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ルイス前編14

「アリーはついていかないの?」


「わたくしはお留守番です」


 あの日と同じだ。


 ノーザンブリア家とウェストリア家のお見合いの時、二人でお見送りをして一緒に遊んでいたら、ご両親が亡くなって、カールが意識不明の重体になったと知らされた、あの日と同じだ。



「心細いよね? 一緒に居てあげたいけど、私がいると縁起が悪いと感じるなら帰るよ?」


「悪いジンクスは一緒に断ち切るのが良いと思います。しかし、今、ここにはルーイとわたくししかいないのです。セキュリティー的に皇太子殿下を置いて良い環境ではありませんから、お帰り下さい」


 誰もいない?


「アリーと私だけ? そんなの君が危ないから帰れないよ! どうしてそんなことに?」


「ゴードンとカーナは、東領公邸へお遣いに行ったミッキーに兄様の結論を伝えに行きました。兄様の近衛達は嫁取りについていきました」


「侍女とか侍従は? 流石に残ってる?」


「正装が初めてのルカとマギーの手伝いに駆り出されました。家は隣です」


「まさかの本当の二人きり?」


「本当の二人きりです。お茶も飲めません」



 喉が渇いたのね?


「お茶は私が淹れよう」


「ルーイもお茶が淹れられるのですか? わたくしにも教えてください」


「今、学園の寮で暮らしているからね。いろんなことができるようになったよ。でもこれ、茶葉は変えたほうがいいね。キッチンはどこ?」


「わたくしは、マグでお茶を飲みたいのですが、いいですか?」


「マグって何?」


 コトリ。


「これです。庶民はこれを使ってお茶を飲むそうです。慣れたらこっちの方がガブガブと飲めて満足度が高いのです」


「フッ。何それ。東の森で移民たちから教わったの?」


「いいえ。フレデリックです。レイチェルもこれです」


 私の実父だ。

 平民に進化した元テーラ第2皇子は、北領の姫まで平民に進化させようとしていた。


 アリーって、もしかして、私の実の両親と親しい?


 そうしてしばしの間、まったりとアリーから私の両親の生態について聞きながら、お茶を飲んだ。


 幸せだった。

 私はアリーといられればすぐに幸せになれる。


 安上がりな性格だけど、アリーを手に入れるのが超絶高い。



「アリー。アレクサンドリア姫。好き、大好き。愛しています。私と結婚して下さい。ずっと大切にするから」


「ルーイ。陛下にライラ姫と結婚するように言われませんでしたか?」


 幸せな気分のまま跪いて求婚してみたけど、はぐらかされ、ソファーの隣をポンポンと叩いて座ることを促された。


 でも私は粘った。


「アリー。私はライラック姫とは結婚しない。お嫁に来て欲しいのは君だけだよ。前に継承紋の関係で皇位を放棄するのは反対しているようだったから、職業として皇帝になることには異論はないけど、伴侶は別バナだ」


「ルイス皇太子とアレクシア姫が両家にとって悪縁なのは、少しずつお分かりになってきたのでしょう? そして成人してから陛下に聞かないと分からない事実はきっともっと酷くて取り返しのつかないものかもしれませんよ?」


 もっと酷いの?


「アリーは父上からその話を聞いたの?」


「いいえ。わたくしは北領のアレクシア姫の目線で知り得た情報だけで推測しています。そしてルーイは、帝室のルイス皇太子の目線で知り得た情報で治世を進めていかないとならないのです」


「北領のアレクシア姫の目線では、帝室のルイス皇太子は絶対にナシなの?」


「はい。絶対にナシです」


「即答!? 父上の言う『秘密の恋人』なら可能性はあるの? 絶対に嫌だけど」


 涙出ちゃうから、もう少し何かに包んで言って。


「陛下の言う『秘密の恋人』が、『愛人』ならば問題はきっともっと悪い形に変わって次代に引き継がれます。もし、わたくしの死亡偽装の上に成り立つ『恋人』なら、世界情勢は緩和基調になるのではないでしょうか?」


「死亡偽装って、ダメだよ。そんなの。ダメダメ」


「そうですか? わたくし、黄緑色の髪の帝国人の娘の戸籍を持っていますから、風光明媚な田舎でスローライフは個人的にはアリですよ?」


「え? アリー、黄緑色の髪の帝国人って……」


 もしかしなくても、私の両親だよね?

 アリーは、笑いをかみ殺しながら、再び、自分の隣をポンポンと叩いて、そこに座るように促した。


「わたくしも、兄様も、最悪の事態に陥った時の為に、家族付きの戸籍を複数持っているのです。ノーザンブリア家は生き延びるのが第一命題です」


「生き延びるのが第一命題……」


「ホストファミリーの黄緑色の髪の紳士も奥方の淑女も優しそうな方で、娘の受け入れにご快諾いただけました。こういうのは、持ちつ持たれつです。ミッキーのマイケル・シャムジー籍と似たようなものです」


 アリー、もしかして、私の実の両親のこと、かなり気に入っていたりする?


「黄緑色の髪の紳士の家には、男の子もいる?」


「いません。もし、ルーイが皇位から逃れるなら、わたくしは別の戸籍を使うしかありません。いいじゃないですか? 『秘密の恋人』で」


 私は実父から話を聞いたから、手の紋章と皇位には直接関係がないと知っている。


 でも、アリーは知らないから、そこにこだわりを持っていて、私のスローライフ参加は拒否された。


 私もアリーを妃にすることを諦められなくて、首を振った。


 私は首を振ってしまった。


 それがアリーが唯一譲歩できる二人の道だったのに……


 私はこのとき紋章と皇位の関係をしっかり説明しなかったことを悔いている。

 しっかり説明したとしても「皇太子妃の座」は受け入れてくれなかったかもしれないが、二人でスローライフは承諾してくれたかもしれない。

 食らいつくべきだったんだ。


 私とアリーに欠けていたのは対話だった。


 でも、話しをする機会が少ないからこそ、楽しく過ごしたいと思って、私は話を変えてしまった。



「それにしても、危なっかしいね? ノーザンブリア家では独りぼっちになること、多いの?」


「いえ。初めてです。ルーイは近衛をつけないで出歩く事が多いのですか?」


「いや。フレデリックとレイチェルに会いに行った時以来、二回目だよ。でも、私、強いから心配しなくても安全だよ?」


 強すぎて、魔眼修行を拒否られたぐらい強いよ。


 アリーは、何か言いたげに、じっと私の瞳を覗き込んできた。


 ん、何?

 そんな目で見つめられたら、キスしちゃうよ?


 電撃で昏倒させられて、アリーが独りぼっちになるから、ダメか。



「ルーイにお渡しするものがあります」


 ふいっと顔を背けて部屋を出ていくので、慌ててついて行った。


 

「あ、ルーイだ」


 ついて行った先は、アリーの寝室で、巨大なクマのヌイグルミが置いてあった。


「それは、ピーターソンです。ソフィアが名前を変えて良いと言ってくださったので、わたくしの気持ちがこもる名前に変えました」


「ピーターソン? 誰それ? 亜空間から新たなライバルが出現したんだけど?」


 気持ちのこもる名前?

 アリーの想い人?


 愕然として反射的に片腕でアリーを抱えあげてしまった。

 重さがないって素晴らしい。


 反対側の手でアリーの顔をこちらに向けさせて、表情を伺うと小さく微笑んだ。


 かわいい。


 悪魔かな?



「ルーイが安全にノーザスに入れるようになったら会わせてあげます。それより......」


 アリーは抱っこされても意に介さず、私の空いている方の手に小さな宝石箱を持たせて、私の耳を飾る水色のピアスを取り外してしまった。



「ルーイ。このピアス、返してくださいね。それは姉様が纏う色なのです」


 私は手を開けるため、慌ててアリーごとベッドに座り、持たされていた小箱を置いて、アリーの手からピアスをむしり取った。


「これは私の!」


「いいですか、ルーイ。ノーザンブリア家の水色を纏うのは、()()()庇護の証なのです。マティ姉様がこの色のピアスを貰うので、ルーイとお揃いになっては変な噂が立ちます。これは兄様にお返ししましょう」


「え? これ、カールの庇護なの?」


「そうです。何も知らないルーイが間違って北領に足を踏み入れても成敗されないように、兄様の庇護を示したのです」


「アレクサンドリア姫のピアスではないの?」


「アレクサンドリア姫の庇護を示す宝石は、真名に由来するアレクサンドライトです」


「アレクサンドライト?」


「そうです。ルーイはアルバート陛下の妻子が北領に足を踏み入れる危険性を黄緑色の髪の紳士から聞いていますか? しばらく北領には立ち入り禁止です」


「マイクロフトは? 彼だって父上の子供でしょう? なんで無事なの? 人気だって聞いたよ?」


「ミッキーは、アレクサンドリア宮殿に住んでいるのです。ロイとユリアナの時は念のためわたくしも一緒に住みました」


「3人はアレクサンドリア姫の庇護下にいるから守られているの?」


「はい。でも、状況が更に厄介になるので、ルーイはわたくしの挑戦が終わるまで入って来ないで下さい」


 私は水色のピアスを握りしめた。

 この際、カールの庇護でもいい。



「イヤだ。私もアリー会いに行きたい!」


「それから、これなのですが......」


「真っ黒?」


 アリーが小箱を開けると、アリーの10才の誕生日に私が贈ったダイアモンドのピアスが、真っ黒になっていた。


 テーラ家の白を象徴するダイアモンドのピアスで、皇太子の瞳の色を問わない。


 テーラ家の嫁の証だが......



「毎日のお祈りの時間にシールド魔法を詰めていったら、真っ黒になっちゃいました。ふふふ」


 アリーは楽しそうにそう言って、真っ黒のピアスを私の耳に取り付け始めた。


「ふふふって。これシールド魔法が詰まっているの?」


「毎日3枚ずつです。南領紛争の時には、広域シールドを張りながらピアスにも沢山込めたので、片耳だけで数千枚のシールドが入っています」


 片耳だけで数千枚なんて、世界最高峰の魔道具じゃないか!


「こんなのもらえないよ。君を護るのに使って?」


「わたくしのは別にあります。それに差し上げるのではなく、お返しするのです。変色はしていますが、シールドを展開するために自分の魔力が必要な指輪と違って、術者に負担をかけない親切設計ですよ」


 アリーは嫌がる私に構わず、耳とピアスを消毒して、真っ黒に輝くピアスを私の耳につけ終えてしまった。


 私も嫌がっているとはいえ、アリーとのイチャイチャなやり取りが嬉しくて、あまりしっかり抵抗できなかった。


 だってさ、消毒液がひんやりするしさ、アリーが私の耳にフニフニ触れて乾いたかどうか確認したりするんだよ?

 レアな体験だよ?

 堪能したいじゃないか?


 ピカッ、ドンッ。


 パリン、パリン、パリン。


「即死級の雷撃でシールドが三枚割れるようです。納品テストも終わりましたし、戻ってお茶が飲みたいです」


 そう言って水色のピアスを握りしめた私の手の甲に忠誠のキスを落とすから、力が抜けて、上手いことピアスを奪い返されてしまった。


 アリーは私の扱い方を熟知しているようだ。


 取り返されてしまったものは、仕方ない。


 アリーを子供抱っこして応接室へ戻り、お茶の続きをしながらカールの帰りを待つことにした。


 アリーのベッドに腰かけ、膝の上に抱っこしてイチャイチャしている状態でカールが戻ったら、カールから結婚の許しが貰えなくなってしまう。



「兄様から北領の姫たちの真実の記録を借りて読んでいるのでしょう? 抱っこはダメと書いていませんでしたか?」


「お相手の成長期が終わるまではダメって書いていたよ。でも、君、重さがないから影響ないじゃない」



 こうして、私は求婚をはぐらかされたり、なにげに殺されそうになったりしながら、見事にノーザンブリア家の水色のピアスを取り戻され、テーラ家のダイアモンドのピアスを返却されてしまった。


 私はアリーとの最後のつながりさえ失ってしまい、北領には出入り禁止となった。



 アリーに皇太子妃になってもらうことは、絶望的だ。


 私の心はズッタズタに張り裂けた後、その日の内に半分癒された。


 不安定としか言いようがない。


 応接室に戻った私達は、お茶を淹れ直して、久しぶりにゆっくりおしゃべりした。


 話題は家族の近況ばかりで、ソフィアの話、陛下の話、トムの話、ミッキーの話、アリーが去ってからの宮殿の変化など、他愛もないようで悲惨な話だ。


 そのうち、アリーは私に寄りかかって眠ってしまった。


 昨日、一睡もできなかったと言っていたので、仕方がない。


 テーラ宮殿で預かっていた頃、アリーは悪夢にうなされて、よく眠れない状態だったので、昼間に私に寄りかかって眠ってしまうことがあったことを思い出したら、じわじわと暖かいものがこみ上げた。


 その頃、よくやっていたように、そおっと抱きしめて、アリーの頭の上に唇を置いて、祝福のキスを落とし続けた。


 ピアスに数千枚のシールドを込めてくれたのだから、私も何かお返ししたかった。


 単に祈りを込めてキスを落とすだけだから、シールドのような効果はないけれど、心からアリーの幸福を祈って、キスを落とした。


 愛おしくてしかたなかった。


 そうやってアリーのぬくもりを感じながら祝福していたら、私のズッタズタの心も半分癒されてしまった。


 私はなんとも簡単な男だと自分でも思う。


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