ルイス前編15
「ダイアモンド!? 寝てる、のか?」
帰宅したカールの第一声は、黒色に変色したピアスについてだった。
わかる。
おどろくよね?
私は唇に人差し指を立てて、アリーが寝てしまったから騒がないようにと示し、小さな声で聞いた。
「おかえり。結婚のお許しはもらえた?」
「ああ。それよりルイス、それ、ダイアモンドのピアスだな?」
カールは自分の婚約のことよりも、ピアスが気になるようだった。
「まず、アリーを」
そう言って、子供抱っこしたアリーをカールに渡そうとしたら、カールは首を振って、アリーの寝室に先導した。
「案内しよう。近衛に頼んでルカの家から侍女を呼び戻す。留守番、ありがとう」
人に触れられないトラウマ、か。
難儀だな。
「いいよ。久しぶりにアリーとお話しできて楽しかったし。ピアスは返却されちゃったけど」
「返却……」
寝室に着いて、アリーをベッドに寝かせた後は、額にキスを落として部屋を出た。
カールからも雷が落ちなかったから、テーラ家の「家族のご挨拶」は、セーフなんだろう。
応接室に戻ったら、カールは人払いをして、自分でお茶を淹れてくれた。
なかなかのお点前だった。
「君は見たことがなかったの? これはアリーの10才の誕生日に私が送ったテーラ家のダイアモンドのピアスだよ。テーラの白を象徴する色だったんだけど、シールド魔法を籠めまくったら黒に変色しちゃったって」
「ダイアモンドが『変色した』と言ったのか?」
カールは、唖然として口に手を当てて私の表情を伺っている。
「うん。片側だけでも数千枚のシールドが入っているって、致死レベルの雷を落として、シールドが三枚割れるのを実演して見せてくれたよ」
カールは、口に手を当てたまま、頬と眉にグッと力を入れて、惨状を目にして心を痛めているような表情をした。
顔が美しいからか、笑いを堪えているような表情に見えなくもない。
「君、もしかして、求婚した?」
「え? 今の会話にバレる要素があった? 『秘密の恋人』でいいじゃないって、断られたよ。それから水色のピアスはマチルダ姫にあげる色だからって取り上げられちゃったし、北領に出禁になっちゃったしで、ツラい」
「ぶぶっ。あれは私のピアスだからね。それでダイアモンドのピアスと交換したのか。いいんじゃないか? 『秘密の恋人』なら私も協力しよう」
カールは噴き出した。
今のどこに笑う要素があったんだ?
気の毒がって、優しい言葉を掛ける場面だろう?
しかも『秘密の恋人』には協力する?
ノーザンブリア家の姫だぞ?
そんな日陰の人のような扱いはしたくない。
「ダメだよ、『秘密の恋人』なんて。ちゃんと『愛妃』と呼んで大事にしたいんだ。それから、これまで北領の惣領の庇護、ありがとう。君がマチルダ姫と幸せになることを祈っているよ」
「祝福に感謝する。妹は成人するまでやり遂げたい個人のプロジェクトがあるから、それまではいずれにせよ『秘密の恋人』としてしか会わせてあげられない。しばらくそれで試してみたらいいじゃないか?」
なんだろう?
自分が幸せになったら、協力的になったのかな?
つい数時間前に「妹に会わせる理由はありません」なんて言われたのが嘘みたいだ。
しかも、「秘密の恋人」としてなら会わせてくれるってことか?
おかしくないか?
その日以降、たまに茶色のカツラを被った「秘密の恋人」が学園の寮にテーラ家の業務連絡を持ってくるようになった。
アリーが会いに来てくれる喜びで、私の「愛妃」計画は、なし崩しになりそうだ。
「ルーイはまだテーラ宮殿に戻らないのですか?」
父上はアリーを使って私を宮殿に戻す策略を弄してきた。
「戻らないよ。言ったでしょ? ライラック姫とは結婚しない」
「ソフィアは戻りましたよ。ルーイもそろそろ戻らないと陛下が寂しそうですよ」
母上はまんまとアリーに説得され、テーラ宮殿に戻った。
「母上は妻だからね。トムは反抗期で地下に潜ったけど、私は反抗期じゃないよ。自分の伴侶が掛かっているんだ。自己防衛だよ」
「週末だけ戻るとか、夕飯を食べにくるとか、顔を見せるだけでも喜びます。シオンとライラ姫は迎賓館で東棟、ミレイユ姫は牢エリアで西棟ですから、皇族の居住区の宮殿の北側には来ませんよ?」
アリー、詳しいね?
流石、母上の説得に成功しただけあるね?
でも、もうだまされないよ。
「恐らく私が戻ったらライラ姫も一緒に夕飯を食べたいとか言ってくるんだよ。母上が戻る前は父上がロイとユリアナの家に通って夕飯を食べていたから、皇族の居住棟で食事を取っている者はいなかったでしょ? 今は違うんだから、危険だ」
「ソフィア、何回もルーイに会いに行っているのに帰ってきてくれないと落ち込んでいましたよ」
確かに何度も学園の寮に足を運んで私の様子を見に来る母上には申し訳ないと思う。
「ほ・だ・さ・れ・な・い! それに、ミッキーの送別会やシオンの歓迎会にはちゃんと出席しているよ? 怒って歓迎会に来なかったトムよりマシだよ。そんなことより、ねぇ、アリー、今日は座ってお茶飲んで帰ってよ」
私がソファーに誘導しようと手を差し出すと、「むぅ」とムズカシイ顔をしながら窘めた。
かわいい。
「ルーイ。ダメですよ。『秘密の恋人』の名前は、アリーじゃありません。アデルです。次にアリーと呼んだら、ノーザスに帰ります」
アリーは、身バレを防ぐため、アリーと呼ぶとジト目になって無言で立ち去るようになった。
近衛によると「他の女性の名前で呼び間違えるなんて失礼だから、怒って帰るという設定です」とのことだ。
なんだその設定。
ヤキモチは嬉しいけれども。
「でも、それ、父上の策略でしょ? 『西領の二の姫』はライラ姫だった。『アデル』はリリィ姫かもしれない。もう騙されない」
アリーは、くくっと小さく笑って教えてくれた。
「アデルはわたくしのミドルネームです。真名の一部ですよ」
「本当かなぁ~? トムは『闇のアリスティアちゃん』と呼んでいたよ。男装の時はアリスターだったよね? アリスティアがミドルネームじゃないの?」
アリーは、アリーと呼ぶなと言い続けているけれども、どうも信用できなくて、アデルと呼んだことがない。
「アリスティアは、アリスターの女性称ですが、アリスターは兄様のミドルネームです」
「え? カールって、カール・アリスター・ノーザンブリアなの?」
「そうです。わたくしのミドルネームは、アデレーンですが、ルーイはどうせ略したがるでしょう? アレクサンドリアの略称の『アレクシア』を更に略してアリーと呼ぶぐらい短くしちゃうでしょ? だから初めからアデルにしたのです」
それ、黒歴史ね?
「アレクサンドリアがサンドラじゃなくて、アリーだというのも珍しいから、アリーでいいじゃない?」
「ルーイがアレクシア姫のことをアリーと呼んでいることを知っている人が多いから、使えません」
確かに、私の親しい人は皆知っているけれども……
うーん、でも、「秘密の恋人」は父上のお遣いだからな……
また、騙されそうで、怖い。
「アデルと呼び始めたら別人が出てきたりしない? カールに確認するよ?」
アリーは、人差し指と中指の第2関節の間に唇を埋めて、ふむと考えて、悪戯っぽく笑った。
「では、こういう言い方はどうですか? 『北領のアレクシア姫』は標準エスコートまでで、『秘密の恋人アデル』は恋人とするようなことができる」
「ん?」
恋人とするようなことができる?
「言ってみてください。『アデル、キスして』と」
いや、それ、ズルいでしょ。
言わないという選択肢、私にはなかったよ。
「アデル、キスして」
アリーは、笑いをかみ殺しながら私に近づいて、笑うのをすっごく我慢しながら私の唇にキスをした。
それは小さな家族のご挨拶のようなあっさりとしたキスだったけれども、それでもキスはキスだ。
幸せな気持ちがもう、なんかこう、ぶわわわ~っとあふれ出た。
「アデル、もう一回、お願い」
「ふふっ。ふっ。ふふふっ。ちょっと待ってくださいね。笑いが止まってから……」
アリーは、私の胸に顔を埋めて、肩を震わせてひとしきり笑ってから、再び私の唇にキスをくれた。
「アデル、大好き」
「ふふふ。わたくしも大好きですよ。ルーイ」
涙出た。
ホントにポロリと涙が出た。
アデルは優しく指の腹で拭ってくれた。
私はその手を掴んでキスを落とした後、恐る恐る、ゆっくりと、アデルの頬を撫で、自分からアデルの唇にキスをした。
アデルがしてくれるような家族のご挨拶ではなく、じっくりと味わうような恋人のキスだ。
それからそっと抱きしめたら、また全身全霊がアデルから離れるのを拒否して、動けなくなった。
そして、私は「アデル」を受け入れてしまった。
ここで第一部の完了です。
お読みいただきましてありがとうございました。
第一部で書ききれなかったエピソードを【閑話】に仕立て直して掲載した後、第2部に入ります。
第2部は、東領紛争編で、東領公女ミレイユ、東領公子シオン、北領公子カール、帝室皇太子ルイス(後編)です。
ルイスの前に帝室第2皇子トーマス(書き終わっているけれど重なりが多く、ごちゃごちゃしている)を入れるか悩み中です。




