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ヴァイオレット2

 東領イースティア家は、子女を幼い頃から帝立学園に入学させることが多いが、それは姫のためにより良い嫁入り先を選定するのに早いうちの方が良いからだ。


 私たちの場合は、ミレイユ姫から見て一つ上の学年に南領惣領マグノリア様、同じ年に帝室の皇太子ルイス様と西領の惣領クリストファー様、一つ下の学年に北領の惣領カール様、二つ下の学年にトーマスと、更に一つ下の学年にマイクロフトがいる。


 イースティア家に生まれた男児は、東領内から紫色の瞳の家系の令嬢を貰うことが多いので、特に急いで帝都に出ることはしない。


 しかし、おかしくなってしまった母上は父上の決定に抗えず、シオン公子となった私は幼稚舎から母の元を離れて帝都で暮らし始めることとなった。


 

 そして、私は幼稚舎でテーラ帝室第2皇子トーマスと出会った。


 トーマスは、光り輝く兄君ルイス様と比べ、あまり注目されていなかった。


 髪は兄君と同じく輝く金色だったが、瞳が茶色で全体的な印象が地味だった。


 でも、完全無欠で近寄り難い兄君とは異なり、親しみやすく気さくなトーマスの方が私は断然好きだった。


 面倒見もよく、中途入園の私に親切にしてくれた。


 私は絶体絶命の危機に陥った時に頼る相手として、この皇子との繋ぎを作るつもりで彼と共に行動することにした。



 男装した私はイケメンだったから、淑女たちも親切にしてくれた。


 シオンが帰ってきたときの為に辛辣路線で過ごしたかったが、私には向いておらず、結局トーマス同様、落ち着いた性格の路線で過ごしていた。


 言葉遣いや行動をを過度に男っぽくしてしまった自覚はあるが、女であることがバレるよりマシだと思う。



 半年ほど経ったある日、トーマスが幼稚舎を欠席した。


 理由を聞こうと弟のマイクロフトに話しかけたが、ポヤポヤと上手く答えられない彼にイライラして小突いてしまった。


 マイクロフトは尻もちをついて泣き出した。


 泣き虫マイクロフト。


 彼はそのように呼ばれており、私は彼が泣いてもいつものことだと舌打ちするぐらいの反応しかしなかった。


 だがマイクロフトが泣いたことで、運悪くアレクシア姫の目に止まってしまった。



 私はアレクシア姫が幼稚舎にいるとは思っていなかったので、警戒した。


 アレクシア姫は、別人のようだった。

 目が死んでいた。


 見た感じ、姫自体は、健康体だ。


 兄君はダメだったのか?


 こんな据えた目になる理由はそれしか考えられなかった。


 アレクシア姫は、私から目を離さずに、ゆっくりと近づいてきて、自己紹介した。



「アリスティア・ポラリスと申します。貴方は?」


 偽名だった。

 そちらも訳ありか?


 それならば私のことも他言しないだろうと思った。


「シオン・イースティアだ」


 雷が落ちた。

 晴天の空から、雷が、いくつも落ちた。


 近くの木がバキバキと音を立てて割れるのが分かった。


 芝生の庭で遊んでいた子供たちが一斉に泣き出して、先生方が慌てて室内に避難するように誘導していた。


 誰も私たちの話を聞いているものなどいない。

 正直に伝えた。



「シオンは帰ってこなかった。母上もイースティア家もおかしくなった。今は私がシオンだ」


「ミレイユ姫は初等科にいると聞ききました」


「アレが何者か私にはわからない。兄君は?」


「兄様は身体は元に戻りました」


 心の傷が深いということか?


 泣き虫マイクロフトが、私とアレクシア姫の手を取って空を見上げた。

 この子がいることを忘れていた。


 風で雨雲を呼んだようだ。


 帝室は色々な血を入れているが、共通しているのは、魔力量の多さだ。


 マイクロフトはカジュアルに雨雲を呼べるレベルらしい。



「暴風雨の気分ですか? お付き合いいたします。まずは濡れないところに行きましょう?」


 アレクシア姫はマイクロフトと手を繋いだまま、室内に移動した。

 私はマイクロフトの反対の手で握られていたから、仕方なく一緒に行った。


 マイクロフトは、そういう子だった。


 喧嘩している人を仲裁しようとする。


 不戦のテーラの申し子のような子だ。


 自分は泣きながらだが......


 アレクシア姫は、近くの建物を指さして、雷を落とした後、マイクロフトに微笑んだ。


 目は死んでいるけれども、マイクロフトの仲裁精神に絆されるぐらいの人の心は持っているようだった。



「綺麗です」


 泣き虫マイクロフトの癖に雷は怖くないようだ。

 目をキラキラさせて喜んでいる姿にアレクシア姫が微笑んで、別の場所を指さして雷を落とした。


 先ほどのものよりも枝分かれが多く、綺麗だった。


「まぁ、上手ね?」


 よくわからないが、枝分かれを作っているのはマイクロフトのようだった。


 その後、雲の中だけに這わせる雷や同時に複数の雷を雲の中に這わせたり、二人でいろいろ試して遊んでいた。


 私も水魔法で雨を強くしたり、雹に変えたりしてあげることでマイクロフトの仲裁を受け入れた。



「楽しかったですが、帝都のように人がたくさんいる場所ではこの遊びはダメですね。制御が難しく、誰かをケガさせてしまうかもしれません。次は別の場所で遊びましょう」


「はい!」


 マイクロフトはニコニコだった。

 ちょっとかわいいと思ってしまった。



 数週間後、今度はトーマスがアレクシア姫に話しかけた。


 園にはアレクシア姫に話しかける人はいなかった。


 あの雷について私のように何が起きたかをハッキリ理解した子はいなかったと思うが、園児たちは、雷に動じなかったアレクシア姫を猛烈に怖がるようになった。


 闇のアリスティアちゃん。

 それが園児たちからアレクシア姫に与えられた二つ名だ。


 光のルイス殿下の対極にあり、魔王の娘だと囁かれていた。


 実は、雨雲を呼んで長いこと園児たちを恐怖の底に陥れたのはマイクロフトだというのに、泣き虫キャラで大きく得している。



 アレクシア姫は、ただでさえ死んだ目で怖い上に、東領惣領シオン公子と対立した平民令嬢に近づく者はいない。


 いつも一人ぼっちでベンチに座って、あの死んだ目で人間観察をしていた。


 それで、面倒見のよいトーマスが友達のいないアレクシア姫に気付いて声を掛けた。

 いかにもトーマスっぽい行動だ。


 私はアレクシア姫はトーマスを追い払うと思っていた。

 でも、トーマスは隣に座った。

 そして、二人は会話を始めた。


 カチンときた。

 そして気付いた。


 私はトーマスのことが好きなのだと。

 一緒に行動するだけではなく、彼を独占したいのだと。


 トーマスがアレクシア姫の隣に座って話をする機会が増え、二人がマイクロフトを観察していることが多いことに気付いた。


 マイクロフトは相変わらずよく泣くが、助けに行く時と、助けに行かない時を見定めているようだった。


 私は試しにマイクロフトに近づいて、彼が泣き虫なことについて叱りつけたら、見事に泣いた。


 そうしたら、トーマスが飛んできた。


 トーマスに何があったかを聞かれ、私は正直に答えた。

 いじめたわけではない。諭したのだ。

 ダメではないと思った。


 アレクシア姫はそんな私達の様子をベンチから観察し続けるだけだった。


 私はトーマスをアレクシア姫から引きはがす手段を一つだけ見つけた。


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