【閑話】親友クリス
「ルカ? 来たよ。いろいろ謝ってたけど、一番謝るべきは、彼の婚約者の私に対する無礼な態度だと思う」
「ふはっ。それは許してやれ。君がキラキラでモテモテすぎて、婚約者が君を毛嫌いしていることを神に感謝しているような男なんだから」
ルカがいろいろ謝りに来た翌週、クリスが訪ねてきた。
「いつもながら、君の笑いツボは全くわからない。で、今日はどうしたの? 君も一元統治の話? 私、まだ即位してないから、父上に言ってね」
「いや、そうじゃないんだが、その話もしておくか。まず、情報、ありがとう」
「情報? 何の? 私、何か口を滑らしちゃってた?」
心当たりないよ。
「陛下が君にライラを正妃に、アレクシアを秘密の恋人にしろと言った時、ソフィア妃が自分が出ていくから陛下がライラと再婚しろと言って出ていった話」
「ああ、それね。私の見立てでは、ライラック姫は父上と結婚してまでサウザンドス家を再興するつもりはないよ」
そこまでやっても応援はできないけど。
「私もそう思う。君という将来有望な夫を手に入れるための戦術のように見える」
「従兄妹なんでしょ? そんなこと言っちゃって大丈夫?」
意外だ。
「いいさ、君は面白い方の妹の夫候補だからね」
なにそれ、いい響き。
「シオン公子がテーラ宮殿に入ってるよ。ライラック姫の将来有望な夫候補にいいんじゃない?」
「シオン公子が?」
「本物の方だよ。来年学園に入学するまで身を隠すみたいだけど、詳しくはトムに聞いて」
私はライラ姫を拒絶して家を出たけど、トムはシオン公子が気に入らなくて家を出た。
「トーマス殿下と仲が良かった子は、偽物だったのか?」
「そうなるね。学園に通っているミレイユ姫も偽物らしい。トムと父上は本物のミレイユ姫にも会ったみたいだよ」
トムは最近恋してないんじゃなくて、本物のミレイユ姫に恋しちゃったのかもと、ふと思った。
「他人事のような話し方だな」
「私は蚊帳の外だからね。教えてもらえていないんだ」
「君が蚊帳の外?」
「そういう事もあるのさ。とにかく東領関係はトムの担当だよ」
「君は身を退くつもりなのか?」
クリスは私の手の甲に視線を落として呟くように声を出した。
「妻次第だね。いずれにせよ一元統治を試したいなら、ちゃんと継承者達と連携しながら進めたほうが良いって、実の父が言ってた」
「ん?」
クリスは、陛下の手の甲にテーラ家の継承紋がないことに気付いているはずだ。
「私の実の父がテーラ紋の継承者なんだよ。陛下は成人してから教えてくれるつもりみたいなんだけど、会いに行っちゃった」
「ご存命なのか...... よかったな」
「ありがとう。両親ともに元気にスローライフを楽しんでた。ちょっと憧れる」
アリーとまったりスローライフとか、幸せすぎる妄想だ。
「ルカも言ったかもしれないが、アレクシアも身を隠すかもしれないぞ」
「ルカにも言ったけど、身を隠したら、仕事を放棄して探す」
「ふはっ。いいんじゃない。条件が明確で」
クリスこそ他人事みたいな響きだ。
「君は一元統治の首謀者じゃないのか? もしかして君自身が統治したい? 私が即位した後なら喜んで譲るよ?」
「私個人は『帝室一強論』に拘りはない。時勢がそれを望んでいるから、準備しているだけだ」
「ふうん。そうなの?」
私もどっちでもいい。
私とクリスはこういうとこ似ているかもしれない。
「で、本題なんだが、君、アレクシアが今どこに住んでいるか知らないんだな?」
「知らない。カールに聞いたら、陛下のおつかい任務中でテーラ家が手配しているって」
連絡係だったトムが家出したから、アリーが連絡係を頼まれてしまった。
「でも知ってるんだろう? しつこく聞かなったのか?」
「知ったら行きたくなるから。アリーの家に押し掛けたら、カールから結婚のお許しがもらえなくなりそうで怖い」
アリーの方からたまに会いに来てくれるから、以前に比べてはるかに幸せだよ?
「お許しも何も、皇太子妃の居室だよ。たまには帰ってやれ」
「え!?」
「ふはっ。君はアレクシアが絡むとバカになるだけじゃなくて、勘も働かなくなるんだな」
「ありがとう、クリス! 帰る」
私が思わず立ち上がると、予想通りの反応だと笑った。
「北門まで送るよ。ライラ達に悟られない様にするんだぞ。バレたら転居だろうから」
クリス、親友かな?
私ですら知らないテーラ家の極秘情報を知ってるのが怖いけど、親友だな。
カールは教えてくれなかったよ。
うん。君は親友だ!
ギュウギュウハグして、チュッチュは……
やめといた。
「折角だから、アリーに会って帰りなよ」
「ふはっ。成長したな。私の知るルイスは、他の男には絶対に会わせない狭量な男だったぞ」
「え? そこまでじゃ、ないでしょ?」
「君、アレクシアをテーラ宮殿で預かっている3ヶ月間、トムにも、マイクロフトにも会わせなかったそうじゃないか」
そ、そうだったっけ?
私が紹介すべきだったの?
黒歴史、増えた。
「ははっ。そうだったかも。でも君、兄様枠で慕われてるみたいだし、きっと顔を見せれば喜ぶよ」
懐の広いクリスは、笑ってごまかされてくれた。
いいやつだ。
**
クリスを連れて皇太子の居室に入ると、アデルがいた。
「あ、ルーイ。おかえりなさい。やっと帰ってきてくれたのですね?」
「うわーん。ホントにいるぅー。ただいま、ア「アデル」......デル」
アデルが先に牽制してくれた。
危なかった。
陛下のお遣いのアデルは私が「アリー」と呼ぶと、すぐに立ち去る。
他の女性の名前で呼ばれるのを嫌うという設定だ。
折角、住んでいる場所を教えて貰って、「おかえりなさい」と言われる夢のシチュエーションが現実になったのに、出ていかれるとこだった。
「ルーイ。下ろしてください。クリスにご挨拶したいのです」
気づけば私はアリー、じゃなかった、アデルを抱えあげてスリスリしていた。
無意識だ。
好き好きパワー、恐るべし。
「ふはっ。元気そうだね。アデル。睦まじいようで、何よりだ」
「はい。クリス。お久しぶりです。ルーイを連れ帰ってくれて、ありがとうございます」
何、その会話。
クリスが私を宮殿に連れ帰ることに成功したことになったの?
まぁ、事実だね。
うん。事実だ。
「なんでここに住んでるって教えてくれなかったの? そう言ってくれれば即刻帰ったのに」
「ルーイは以前、陛下の策略に掛かったのが悔しくて仕方がない様子でしたので、陛下の策略にかかったわけではなく、自主的に戻るように工夫しましたが、わたくしの話術ではダメでした」
「あぁ、そうなの? 工夫してくれたのね?」
いや、こういうことなら、策略に掛かって帰っても良かったよ?
私の複雑そうな表情を読み取ったクリスが大爆笑していた。
「ふはははははっ。私の話術で帰ってきたことにしたまえ」
結局、アデルに釣られて帰ってきたんだから、父上の策略にまんまと掛ったんだよね……
「うん。そうさせてもらうよ。折角だから、夕飯、食べていきなよ」
「今日は『ナマコ』が入っていますよ。ソフィアの好物です」
アデルは厨房まで把握するほどに、テーラ家の居住エリアに馴染んでいた。
母上の好物なんて、知らないし。
ナマコって何?
「ほう。南領の珍味『ナマコ』に釣られて夕飯をごちそうになろうかな」
クリスもナマコが好きなようだ。
親友の好物として、覚えておこうと思った。




