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マーガレット8

 カール様のご帰還が決まった後、アレクシアは露払いをすると言って、密かに城に戻り、姫姿で朝議に参加しました。

 わたくしは姫の侍女の姿で、議場の端に控えておりました。


 その日の議題は、カール様の帰還後の受け入れ準備についてでしたが、途中で静観派の一人が、おもむろに口火を切りました。


「アレクシア様についてはいかが手配いたしましょうか?」


 南領紛争が始まってから1年半。

 アレクシアの処置は「最低でも幽閉」という意見がすっかり定着して、「帰ってきたら牢にでも入れとけ」という雑な扱いで深く議論されることもなくなっていました。

 しかしその時ばかりは、間際に迫った「アレクシアの幽閉」に、議論は盛り上がり、紛糾しました。


 幽閉は確定だと声高に唱える者。

 賛成する多数の声。

 追加の軍規違反と職責放棄による処刑を提案するもの。

 賛成する少数の声。

 流石に行き過ぎだと、ノーザンブリア家からの除籍で済ませるよう温情を掛ける者。

 賛成する少数の声。


 アレクシアは自分に対する糾弾をどのような気持ちで聞いていたのでしょうか?


 不安で心細そうな表情で王座からその様子を見ていました。

 でも、その表情は恐らくアレクシアが模したわたくしの表情だったのでしょう。



「なるほど」


 そう言ったときのアレクシアは、笑みを湛えて、小さいながらもゆったりとした王の風格を醸していました。


 王座から声が発せられたことに驚いた貴族たちは、そこにいるのがアレクシア本人だとようやく気付き、議場が静寂に包まれました。



「書記官、全て記録していますか?」


「はい」


 その日の書記担当は「静観派」に入れ替わっておりました。



「わたくしの死を求めた者には死を、わたくしの幽閉を求めた者には幽閉を、わたくしの除籍を求めた者には北領からの除籍を与えよ」


 アレクシアはそれだけ言って立ち上がり、皆に優しく語りかけました。

 


「北領では先代領主夫妻を、南領では領主一家を失った事は知っていますね? 東領の姫は帝室に保護され、西領では家族が分かれて暮らしています。世界中が領主の血筋の保全に過敏になっている時期ですよ。そんな時期に何の罪もない自領の姫の処刑、幽閉、除籍について朝議で論じるなんて、どうかしていますよ。わきまえなさい」


 そして、去り際にもう一言。



「朝議にて自領の隠密活動の内容を全員で論じるのも褒められた行為ではありませんね。これについては総領が戻られた後に処分を決めてもらいましょう」


 アレクシアをアリスターに変装させることは、カール様が隠密を使って命じたノーザンブリア家の生存戦略です。最初は少数の城の者たちだけで共有されていた情報でした。


 それが、いつの間にか朝議で公然の事実として語られるようになったのは、どう見ても「マーガレット・サマー」にしか見えない影武者のせいです。


 北領総領が妹を隠すために髪を切らせて男装までさせているのに、その居場所が避難路の真ん中だとあけっぴろげに朝議で議論していたのは、このどうしようもなく姫には見えない影武者の影響です。


 そしてカール様もアレクシアも何の対策もしなかったのですから、これは兄妹が仕掛けた罠なのです。



 一方、わたくしを影武者に立て、朝議に参加させる命は、誰からも出ていません。

 アレクシアは「影武者が必要になったらこれを使って」と髪を渡してきただけです。唯一の公式な知人であるわたくしに髪を渡しただけです。


 わたくしは、自分が巧妙な罠に掛けられたことにその時になってようやく気付きました。

 

 影武者を立てるように指示を出したわけでもありません。

 わたくしを影武者に指定したこともありません。

 きっと、わたくしが影武者に立たなければアレクシアはノーザスに戻る予定だったのでしょう。


 気付けばわたくしは、アレクシア姫に偽装し、偽アレクシア姫として朝議に参加した大罪人でした。



 アレクシアが命じたのは、アレクシアのフリをして慈善活動をするなという禁止事項のみです。


 つまり、アレクシアのフリをして慈善活動をしたことについてのみ、既に「厳重注意」が処されていますが、それ以外のわたくしの罪については、カール様がご帰還後にお決めになるということです。


 

 朝議の後、わたくしは涙ながらにアレクシアに謝って、謝って、謝り倒しました。


「マーガレット姉様、わたくしに謝られても何も変わりませんよ? すべては兄様がお決めになることです。ノーザンブリアの(あるじ)は兄様です。わたくしでも、伯父様でもありません。それさえわかればマーガレット姉様は今回の最大の功労者です」


 アレクシアは、この時、初めて本当の彼女の姿を少しだけ見せてくれました。


 狂信的な兄様至上主義です。


 カール様のために生き、カール様の為に死ぬことがアレクシアの望みなのです。


「兄様の身代わりになるのが一番理想的な死に方ね。だからマーガレット姉様が考えてくれたアリスターのペルソナ、とっても嬉しかったわ。ありがとう」



【カール様の影武者には小柄すぎて不適格になった近衛崩れ】


 それは、単に顔が似ていることをごまかすためにつくった設定でしたが、アレクシアはその設定を痛く気に入ってくれたようでした。


 アレクシアは、頭はとてもしっかりしているのに、やっぱりどこか壊れた姫でした。


 カール様のためなら、自分の命なんてどうでもいいのです。悪評なんて更にどうでもいいもので、カール様の治世を安定させるために上手く利用しようとする姫なのです。


 敵側にいたわたくしの事は、ちょっとおもしろい「素材」だと考えていたのではないでしょうか?


 だから利用した。


 個人的なわたくしへの悪感情はなかった。

 今はきっと、わたくしがカール様の役に立つなら「いいもの」で、役に立たないなら「悪いもの」と言ったところでしょう。


 分かりました、アレクシア。

 わたくしの心の(あるじ)はあなたです。

 でも、カール様に誠心誠意お仕えすることが、貴方に誠心誠意お仕えすることになるのですね?



 この日のことは北領の大粛清として北領貴族達の胸に深く刻まれました。

 しかし、内容については外に漏れることはありませんでした。


 隠密活動について朝議で論じていたことを窘められたばっかりだったからでしょうか?

 牽制に置いた小さな石が効いていますね?


 ただ、北領の悪姫、その言葉だけが領外に伝播していきました。


 アレクシア姫は、ご両親が亡くなったことで、壊れてしまって、どこにもお嫁に出せない。


 紛れもない真実です。


 ご両親が亡くなって、ショックで壊れたのではなく、兄君を守るために壊れたことをする傑物なのです。


 この方をお嫁に出すと、北領の大損失です。


 絶対に、どこにも、お嫁にあげません。



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