【閑話】お忍びデート(の下見)
週末にカールとマチルダ姫が「お忍びデート」を計画しているらしい。
羨ましい。
アデルがデートコースを下見に行くと言うので仮病で学園を休んでついて行ったことは、誰にも内緒だ。
下見対象は、ジュエリーショップ3軒、カフェ4軒、レストラン4軒だ。
「ご機嫌よう。予約していた北領の近衛、ピーターソンです」
アデルは推定ライバルでクマのぬいぐるみの名前でもある、ピーターソンを名乗っている。
もやっとしていたら、ちゃんと私も紹介してくれた。
「こちらは恋人のルイです」
とりあえず私の機嫌はあっさり直った。
ピーターソンは女の子かもしれない。
最初のジュエリーショップは、母上の紹介だ。
店主が出てきてアリーを見て固まっていた。
ミッキーと同じだ。
鑑定眼を持っている人間にはアデルが猛烈に美しく見えるらしい。
名前もわかるのか?
私がアデルと呼ぶと、店主たちはアデレーン様と呼び始めたから、アデレーンがミドルネームなのも、本当かもしれない。
非公開のミドルネームを愛称として呼ぶなんて、恋人っぽくてグッとくる。
名前が見えているなら、私の名前も見えているだろうから、店主たちには帝室の皇太子と北領の姫が恋人同士としてお忍びで下見に来たことがバレバレだ。
こういう店は信用第一だから、外に漏れることはないだろう。
「こちらはオリハルコンの延べ棒とミスリルの延べ棒です。差し上げますから、もしマチルダ様がこちらのお店の装飾品をお気に召したら、台座の選択肢に加えてくださると嬉しく思います」
オリハルコン?
ミスリル?
「そんな貴重なものを? こんなに?」
店主の混乱も分かる。
その2つの素材は幻の鉱石だ。
「もし誂えることにならなくても差し上げますが、出来るだけ良い石とお二人のお好みに沿ったデザインをご提示くださいませね」
太っ腹な申し出に恐れ入ったようだったから、きっと良くしてもらえるだろう。
いくら兄上至上主義だって言っても、兄と義姉のジュエリーの台座に幻の鉱石を使ってもらうためにわざわざ下見に来て、無償で進呈するのは、流石にやり過ぎではないかと呆れた。
再びもやっとしていたら、店を出る前にちょっとしたサプライズがあった。
「アデレーン様。ソフィア様からお直しをご依頼頂いたピアスをお預かりしております」
「まぁ、ありがとう。ルーイ、つけてくださいますか?」
それはテーラ家のダイアモンドのピアスだった。
もう一つ作ったのか?
元々ペアだったのか?
「喜んで」
愛妃の耳にようやくテーラ家のピアスが輝く時が来たのかと、感動で手が震えた。
アデルは前と同じ様に笑いをこらえて「台座はロイが錬成したアダマンチウムですよ」と耳打ちし、私の胸に顔を埋めてバカウケしていた。
アデルのピアスの台座は、血のつながらない祖父の手作りの鉱石だった。
テーラ家は凝り方がもっと酷かった。
腕の中で爆笑する愛妃、最高だ。
ついてきてよかった。
2軒目はノーザンブリア家の御用達の店で、3軒目はウェストリア家の御用達の店だった。
店主は鑑定眼持ちだろうから、身バレ防止のために馬車の中で待っているか聞かれたけど、バッチリついて行って、バッチリ見バレしただろうけれど、ちゃんと恋人として紹介してもらった。
幸せ。
カフェやレストランでは、個室をチェックしたり、カールとマチルダ姫の好物を季節のメニューに入れてもらう様に交渉して準備万端だ。
お土産に焼き菓子を沢山買って帰っていた。
「い・や・だ。アデルと離れたくないぃぃー」
帰りに学園まで送ってもらった時、馬車から降りずにアデルを抱きしめた状態でゴネて困らせた。
「ルーイ。体調不良の皇太子殿下のご様子伺いにまた明日来ますから、仮病とバレない様に、早く寮室に戻って休んでいて下さい」
アデルは私の扱いが本当に上手いと思う。
私がゴネる分には上手くあしらわれてしまう。
アデルの方が立場が強いから、楽勝だろうとも思う。
アデルがゴネた時、私は上手く宥められる気がしない。
心配だ。
**
「まぁ、ルイス様、体調不良の時は早く寮にお戻りになって、お休みくださいませ」
「マイクロフトの新作の薬ができているから、今日あたりソフィア妃の遣いが持って来てくれるのではないか?」
翌日、生徒会に顔を出した私は、マチルダ姫とカールから追い出された。
アデルはいつも2時間後ぐらいに来るから、心配いらないよ?
他の生徒会メンバーの手前、そうも言えないので、大人しく寮室に戻るとアデルと白衣の医師らしき人物が待ち構えていた。
なんで?
情報が筒抜けだ。
その上、私よりも情報が早い。
テーラ家の情報セキュリティーが心配になってきた。
「ルーイ。今日は、ミッキーの新作の『総合精神魔法解除薬』をお試しいただきます」
「総合精神魔法解除薬?」
「総合感冒薬のように、いろんな精神魔法を解除するお薬です。このために殿下に罹っている精神魔法を解除しないで溜めておいたのです」
「溜めておいた?」
アデルから薬の入ったマグを渡されて、飲みながら話を聞いた。
「はい。現在、殿下には強い『魅了』と弱い『混乱』と『酩酊』が掛けられています。学園とは恐ろしいところです」
「は?」
アデルはマジマジと私の瞳を覗き込んで、ゆっくりと頷いた。
ぐふっ。
射抜かれた。
それ、魅了魔法でしょ?
そういえば、昨年は月に一度、宮殿で魔眼持ちの検査を受けて、典医が治療していた。
家出してからは何の検査も受けていないけれど、その代わり連絡係のトムやアデルが見てくれていたのか……
「魔眼持ちは数が少ないので、定期的に検査を受けることができるのは、ほんの一部の高位貴族ぐらいです。でも魅了薬などの精神薬は、市井にも出回っています。だから、一般臣民が精神不調を感じたら手軽に薬師から購入できるように薬を開発してくれたのです」
「ミッキー、凄いね?」
「ふふふ。これでシャムジー子爵の伯爵昇爵はまちがいなしです」
ふふふって。
「ノーザンブリア公子になったんだから、伯爵に昇爵する必要なんてないでしょうに」
「自力でどこまで上がれるか、シフォネと競争しているそうです」
シフォネ?
誰それ、ミッキーの神童仲間?
女の子だよね?
アデルは薬を飲み終えた私の瞳を再び覗き込み、精神魔法の罹患状態をチェックした後、傍にいた医者らしき人物にも確認するように促した。
「どう? 治った? それにしても、酷い味だ。よく効きそうだよ」
医師らしき人物が私の状態をチェックしたが、完璧に治る薬ではないようで、そのまま治療が始まった。
この間、アデルが遠くに離れて行かないように手を握って隣に座ってもらった。
初めてであった日みたいだ。
懐かしい。
「お口直しはマンゴーティーにいたしましょう」
そう言って、アデルは連れてきた侍女にお茶を淹れてもらっていた。
「マンゴーティーなんて初めて聞いたよ。アデル、もしかして新商品開発しちゃった?」
「いいえ。お茶は購入したものです。こだわりは『手作りマグ』の方です。お揃いですよ」
微妙にボコボコしていて、手作り感のあるほっこりする形だ。
いや、違うな。
アデルの手作りだと思うからほっこりするんだ。
「ペアマグ? ここに置いて行く? 本格的に恋人みたいだ」
まずい薬のことはすっかり忘れ去って、ニッコニコである。
我ながら、頭の中がシンプルだ。
「兄様とマティ姉様の2回目のお忍びデートは、『まったりペアマグの手作り』をおすすめされたので、下見に行った時に作りました」
アデルは、安定の兄様至上主義だ。
「はぁっ? 君は誰と『まったりペアマグ作り』をしたのかな?」
置いてきぼりにされていたことにプリプリ怒ってしばらくアデルを質問攻めにしたのだった。
気持ちの浮いたり、沈んだりが激しいのも精神薬の影響じゃないだろうか?
ミッキーの薬、ちゃんと効いてる?




