ルイス前編13
北都ノーザスから目的地に到達するまで4日間もかかった。
風光明媚な僻地で、訪ねるのが大変だった。
「ノア! 元気だった? レイチェルー。ノアが来たよー」
貴族とは思えない大声で妻を呼ぶその男性が、私の実父だということは一目見てすぐにわかった。
顔が私だった。
瞳の色も私と同じ淡い緑色だ。
髪の色は、なんというか微妙な黄緑だった。
綺麗な色だが、黄緑色の髪は、とても珍しい。
中に入れてもらった後、私がカツラとビン底眼鏡を外すと大層驚いた。
「レイチェルー。大変だよー。ルイスも来たよー」
パタパタと廊下を走って妻を呼びに行った。
私の実父は平民なのかと思ったが、元はテーラ家の第2皇子フレデリックだという。
私のことは変装を解いてすぐに自分の息子だとわかったらしいが、パニックを起こして挨拶もせずに妻を呼びに行った。
私の実母は、帝国子爵家の娘で、レイチェルというそうだ。
父は田舎暮らしが長くなって、中身が平民に進化し、家事ができるようになったそうだ。
食事の支度は父の担当だそうで、大変美味しく暖かい家庭料理をごちそうになった。
水魔法の能力を活かして北領で水脈の調査の仕事をしているらしい。
住んでいる場所がノーザンブリア家のセーフハウスの一つだということなので、恐らくノルディック卿と協力して隠密活動もやっているだろうが、深くは聞かなかった。
私は陛下の浮気相手の子供なのだと思って生きてきた。
浮気相手の子供なのに私を皇太子として立ててくれる母上に申し訳なくて、私はこれまで水属性の魔法を人前で使ったことがなかった。
家族と接するときは、出来るだけ母上っぽく振る舞うようにしていた。
だから陛下からアリーを「秘密の恋人」にすればよいと言われたとき、耐えられなくなった。
テーラ家の継承者の証が手の甲にあると知る前は、本気で皇太子の座をトムに譲ることを考えていた。
でも、私はそもそも陛下の子供ですらなく、陛下の弟夫妻の子供で、テーラ紋の継承者が故に皇位継承の為に養子に出され、テーラ宮殿で育てられたのだった。
私の一つ前の代のテーラ紋章の継承者は、実父フレデリックだった。
テーラ家に関して私が知りたいことは何でもペラペラ答えてくれた。
紋章のことは分からないことも多いらしいが、知っていることは全て教えてくれた。
世の中で何が起こっているのか、どうしてそうなったのか。
父の世代に何があったのか。
紋章を持っていない兄アルバートが帝位につくことになった理由、何故ソフィアが妃なのか。
何故、両親が私を手放すことになったのか。
何故、両親は北領の片田舎に隠れ住む決断をしたのか。
どうして兄アルバートが私に「秘密の恋人」を勧めたのかについても、推測を交えた答えをくれた。
理由が理解できても受け入れられる話ではないが、理由自体は納得できるものだった。
成人まで全てを隠そうとした理由も……
「成人してからと言われているなら、それまで待った後、ちゃんと兄上からも話を聞いおくれよ? 私が知っていることには限りがあるからね?」
父は穏やかで優しい人だった。
母はちゃきちゃきした人だった。
父は母の尻に敷かれて、何でもほぼ言いなりだったが、とても幸せそうだった。
10日ほどゆっくりと滞在して、聞けるだけの話を聞いて、帝都に戻った。
私にはこの休暇が必要だった。
アリーはいつもめげそうになっている時、必要な手を差し伸べてくれる。
私は彼女以外を伴侶にしたいと思えない。
だが、父から話を聞いて、帝室皇太子ルイスと北領の姫アレクシアの縁談には殆ど望みがないことも分かってしまった。
凹みまくってノーザスに寄らず、真っすぐ帝都へ戻り、学園へ復帰した。
トムは、帝立学園の寮で暮らす私に会いに来て家族の連絡係を務めてくれた。
父上は、ライラ姫を皇太子妃の部屋に入れるのを諦めたとのことだ。
皇太子と皇妃を失ってまで進める話ではない。
母上は騙し討ちにされたことに深く傷ついて、まだロイとユリアナの邸宅から出てこないらしい。
父上はほぼ毎日、ロイとユリアナの家に通って、そこで夕食をとるようになったそうだ。
父上が母上の部屋のドアの前で、愛の言葉をかけ続け、ちょっとだけ絆された母上が夕食だけ一緒に食べて追い返しているとのこと。
しかし、この後、テーラ宮殿でシオン公子を預かることになった時、今度はトムが怒って宮殿を出た。
地下に潜り、クリスの世話になっているそうだ。
お姫様ごっこの後ノーザスに戻ったアリーと入れ替わりで帝都に戻ったマイクロフトは、トム側について、ノーザンブリア家が準備した帝都のシャムジー邸で暮らすようになった。
家族のダイニングで食事をとる人間がゼロだ。
悲惨なほどの一家離散だ。
しっかり反省して欲しい。
私は自分に出来ることを模索した。
まずカールに魔眼訓練の師匠を紹介してほしいと頼み込んだ。
紋章とやらを見てみたい。
カールは先生を紹介してくれたが、先生から断られた。
以前に父上からも私に魔眼の指導をして欲しいと頼まれた事があって、先生は既に私のことを知っていたから、即答で断られた。
断りの理由は、魔力が多すぎて闇落ちした時に止められる人がいないからとのことだ。
私が闇落ちすると世界が滅びるらしい。
テーラ家の紋章持ちには教えない決まりだそうだ。
その代わりに「鑑定眼」を勧められた。
魔眼との違いは、魔力や魔紋が見えず、観察力は普通だが、物の価値や本来の姿を見ることが出来ることだ。
ミッキーが習得した魔術だ。
アリーのことを常々「お美しい」とべた褒めしているのは鑑定眼の影響だ。
私はお美しくなくてもアリーが大好きなのに、お美しかったら歯止めが効かなくなりそうでちょっと怖い。
母上の実父ロイが指導者らしく、紹介はいらんだろうと言われてしまった。
ミッキーは、ロイにとって血のつながった本当の孫だが、私はそうではない。
これまでロイとユリアナには遠慮があって、親しくしてこなかった。
娘の夫の浮気相手の子供なんて不快だろう?
今は、自分が父上の浮気相手の子供じゃないと知っているが、ロイはまだ知らない。
だから結局、頼みにくい。
この道は、詰んだ。
加えて、世界中で問題が深刻化していると言われた向精神薬の問題については、ミッキーにいろいろ教えてもらった。
こっちはユリアナが熱心にアレクシアの封地で取り組んでいる課題で、道筋は見えているらしい。
でも、ロイと同じ理由で詰んだ。
あと、北領の姫のこと。
これは、カールに相談したら、本来ならノーザス城から持ち出し禁止の過去の北領の姫の資料を順番に貸してくれた。
北領の姫は政略婚アウトだった。
はじめから詰んでた。
何故、私の人生にはこんなにも逆風が吹きすさんでいるのか、呪われているんじゃないかと思えてならない。
北領臣民は「北領の至宝」が帝室側から押し付けられた政略結婚になると知れば、マギーの私に対する殺気立った態度が北領臣民の総意になるだろう。
めったに生まれない我らがおひいさんには、恋愛結婚で幸せになってほしいというのが、北領文化だった。
おぎゃぁと生まれた瞬間にゴリ押しで婚約を結んだと知られたら、総スカン間違いない。
だから、北領領主夫妻も当人たち同士の交流を勧めたのだろう。
父上は、上手いこと母上と政略と恋愛の両取り結婚だったことにした。
北領領主夫妻も生きていれば、そんな風に臣民から思われるように工夫してくれたのだろうか?
今となってはアリーに好きになってもらうより他に道はなかった。
文化祭で踊った時、アリーはなんと言ったか?
【わたくしのこと、北領の姫のこと、帝室と北領の関係のこと、北領と東領の関係のこと、東領のこと、南領のこと、ソフィア様のこと、ミッキーのこと、スミレ様のこと、ミレイユのこと、シオンのこと、何故世の中がこんな風になってしまったのかということ……】
これらのことが全て関係して、アリーと私の御縁は絶望的だと言ったのだ。
多すぎるだろ?
最初に調べた3つが既に詰みまくっていて、相当へこんでいる時に、アリーが帝都に来たとミッキーが教えてくれた。
ノーザンブリア家に養子に行く話が出てるから、アリー急来の事情は教えられない。
どうか、カール様に直接聞いてくれ、と。
ミッキー、養子に行くの?
テーラ家の子じゃなくなっちゃうの?
なにそれ、寂しいんだけど。
もう心がボロボロだった。
クリスに言われた言葉が身に沁みる。
「君はアレクシアが絡むとバカになる」
真実過ぎて、泣けてくる。
こんなに酷い状況でも、アリーを諦めるという選択肢は取りたくなかったんだから。
ミッキーのアドバイスに従ってカールを生徒会室に呼び出して、話を聞こうとしたら家に招待されたので、一緒に帰った。
その事が学園で私がミレイユ姫をかけてカールに決闘を申し込んだと大騒ぎになったらしい。
わけがわからないが、イースティア家からノーザンブリア家に縁談が来たのが、逆に伝わって、私がカールに「俺の女に手を出すなら死を覚悟せよ」と凄んだことになっていた。
何がどうしてそうなったのか?
イースティア家からノーザンブリア家に縁談が打診された。
アリー急来の目的は、この縁談の阻止だった。
カールとしては断絶状態のイースティア家との関係を修復する縁談ならばと、慎重に検討するつもりだったようだ。
アリーは猛反対で「わたくしの総力を持って阻止します」とカールと初めての兄妹喧嘩になった。
翌日、私がカールを呼び出して、私が家に押しかけた。
アリーは、私に時間稼ぎの為にミレイユ姫に求婚してこいと言い、私は壊れた。
で、混沌とした状況になって、ミッキーが収めてくれて......
その後、カール達は、ウェストリア家に嫁取りに行った。
気付けば、カール邸には私とアリーしかいなかった。




