ルイス前編7
「父上、私はアリーと共に北領に行きたいのです。お許しいただけませんでしょうか?」
「言うと思ったよ。でも、君のせいでアレクシア姫の命が狙われる続けるようになるから、賛成できない」
そうかな、とは思っていたから、それ以上は押せなかった。
北領領主夫妻暗殺の黒幕は、北領領主夫妻が邪魔だったから殺した。
領主夫妻の方でもかなり警戒していたらしく、北領印は隠されたまま見つかっていない。
他の重要権利書類も軒並み見つからないらしく、それでカールも何度も公邸へ足を運び捜索している。
こういう場合、北領の領主決裁は全て帝室へ転送され、帝都での再審査と再承認を受けてから、帝国印で交付される。
アリーが調べたがっていたので、帝国法を調べるのを手伝った時に実務上の手続きを知った。
基本的に東西南北4領は自治区というか独立国だが、領主が不適格だと思われる十分な理由がある場合には、帝室が宗主国としての責任を果たすというのが基本憲章だ。
亡き領主の弟が領主代行として北領貴族を取りまとめているが、領主印を預かっていなかったという理由と、北領の姫から酷く怯えられており、虐待の疑いがあるという2つの理由で、北領領主代行の領主就任は帝室によって止められていた。
11才の元帝国皇太子が9才のアレクシア姫の婚約者として北領に入れば、領主代行の一派を無用に刺激してしまうだろう。
10才の北領惣領カールの立場も微妙になる。
敵が最初に考えることはアレクシア姫を暗殺して、目障りな婚約者を帝都に追い返すことだろう。
ダメ元でも言ってみたら父上にいい案があるかもしれないと思ったが、そうは転ばなかった。
「それにトムは過去複数回に渡って魅了薬を盛られていた可能性が浮上しているから、直ぐに皇太子に変えることは出来ない」
「まさか!」
トムはテーラ家の男にしては気が多く、これまでいろんな子を好きになっている。
でも、父上もそうなのだ。
遺伝かもしれない。
ただ、片想いして、失恋して、立ち直って、また片想いして、のループだから、問題視されていなかった。
残念なことに、トムは私狙いでトムに近づいたりする子を好きになったりするんだ。
それは魅了薬の影響だったかもしれないのか……
私が魅了薬の影響でアリーに近づこうとした時のフワフワとした気持ちと、魅了薬が抜けた後でアリーに恋してフワフワした気持ちは、とても似ている。というか、同じだ。
経験した私自身が、それが魅了薬の恐ろしさだと感じている。
「因みにミッキーは魅了魔法アレルギーだ」
え?
まさか、父上、我が子に魅了薬を試したのか?
「ミッキーは、恋愛アレルギーということでは、ありませんよね?」
「違う。魅了魔法というのは人を好きになる時に生成する生体物質を魔法による刺激で生成させる仕組みらしいんだが、ミッキーはそういう刺激を受けると身体が拒絶してブツブツが出る」
「ある意味、魅了無効みたいな感じですか?」
「学者たちがどのように呼ぶのか知らない。ミッキーは、睡眠魔法も受け付けない。幼い頃に魔法で寝かしつけようとした侍女が発見したんだ。それを知っていたから、魅了薬を手に塗ってみたらブツブツが出た」
皮膚に着いただけでブツブツが……
ごくごく飲ませたわけじゃなくてよかった。
「本当に眠ければ寝ることが出来るように、本当に好きになったら恋愛もできるってことですね?」
「そう信じてる。それから、トーマスには魔眼の訓練をさせる」
「服薬される前に検知できるようになるのですか?」
「まだ分からないことが多いが視える物もあると聞いた。そして、ミレイユ姫には気をつけなさい」
「ミレイユ姫!? まさか、トムはシオンが?」
シオンは東領の惣領だ。
ミレイユ姫の弟で、トムと同級生だ。
「証拠があるわけじゃない。ただトムに食べ物を差し入れするのは彼だけだから用心しているだけだ」
「私の時、北領一家も帝室メンバーも同じ昼食をとったのに、私だけが影響を受けたことからリリィ姫かミレイユ姫の可能性が高いとは思っていましたが、ミレイユ姫の方が可能性が高いのですね……」
父上の話では、あの日は、ミレイユ姫が先に宮殿に立ち寄って私との面会の申請をしたらしい。
私は単独で令嬢とは会わない。
衛兵が気を効かせて多忙を理由にお断りしているところに丁度リリィ姫が通りかかって、ズカズカ入って行ったのをミレイユ姫が追いかけたとのこと。
そういう経緯もあって予定があると言ったらすんなり帰ってくれたわけだ。
その日は二人をすぐに追い返した後にアリーに会ったから、アリーに魅了された。
魅了状態で会ったのが、アリーでよかった。
魔眼持ちだというだけでなく、私に興味がないアリーだったからこそ色々なことが分かった。
これがミレイユ姫やリリィ姫だったかと思うとゾッとする。
きっと今頃、私は私に薬を盛った相手と婚約することになっていただろう。
でも、アリーはしばらく一緒に過ごした後も、私の事を大して好きじゃない。
手を繋ぐのはお散歩のときだけだし、抱っこは嫌がる。
私は女の子の気を引こうとしたことがないから、どうやったら好きになってもらえるかさっぱりわからない。
もうちょっと宮殿にいてくれれば、いろいろ工夫できたのに……
そんな風に思いながら、北領へ旅立つアリーとカールを見送った。
それから1年が過ぎた頃、アリーが自殺未遂を起こしたと、アリーに付けた帝室の近衛から急報が入って、母上が飛んで行った。
私も行きたいと言ったが認められず、こっそり出かけようとして捕縛された。
テーラ家の魔力は膨大だといわれ、恐れられているが、魔封じの腕輪にあっさり制圧されることが分かってショックだった。
母上はカールと2人で話をして、何があったか聞き出した。
北領に戻った後、アリーはカールと殆ど会えていなかった。
カールは領主教育が詰め込み式に変わり、多忙を極めていて、アリーに最後に会ったのがいつだったか記憶がなかった。
ソフィアとルーイも恋しがったが、伯父君がつけた侍女たちが寄ってたかってソフィアとルーイは想像上のお友達だと言い聞かせて私たちのことを忘れさせた。
アリーは、恐らくソフィアとルーイに会いたかったわけではない。ソフィアとルーイにお願いすれば、カールに会わせて貰えると思ったのではないか?
その前にカールに会わせて欲しいと頼んだはずだ。
でも、そっちは記憶にも残らないほど全く相手にされていなかったんだろう。
喪が明けたので、喪服を脱がせようとしたら嫌がった。
いつものお世話係がいない間に無理やりノーザンブリア家の水色のドレスを着せて庭に出したら、その足で泉に入った。
お召替えの間、帝室の近衛も入れなかったから何があったか定かではないが、混乱か酩酊に似た精神薬を飲ませられたのではないかとも疑っている。
泉に寄っていって、水を飲んで吐き戻そうとしたのではないか、と。
その結果、溺水した可能性もあるが、その時に思いつかなかったので、魔法医に見せていない。
その時のことを話すカールは、震えていたらしいから、母上は、カールはアリーのことをちゃんと大事に思っていると判断した。
カールはアリーは精神状態が不安定で帝室の皇太子妃は到底務まらないから婚約の件は解消してほしいと申し出た。
父上は婚約解消を決定した。
帝室として正しい判断だから、私は異論を唱えられなかった。
母上は長々ごねていたし、折れなかった。
それで婚約については、父上から婚約解消の了承の旨、カールに一報を送り、「正式な婚約解消の手続き」を母上に任せることにした。
その結果、婚約解消を断固拒否している母上が「正式な婚約解消の手続き」を怠って、何も進んでいない。
母上は、アリーにも会った。
自分がテーラ皇后だと明かさず、「商人ソフィア」としてアレクシア姫のお買い物に付き合った。
アリーはお買い物をしたのが人生で初めてだったらしく、いろいろな事を教えてくれるソフィアに懐いた。
母上はアリーに広い世界に目を向けてもらうため、引退した実父母を送り込んだ。
引退してヒマしていた大富豪夫妻は、研究者と称し、科学の楽しさを教え、ビジネスの英才教育を施した。
結果、アリーも大富豪になっていった。
婚約は亡くなり、私のことは忘れてしまい、家庭教師は血のつながらない母上の実父母だ。
私はアリーに近づけなくなった。
できることと言ったら、季節ごとにカールに手紙を書いて、ノーザンブリア家の近況を聞くことぐらいだ。
それでも、アリーが大好きな兄上と交流できているか確認できるだけマシだろう。
私からの手紙をきっかけにカールがアリーの過ごす時間を確保してくれるように祈りながら暮らした。




