ルイス前編8
それから2年後、南領の3都市が同時攻撃され、南領紛争が始まった。
私が南領へ向けて急行した後、カールがそれに続き、そしてアリーは髪を切り、男装してカールを追いかけた。
そして、南領領主一家の磔をみて、カールの指示を待たずに単騎で突っ込んだ。
それで、軍規違反で捕縛された。
アリーは自分がカッとなって単騎で突入したのではなく、ご両親のご遺体も葬式も埋葬も見ることのできなかったカールにそれを見せたくなくて単騎で突っ込んだ。
どこまでもカールが最優先な姫だ。
カールが命じればアリーは大人しく北領に帰るだろうに、アリーの従軍を認めた。
北都ノーザスに置いておくと命が危ないのだろう。
頭では理解していても、不安に駆られてカールに八つ当たりしてしまった。
テーラ宮殿で保護したいと父上に使いを出したが、父上は東領のミレイユ姫を保護の名目でテーラ宮殿に留め置くことにしたから、アレクシア姫を宮殿に置くと、今度は東領勢に暗殺されるかもしれないから安全ではないとの回答だった。
アレクシア姫とミレイユ姫の二人を預かる場合、帝室から皇太子妃として望まれているアレクシア姫は最上の待遇でもって迎えられるが、ミレイユ姫はお荷物だ。
二人の待遇の違いは、ミレイユ姫の派閥を刺激する。
皇太子に魅了薬を盛るような人物とアレクシア姫を同じ敷地内に置くぐらいなら、西公に預かってもらった方が遥かに安全だと書いてあった。
東領は近年おかしい。
南領紛争の8年前、東領の北辺で大規模な魔法戦闘があった。
分かっていることは、かなりの数の雷が落ちたことと、周辺一帯が洪水で流されてしまったこと。
避暑シーズンではない避暑地で起こった戦闘で目撃者が少なかったから詳細は分からない。
目撃者がいたとしても洪水に巻き込まれて非戦闘員に生存者がいるとは思えない状況だった。
流れ着いた木材に被雷の跡があったこと、雨も降らないのに洪水があったこと、その2点から大規模な魔法戦闘だったと推測されているだけだ。
雷と言えば北領ノーザンブリア家で、水と言えば東領イースティア家だ。
2家の間で何らかの諍いがあったことは間違いがないだろう。
しかし、2領の間の国境が封鎖されておらず、双方沈黙に徹しているから、帝室は干渉できない。
南領紛争中、カールに聞いてみたが、その時のことは何も覚えていないそうだ。
カールはあの場にいたトラウマで今でも人に触れることが出来ないと言われれば、それ以上聞くことはできなかった。
その魔法戦闘の後、ノーザンブリア家の姫は「無菌室の姫」となり、イースティア家の惣領シオンとミレイユ姫は当初の予定よりも早く帝立学園に入学した。
東領は子女たちを帝都に分散したのだと察した。
東領が子女たちを帝都に置いてから2年ほど経った頃、東領印がテーラ宮殿に投棄された。
ミレイユ姫が「皇太子妃の座」争奪戦で頭角を現し始めた辺りだろうか?
シオン公子はまだ幼稚舎にいた頃だ。
投棄されたのは本物の東領の公印、イースティア家の家印、東領当主スミレの個人印章だった。
それは一種の内部告発のようなものではないかと思われるが、状況が全く分からない。
東領領主スミレは執政不能とされ、離宮に移った後だったので、帝室は大いに混乱した。
北領と帝室の関係が冷えている中、北領から見て帝室が東領の味方だと勘違いされるのは避けたかったから、帝室は動きづらかった。
東領領主スミレは北領領主ダニエルとの戦いに破れ、致命的な障害を追ってしまっていたのではないかと推測した。
しかし、病気やけがの報告もないのにお見舞いに行くわけにもいかない。
隠密を送って調べさせたところ、スミレは心神喪失状態で、子供達を探して彷徨い歩いているとのことだった。
子供たちが帝都に送られた理由は、スミレと一緒に置いておくと危ないということだろうと理解した。
まもなく、東領から公印の紛失報告と新印の認可申請が来た。
申請者は申請権限を持つイースティア家の個人印章の所有者であるスミレの夫だったし、申請書には何の不備もない。
帝室は新しい公印を承認した。
イースティア家の血を引くスミレの実子である惣領のシオンは、帝都の学園に元気に通っている。
時間はかかるがシオン公子の成人をもって東領の正常化を待つしかなかった。
その時点で帝室に一番大きく影響しそうなのは、アリーとシオン公子の間の政略婚が持ち上がることだった。
私たちのお見合いの時点で、大規模魔法戦闘から5年が経っていた。
婚姻は、両領の関係を温めるにはとても分かりやすいパフォーマンスだ。
ノーザンブリア家は女の子が生まれにくく、イースティア家は男の子が生まれにくい。
そういう意味でも東領には理想的なマッチングだ。
だが北領領主夫妻が亡くなる前に私の両親に提案したのは、婚約発表前の私とアリーの交流だ。
要は、もう少し一緒にいさせて、じっくり相性を見て欲しいとのことだった。
その時点ではノーザンブリア家は、テーラ家との先約を尊重していた。
北領領主夫妻はテーラ3皇子のことをよく調べていて、両親の知らない重大な事実が沢山出てきたらしい。
父上はこのことに恩を感じているから、カールが私とアリーの婚約を解消したいと言ってきたとき、直ぐに応じた。
母上もこのことに恩を感じているから、カールとアリーを帝室の庇護下に置けるように婚約の解消に反対の立場を取っている。
南領紛争が始まった時、惣領シオンは速やかに領地に戻され、イースティア公からミレイユ姫をテーラ宮殿で預かって欲しいとの依頼を受けた。
イースティア家の血を引く当主はスミレだが、その夫もイースティア姓のままだ。離婚はしていない。
しかし、この夫は、愛人を新しい夫人と呼んでイーストール城に入れており、シオン公子にとっても、ミレイユ姫にとっても、居心地の良い場所ではないだろう。
ミレイユ姫はそんな可哀そうな身の上ではあるが、父上としては息子に魅了薬を盛った容疑者を「保護」したいわけではない。
でも「保護」を断れば、東領の様子は分からないままだ。
結果、限りなく「人質」に近い扱いになった。
アリーを西領のウェストリア公に預けるのは論外だ。
だから、帝国領の東の森に南領から北都への避難路を設け、避難民の支援をする役につけた。
一度だけ、アリーの様子を見に行った。
髪を切った後の真っ白なうなじが、日に焼けて真っ赤になっている姿が痛々しくて、涙がでた。
でも、彼女のおかげで、逃げたい者は憂慮することなく安全に北領へ移住することができ、北領で職を得て生活を安定させた。
南領に残りたい者には、冬の間、飢えないように保存食が届けられた。
南領紛争終結後、最後の最後に行方不明になって猛烈に焦った。
しかし、それは母上の実父母のせいだったので、文句は言えない。
アリーは、意図せずして私に遭遇して青ざめた顔をしているのでさえ、かわいかった。
「白服を着てない白服、一番ダメな奴」
再会したアリーは、そう言った。
本当に私のことを忘れてしまったらしい。
とても悲しくなったが、私の耳に飾られた彼女の瞳の色と同じ水色のピアスを見て、何かを悟ったようだった。
夜間にシールドを張ることができる指輪を渡したら、私が何者か分かったようだった。
その指輪は、アリー自身がカールの為に作った指輪だったからだ。
カールが南領を離れるときに、くれたものだ。
サイズが小さくて小指にしか入らなかったが身に着けていた。
それはアリーの中指と同じサイズだった。
小さな手が、可愛らしかった。
アリーは、反対側の中指につけていた「魅了」対策の魔法の指輪を試作品だと言って私に着けてくれた。
母上の実父母のロイとユリアナがアリーの封地で、近年全世界で問題になっている魅了薬への対抗手段を研究しているとは聞いていた。
その指輪を私にくれたことが、アリーが私が他の女性に取られないように対策してくれたようで嬉しかった。




