姫だ。


 私はそのように感じた。

 


「ああ。オードリー。君はよっぽどの決意で女装することにしたのだね? わたしはそこまで気にしていないんだよ? ヴァイオレットの短い髪に憧れていて、一度やってみたかったんだ。どうかそんなに悲しまないで?」


 私の短い髪に憧れていた?

 私は嫌でたまらなかった。


 髪を切られたときにはポロポロと泣いた。


 髪を切ってからもう8年だ。慣れてしまって何ともないが、最初はアレクシア姫のようにあっけらかんとはしていなかった。


 シオンはアレクシア姫と共に帝都に私の様子を見に来たことがあって、私の男装姿を見た。


「シオンの身分は姉上に差し上げる。そして私がミレイユ姫として、偽物からミレイユ姫の称号を取り返す!」


 そう心に決めて、女装を始めたらしい。


 但し、アレクシア姫の影武者にしては美人過ぎて、どこぞで求婚されたりしたら困るから、実際に影武者としてアレクシア姫に成り代わったことはないそうだ。


 反応に困った。



「そう言えば、アレクシア姫、君は前より随分かわいくなったね」


「ふふ。ありがとう。北領の姫は幼い頃はぶちゃいくなのが特徴なんだよ」


 私も酷いことを言ったが、アレクシア姫本人の返事も酷い。


 アレクシア姫は、配下の風魔法使いに空路で駐屯地まで送ってもらうと言って、すぐにセーフハウスを出たので、あまり話しができなかったが、元気そうだった。


 私達は直接北領に向かってもよかったが、シオンがアレクシア姫の住環境を確認したいと言うので、帝室の東の森に入って、南領の移民たちを護衛しながら北領に入った。


 アレクシア姫は本当にテントで野営していた。


 兄君は南領の城に入っている。

 住環境自体はカール卿と共に従軍したほうがマシだっただろう。


 シオンはアレクシア姫に野営の任務を与えたテーラ家に相当腹を立てていた。


 私はアレクシア姫がそれなりに楽しそうにしている様子を見て、野獣はいるけれど人間同士の流血を見なくて済む野営地の方がマシな気がした。


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