ルイス前編12
ウェストリア家の二の姫は、サウザンドス家の二の姫だった。
南領紛争の始めに亡くなったと思われていたライラック姫は生きていた。
ウェストリア家の二の姫として育てられたが、ウェストリア家の籍を持った姫ではない。
サウザーン城付きのテンプル騎士に助けられ、西領の第3都市ロポントで密かに育てられたとのことで、教育レベルは「お姫様の中のお姫様」クラスだそうだ。
なるほど、「皆が皇太子が娶るべきだと考える姫」か。
ピンクブロンドの髪にイチゴ色の瞳のかわいい系だ。
マチルダ姫と従姉妹だけあって、少し似ていた。
「初めてお目にかかります、ルイス殿下。本日、殿下と共に中立立会人として同席させていただきますサウザンドス家のライラックと申します。何卒よろしくお願いいたします」
なるほど、所作も気品もお姫様の中のお姫様クラスと言ってよい。
リリィ姫が持っていたキツイ雰囲気もなく、ウェストリア家のお姫様教育のレベルの高さが伺える。
アリーも普段はポヤポヤして良家のお嬢様感満々だが、怒ると「王の威厳」がでちゃう時あるから「かわいいお姫様」レベルではライラック姫の方が上だろう。
「ライラック姫、お会いできて嬉しいよ。こちらこそ何卒よろしく」
この姫が「皆が皇太子が娶るべきだと考える姫」なら、皆というのは「ライラック姫が生きていたと知った全ての人」となるだろう。
彼女の生存が全世界に公開されれば、全世界の皆が、この哀れな境遇のかわいい系の姫は、皇太子の妻となって大事に守られるべきだと考えてもおかしくはない。
私は、嫌だ。
アリーだって、両親を亡くして同じ境遇だ。
しかし、アリーはご両親が亡くなった折、テーラ家に手厚く守られすぎて反感を買っている。
ライラック姫の姉姫リリィ姫が初等科で喚き散らしてそうなってしまった。
加えて、ノーザンブリア家とサウザンドス家では、家の強さが違う。
ノーザンブリア家は強く、テーラ家の支援はいらない。
実際に、婚約だって北領側から断ち切られてしまった。
東領の政治工作を受けて、北領政治はボロボロに混乱したが、カールとアリーの獅子奮闘の結果、北領はカールが帝立学園へ通う余裕ができるほどに見事に立ち直っている。
アリーは、北領の大粛清を執行した後は、腐敗政治家達から恐怖の対象とされている強い姫だ。
そもそも大粛清の前から、大富豪で金の亡者だ、悪姫だのと呼ばれているのに加えて、学術社会から爪弾きにされた研究者たちから崇拝されまくっている壊れたカリスマだ。
皇太子の保護なんて全く必要ない。
でも、私はそんなアリーが好きなんだ。
一方、庇護欲をそそるタイプのライラック姫は、守ってあげたくなるタイプの姫にキュンキュンするトムが貰ってくれるのが一番だ。
絶対そうだ。
晩餐会には、ウェストリア家全員とノーザンブリア兄妹、そして帝室から中立立会人の私とライラック姫が一同に会した。
マチルダ姫は私に寄り添うライラック姫を見て複雑そうな顔をした。
ウェストリア家で保護されていた事を知らなかったようだし、親しい従姉妹同士には見えなかった。
なんとなく警戒している様子だったのが気になった。
北領の二人は、黒衣の正装に水色のサッシュ、加えてアリーは水色の石がふんだんに散りばめられたプラチナ台座のティアラとピアスを身に着けていた。
2代目北領の姫、マーゴット姫の遺品らしい。
美しかった。
こんなに美しい姫だったか?
北領の姫は成長するにつれて美しくなるとは聞いていたが、もう既にかなり美しい。
私は子供の頃の微妙にぶちゃいくなアリーも好きだ。
中身がアリーなら別に美しくなくても大好きなんだ。
ライラック姫は、黒衣の二人が少し怖かったようで、エスコートされる時の立ち位置が少し近かったように思う。
リリィ姫を彷彿とさせて、苦手だ。
トムよ。
お願いだからライラック姫にキュンキュンしてくれ。
会食は終始和やかに進んだ。
しかし、ウェストリア、ノーザンブリア両家は思ったほどの親密さを見せなかった。
儀礼に則った爽やかなやり取りだったが、儀礼を超えた親しさは見えなかった。
私とライラック姫に警戒して本来の友好的な姿を見せなかったのだろう。
特に皇太子妃になるかもしれないライラック姫に「ウェストリア家とノーザンブリア家はビジネス友好」という印象を植え付けたいのではないか?
最悪なことに、ライラック姫は、その日以降、テーラ宮殿で預かることになった。
朝の帝室と西領の当主会談でライラック姫の受け渡しが決まったとのことで、私が「皆が皇太子が娶るべきだと考える姫」を宮殿に連れ帰る羽目にあった。
見方によっては、ウェストリア家で育てられた姫をテーラ家の皇太子が迎えに来たようだ。
最悪だ。
お姫様ごっこの王子様役は引き受けるべきではなかった。
こういうのを騙し討ちと言うのではないか?
私は父上の策にハマって、まんまとアリーに一本釣りされてしまった。
クリスは「陛下は君に対して悪意を向けているようには見えない」と言ったが、どうだかわからなくなってきた。
とりあえず、宮殿に戻った後は大喧嘩だった。
父上は、ライラック姫を正妃に、アリーは愛妾にと薦めた。
耳を疑った。
アリーは北領の姫だ。
姫なんだぞ。
愛妾になんてできるわけがない!
母上は自分が言ってしまった「ウェストリア家の二の姫の姉妹のような姑になりたい」の意味がわかった後、真っ青になって、泣き出した。
アリーじゃない人を皇太子妃の部屋に入れるなら私は出ていくと言って、本当に実父母の家に籠ってしまった。
トムが駆け付けて来て、味方してくれ、テーラ家の居住区の談話室で待機していたライラック姫を迎賓館に押し込んでくれた。
皇太子妃の居室で預かるなんて、冗談じゃない。
そこはアリーの部屋だ。
万が一の危険を避けるため、私は宮殿を出て学園の寮に入ることにした。
このままでは本当にライラック姫が正妃になどという流れになってしまいかねない。
絶対に、嫌だ。
あの晩餐会の唯一の成果は、カールに私の「探し人」の居場所を教えてもらったことだろうか?
「妹が、君が探している人たちの居場所を教えてあげて欲しいと言うので、これを。行くときは誰にも見つからないようにして欲しい」
カールに渡されたのは、北領の東の国境近くの小さな村の住所だった。
私は人探しはしていない。
きっと私の手の甲にあるテーラ家の継承紋について知っている人たちのことだろう。
アリーが私と話したり、何かを渡したりすれば、ライラック姫が目ざとく見つけてしまうだろうから、全く疑われずに言葉を交わすことができるカールに頼んだのだろう。
学園の2年目の最初の試験を終えた日から1ヶ月ぐらいを目途に旅に出た。
途中で帝室の近衛を撒けるかと思ったけど、北都ノーザスに到着する頃になっても近衛を引きはがすことは出来なかった。
帝室の近衛は結構優秀だった。
そしてお約束のように、北都ノーザスに入る前にアリーが助けてくれた。
「ルーイ」
にゅっと出てきた細い手にぐいっと馬車に引っ張り込まれたときは思わず羽交い絞めにして、首にナイフを当ててしまった。
「アリー! はぁ~。危うく君を傷つけてしまうところだったよ」
羽交い絞めの拘束を愛妃への優しい拘束に変えて、アリーを堪能しながら深い安堵の息を吐いた。
「ルーイはキラキラ皇子様だからとても目立ちます。茶色のカツラとビン底眼鏡は必須アイテムです」
そう言って、茶色のカツラとビン底眼鏡をつけてくれた。
アリーは二人きりの時はルーイと呼んでくれるようだ。
嬉しい。
「ありがとう。カールに教えてもらった『探し人』に会いに行こうと思ったんだけど、なかなか近衛が剥がせなくて困っていたんだ。本当に助かった」
「案内人を手配しましたので、連れて行ってもらって下さい」
案内人は、北領当主代行のノルディック卿だった。
「ノアとお呼びください。それが本当の名前なのです」
「ノア? それでは私のことはルイスと」
それまでノルディック卿は、東領の子飼いで、ノーザンブリア家の敵方だと認識していたんだが、そうではなさそうだ。
これには深い事情があるのだろう。
私は掘らないことにした。




