ルイス前編6
最後に西領のマチルダ姫が来たとき、私一人でマチルダ姫を重々丁重におもてなししてほしいとアリーからお願いされた。
心中複雑だった。
「エドワード様は父の死を深く悲しんでくれたお方です。その方のご息女が今おツラい思いをなさっていると思うと胸が痛いのです」
魔眼持ちは、訓練の過程で基礎の観察力が磨かれるそうだ。
魔眼持ちのアリーが、西公は本当に悲しんでくれたと言うのだから、そうなのだろう。
ミレイユ姫は「お見合いを嫌がったマチルダ姫が服をビリビリに破って遅刻する原因を作った」と言っていた。
学園では、マチルダ姫が遅刻の原因を作らなかったら、北領の夫妻は時間つぶしのお茶などしなかっただろうから、「マチルダ姫が北領夫妻の死因を作ったようなものだ」とまで言われているそうだ。
ミレイユ姫は同情的に話していたが、そんな話をアリーに聞かせる時点で同情的でない。
北領と西領の間に亀裂を入れた上で、自身は西領側に同情を示すことで、アリーに「お前に味方はいないぞ」と争奪戦からの撤退を促していた。
しかもちゃっかりマチルダ姫の足も引っ張っている。
脱線になってしまうが、ミレイユ姫は、リリィ姫に関しても「南都に戻されてお気の毒だ」と言った。
しかし、その原因は学園でアリーのことを泥棒猫だとかおかしなことを言って、母上の怒りを買ったからだ。
お見合い前には「アレクシア姫は弟たち用で、私の妻はミレイユ姫かな」なんて考えていた私がこういう言い方をするのはアレだが、アリーは生まれながらにして私の正当な所有者だ。
私をアリーのものにするのは、アリーが持つ正当な権利だ。
母上が直筆の手紙で南領を牽制した時点で察しろ。
実際のところ、リリィ姫は「泥棒」発言はしていない。
この表現は東領勢が「尾ひれ」として足したものだ。
私はそれが大変不快で、ミレイユ姫は既に私の敵となっていた。
そして、アリーがこのように呼ばれる原因を作ったリリィ姫にも怒っている。
だから、帝室は全てがリリィ姫の言葉だと受け取っていることにして、口汚い姫としてリリィ姫の品位を地の底に引き摺り落としておいた。
もし私が「皇太子妃の座」争奪戦に参加できたら、勝者になれるだろう。
なんせ「権謀術数のテーラ家」だからな。
泥仕合なら任せろ。
ミレイユ姫は、巷の「皇太子妃の座」争奪戦で、自分が最有力候補と言われているのをよく知っている。
だから「リリィ姫は最有力候補であるミレイユ姫のために『泥棒』を糾弾した」との含みを持たせて拡散した。
他領の姫ですら、自分の味方のような印象付けを施すのが彼女の特徴だ。
南領の姫に同情を示しつつ、アリーに対して「あなた『泥棒』なんて言われちゃってますから、帝室に遠慮してマイクロフト殿下に変えてもらった方が賢明よ」と助言風に牽制していた。
態度は最も控えめだが、やることは最もえげつない。
それがミレイユ姫だ。
しかし、これは本人が仕掛けているのか、東領の派閥が組織立ってそのように仕向けているのか分からない。
いずれにせよ、皇太子妃としてのアリーの孤立は、帝室の孤立だ。
アリーは知ってか知らずか、にこやかにミレイユ姫を刺激しない回答に徹した。
アリーが示した抵抗は、ミッキーに飛び火しないように身を切って話を止めただけだ。
ミッキーだっていつかは妻帯するのだ。その時に兄嫁と二人きりで過ごした時期がありましたなんて、家庭不和の原因にしかならない。
この話は止める必要があったから、止めた。
それ以外の事は全て受け流した。
北領を守るためなのか、帝室を守るためなのかわからないが、他領との関係を損なわない様に、忍耐強く聞き側に徹した。
立派だった。
私は腹立たしくて、ちょいちょいやり返した。
喪が開けて婚約を正式に発表したら、ミレイユ姫の前でアリーをお膝に乗せて、ギューギュー、チュッチュしながら「私の愛妃だよ、かわいいでしょ?」と改めて紹介しようと心に決めた。
流石に喪服でやるようなことじゃない。
東公とミレイユ姫に別れの挨拶をしたあと、二人の背中を見ながらアリーに頼んだ。
「アリー、しがみつく1型、お願い」
アリーの私へのしがみつき方には、3種類ある。お葬式に行く前に母上と3人で決めた。1型は、アリーが私の脇の下で胴に腕を回して、私がアリーの背中を撫でる。
「今、ここで、ですか?」
「大事なことなんだ」
「はい。ルーイ」
アリーは騙されてくれた。
お見送りの時、何度も振り返るリリィ姫やマチルダ姫と違って、ミレイユ姫はいつも先頭を歩き、「皇太子妃とそれに付き従う他領の姫達」を演出する。
これまで一度も振り返った事がない。
父親と一緒でも、振り返ることはないだろう。
私は半ば見られてもいいやと思いながら、アリーの頭上に感謝のキスをチュッチュと落とした。そうやってミレイユ姫の背後でアリーとイチャイチャすることで、小さな復讐を果たした。
大事なことだ。
私にとっては。
私はアリーの「心」の支えが欲しかった。
話を戻そう。
マチルダ姫に対しては、アリーは最初から同情的な立場を取っていた。
「あんなに悲しんでくださったエドワード様が両親の死に関わっていることはないでしょう。マチルダ様はワガママでご家族を毒から救ったのではないでしょうか?」
アリーの両手で手を握りしめられて真剣な表情でそんなことを言われてしまったから、キュンとして「マチルダ姫のおもてなし」を断れなかった。
私はこれまで他の姫と単独で会ったことはないんだよ?
君だけなんだよ?
ちゃんと言っておけばよかった。
そう言う代わりに、アリーの額にキスを落とし、ぎゅーーーっと抱きしめさせてもらった。
アリーの方でも私の意図するところが分かってくれたのか、そこそこキュッと抱きしめ返してくれた。
さて、戦闘開始だ!
そんな風に気合を入れてマチルダ姫のところへ向かったんだけれど、終始和やかに礼儀正しく終わった。
最初、マチルダ姫は、アリーに会ってもらえないと泣いた。
本当にお詫びを言いたい気持ちが伝わってきたので、私もガードを下ろした。
そして恐らく、マチルダ姫は私とアリーの関係を正しく理解した。
だからアリーに頼まれた通り、もてなした。
宮殿の花々でアリーとカールに贈る花束を作って、同じものをウェストリア家へのお土産に持たせた。
目を真っ赤にした状態でマチルダ姫を迎えに来たウェストリア公はブーケを見て更に号泣していた。
お葬式の時は悲しんでいることが周囲に悟られないようにぐっと堪えていたんだなと驚いた。あの時、クリスも来ていたのは、この父君を支えるためだったんだなと妙に納得した。
アリーは、カールのためのローズマリーとラベンダーの花束をとても喜んで、直ぐにカールの元に持って行きたがったから、仰せのままにお連れして病室に飾った。
アリー用につくった3色のバラの花束は一本だけ赤いバラを抜き取って、残りは私にくれた。
マチルダ姫からの贈り物を受け取らされたのは、アリーからマチルダ姫をおすすめされたような気がして嫌だった。
そのバラの花束は皆で楽しめるようにホールに飾ってもらった。
カールが動けるようになって、日中は帝都の北領公邸で過ごすようになり、二人の北領への帰還が見え始めた頃、私は父上にチェスに呼ばれた。




