ヴァイオレット4
学年が上がり、初等科に入学すると、偽ミレイユ姫を見かける機会が増えた。
ルイス殿下の「皇太子妃の座」争奪戦で首位にいるそうだ。
あの偽物が首位なんて、世も末だ。
帝都人の見立てなんて大したことない。
あれのどこに首位の要素があるのか不思議だった。
東領の本物のミレイユ姫だった私の方が男装をしていても美しく、姫っぽい。
西領のマチルダ姫の方が全てにおいて格上だ。
南領のリリィ姫は派手過ぎるし作法に粗が目立つが、それでも目を引く華がある。
北領のアレクシア姫はブサイクだから、顔だけなら勝てているかもしれないが、その代わりに園児たちから「魔王の娘」や「裏社会のボスの娘」だと思われるほどの王の風格がある。
ルイス殿下が如何に神々しくとも、妃も含めてペア戦となれば、ルイス殿下はマチルダ姫を選ぶしか、トーマスと私のペアに勝つ方法はないだろう。
そんな身勝手な想像で、自分を宥めた。
母上は領地の離宮で幽閉状態で、父上は新しい奥方と共にイーストール城で暮すようになっていた。
それでも、私は狂化することも、錯乱することもなかったから、惣領としてキッチリ振舞っていれば、我が子として育ててもらえるものだと思っていた。
それが違うことが分かったのは、トーマスが惚れっぽくなった原因が自分にあると疑うようになってからだ。
アレクシア姫が幼稚舎から姿を消してから1年も経たないうちに、トーマスは恋をした。
平民でお嬢様だ。
ジーナ・マイア。
名前が既にアリスティア・ポラリスの仲間っぽい。
マイアもポラリスも星の名前だ。
星好きの東領には良くある家名だが、北領では珍しいと思う。
ただ、北領は厳しい冬に空を見上げることが多いのか、ノーザンブリア家が個人紋を作る時、ノーザンブリア家の家紋の中の個人意匠部分に冬の星座を使う。
アレクシア姫の個人紋はプレアデス星団だ。
マイアはプレアデス星団を構成する星で、恐らくジーナはアレクシア姫に関係する何かだ。
アレクシア姫自身は、兄君の個人紋がおおぐま座だから、こぐま座のポラリスを名乗ったのだろう。兄様好きのアレクシア姫らしい発想だ。
ノーザンブリア家のことを知っていれば分かりやすい偽名だが、東領っぽくて攪乱にもなる。
それでジーナ・マイアに話を聞いてみたいと思って近づいたが、彼女はアレクシア姫と私の関係について何も聞かされていないようだった。
この時、トーマスからジーナをいじめていると誤解されて、警戒されるようになった。
トーマスがジーナを好きなことが明白だった。
アレクシア姫の時よりも悲しかった。
アレクシア姫とトーマスは言わば、マイクロフト鑑賞仲間だ。
それにアレクシア姫は平民富豪令嬢アリスティアちゃんに扮していても決して誰かに守られる令嬢ではなかった。
でも、ジーナはトーマスが守ってあげる「トーマスのプリンセス」だった。
シオンは辛辣だと思っていたが、きっと私も言い方がキツイのだろう。
ジーナに対してキツイ言い方をしたつもりはなかったが、怖がられた。
アレクシア姫の助言が今更ながら身に染みた。
せめて、トーマスの「友人」枠は死守しようと頑張った。
宮殿に頻繁に足を運び、トーマスとの友好関係を築こうと努力した。
いい印象を持ってもらうためにマイクロフトがいじめられていれば、助けに行って、手を引いて別の場所に連れて行き慰めてやった。
マイクロフトは、ルイス殿下の「皇太子妃の座」争奪戦を戦う姫達に疎まれていた。
ルイス殿下に特別扱いされるからだ。
ルイス殿下は、家族と他人で、扱いに天と地の差があった。
トーマスとマイクロフトに対しては優しい兄君だ。
隣に座らせて、ナデナデし、お菓子を選び、アーンし、ミルクと砂糖入れてやり混ぜ混ぜするし、カップを口まで運び、口を拭いてやる。
そしてとろけるような微笑みを浮かべ、優しく話しかける。
ルイス殿下の妃候補たちは、いつの日か自分もそうしてもらうことを夢見ていた。
トーマスは照れくさいのか、ティータイムのルイス殿下には近づかなかった。
マイクロフトは甘やかしてくれる兄君が大好きで、一緒にお茶をしたがった。
例外は手を繋ぐこと。
テーラ家は手を繋がないみたいで、マイクロフトは手を繋いで歩いてくれる私をみると寄ってくるようになった。
かわいい子だ。
しかし、それ以外はルイス殿下にたっぷりと甘やかされていた。
ルイス殿下は他人との距離は遠かった。
並んで歩くことを許さない。
名前すら呼ばせない。
呼び捨てにしているのは、西領惣領のクリストファー卿だけと聞く。
側近候補や姫達が「ルイス様」で、残りは全員「殿下」だった。
マイクロフトは、お茶会の帰りにリリィ姫の一派に囲まれて、ヤキモチまみれの令嬢達に怒鳴り散らされていることがあった。
ルイス殿下の前ではニコニコと猫を被っていた令嬢達が怒り狂っているのだ。
さぞ混乱しただろう。
「貴方、何様よ?」
バカなのか?
彼は「皇子様」だよ。
マイクロフトは、「何を言われているか、わかんない」って顔して泣いてた。
私もリリィ姫が何を言っているのか分からなかった。
「どなたのお隣に座らせてもらっていると思っているの?」
大バカなのか?
兄君だよ。
血のつながった、兄君。
彼は貰われっ子じゃないよ?
父君と同じ深い緑の瞳に、母君と同じ茶色の髪だよ?
見えないのか?
ルイス殿下は、先代皇帝から明るい緑色の瞳と父君からブロンドを引き継いでいるものの、母君の特徴は引き継いでいない。
マイクロフトはルイス殿下より遥かに両陛下の子供に見えるが?
私は学んだ。
嫉妬は人をバカにする。
アレクシア姫に嫉妬していた自分はきっと大バカな行動を取っていただろう。
そう思えば、ジーナに対する嫉妬はなんとか抑えることが出来た。
一方で、マイクロフトに対するいじめはどんどん酷くなっていって、お茶会に向かう途中でリリィ姫の手下に囲まれて、お茶会に行けないように妨害されるようになっていた。
鬼ごっこだ! などと言いながら、追いかけまわされてたから、近衛にも助けてもらえなかったようだった。
リリィ姫は、ズル賢い。
どうやったら近衛に疑われないか、よく知ってた。
できるだけ助けたつもりだが、偽のミレイユ姫がリリィ姫と「皇太子妃の座」争奪戦を争っていたから、あまり目立ってしまうのは避けたかった。
マイクロフトは次第に姿を見せなくなっていった。
心配はしていたが、私がマイクロフトを訪ねるのは不自然だ。
トーマスに会いに行く範囲でさりげなくマイクロフトを守ることしかできなかった。
アレクシア姫がいたら、宮殿内だろうがお構いなしに雷で黙らせてくれたかもしれない。
脱線が長くなったが、トーマスの初恋ジーナ嬢は突然姿を消した。
親しくないから、挨拶なんてないし、本当のところはわからないが、また帝室に調べられたんだろうと思った。
それ以降、トーマスは惚れっぽくなっていった。
でも、途中でおかしいと思い始めた。
好きになる相手に一貫性がなかった。
トーマスが嫌いなタイプまで好きになった。
それで「魅了薬」に思い当たった。
魔法学を必死に学んでその存在を知ったが、そこに行きつくまでに時間がかかった。
でも、自分が持ち込んだ茶菓子に入っているなんて思わなかったから、気付くのが遅くなった。
その頃「皇太子妃の座」争奪戦の影響で、ルイス殿下の為にお菓子を手作りして宮殿に持ち込むのが流行っていた。
私は偽のミレイユ姫が持ち込むお菓子の余りを貰って宮殿に持ち込んでいると思っていた。
同じものを食べたルイス殿下が惚れっぽくなっていないのに、トーマスだけが惚れっぽくならないだろう?
でもどう考えてもおかしいので、ある日こっそり偽のミレイユ姫のお菓子と私が貰ったお菓子を入れ替えた。
その数日後、北領の領主夫妻が毒で暗殺され、カール卿が意識不明の重体となった。
今の時代は、剣で戦うのではなく、薬で戦うのだと理解した。




