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ルイス前編3

 談話室では、いろんなゲームで遊んで、アレクシアは負け続けた。


 そもそもアレクシアはそれらのゲームを知らなかったから私が勝って当然だ。


 兄君以外の子供と接触する機会がほとんどないから揉まれていない。


 揶揄っても揶揄われていることが分からなかったし、揶揄われていることが分かった後は、怒るのではなく拍子抜けしたような顔をした。



 アレクシアが他の子と最も違うところは、私に興味がないという点だ。


 ゲームに負けた後は、盤面を見ながら、対局を振り返っている。


 私を見て「次は何をしますか?」じゃない。


 人差し指と中指の第2関節同士の間に唇を埋めて、ふむふむと考える。


 かわいい。



 アレクシアはオセロが気に入った。


「もう一局、遊ぶ?」


「よろしいのですか?」


 あまりに真剣に考えている様子だったので、もう一局誘ったら乗ってきた。


 カールとアレクシアのチェスは、会うことが出来た日に1局だけと決まっていると言って、連続で遊んでもらえることを喜んだ。


 アレクシアは、そのたった1局のためにずっと前の対局を振り返ったり、次の対局に備えているんだろうなと思うと、カールが羨ましくなった。


 そのゲームが終わった後も、盤面を見ながら、人差し指と中指の第2関節同士の間に唇を埋めて、ふむふむと考えこんだ。


 私との対局を真剣に振り返っているアレクシアにこそばゆさを感じた。



「もう一戦する?」


「まぁ!? よろしいのですか?」


 アレクシアの思考が一段落したように見えたタイミングを待って、もう一局提案すると、とても喜んだ。


 本当に週に1度、1局だけなんだな。

 少し可哀そうになった。


 困ったな、この子は本当にかわいい、そう思った。



 この子は口よりも瞳がよくしゃべる。

 魔眼持ちだから、だろうか?


 一手打つごとに、反応を伺いに来るのだ。

 魅了に掛かった時とはちょっと違う、頭の中を覗き込んでくるような、探るような、くすぐったい視線だ。


 「これはどう?」、「何考えてる?」、「ふむ」と言葉に出さず、瞳で語る。


 もちろん、口で聞けば、口で答える。


「アリーは、口よりも瞳の方がおしゃべりだね?」


「ルーイは、瞳が無口ですね?」


 私は彼女に愛称呼びを許し、彼女のことも愛称で呼ぶことにした。


 仲良くなりたい。


 他人に対して初めてその様に感じた。


 愛称呼びは「皇太子妃の座」争奪戦の戦利品として特別感を持って受け取ってもらえるようにと誰にもあげないように工夫していたのに、あっさりアリーに渡してしまった。


 この後、たった3日で、手つなぎも、アーンも、ナデナデも、ハグも、家族のご挨拶も、全ての戦利品を競争に参加していないアリーにあげてしまった。


 私は何をやっているのだろう。

 私も父のように不誠実な男になってしまうのではないか?


 そんな不安が脳裏をよぎった。



「カールは、瞳がおしゃべりするの?」


「兄様は中盤までは無口で、終盤にどう終わらせるか相談を始めます」


「瞳で相談するの?」


「はい。その時点で違和感を感じない範囲でチェックメイトまでの手数が最も長くなる方法を相談します。引き分けでもよいです」


「どうやって?」


「これがいいんじゃないかしらと思う駒に視線を落とすと、『いいね!』か、別の駒に視線を落として『これは?』が返って来ます」


「でも、なんで手数が最も長くなる駒を選ぶの? 普通逆じゃない?」


 新しいタイプの外交進行かなと想像した。


 上手く負ける練習だ。


 勝ちを譲るにしてもこちらが弱すぎると相手がつまらないから様子を伺いながら進行する練習なのだとすれば、この子はそこそこ強いかもしれない。



「兄様はお優しいのです。わたくしと出来るだけ長い時間遊んでくれようとするのです」


 アリーは、お見送りの時にカール窘められた事を気にしていて、カールとのチェスについて詳しく説明した。


「カールがそう言ったの?」


「いいません。だからこそ気付いたときには凄く嬉しかったのです」


「よく気付いたね?」


「兄様の隠密になるために観察眼を磨いています。(あるじ)の表情、目線、しぐさから意図を読み取る練習です」


 隠密?


「アリーはカールの隠密になりたいの?」


「はい。女の子は兄様の近衛にはなれないそうです。妹は侍女にもなれないそうです。隠密は兄様のお傍に置いてもらうための唯一の手段です」


 アリーはカールが大好きだった。


 そもそもテーラ家にお嫁に来る気はなさそうだった。


 北領のアレクシア姫は、両親が亡くなってから「兄君至上主義」になったと思われているが、アリーはそのずっと前から「兄君至上主義」だった。


 意外性とツッコミどころが満載の姫だが、抜群にかわいい姫だった。


 いろいろ起きて疲れたのか、談話室でおやつを食べた後、私に寄りかかって眠ってしまった。


 かわいい。



 目の前で令嬢が寝ているのを初めて見た私はキュンキュンして、そっと包みこんで頭に沢山の祝福のキスを落とした。


 この子に沢山の幸せが訪れますように。


 そんな風に誰かの幸せを願うと自分も幸せな気持ちになることを知った。


 ずっとこうしていたいな。


 そんな願いも空しく、まもなく北領一家は買い物から戻った。


 私に寄りかかって眠っている娘を見た父君の驚愕の表情がアリーにそっくりで笑った。


 お見合い中にお見合い相手に寄りかかって寝てしまう姫なんて、前代未聞の大失態だよね?


 でも、本当にいろいろあったんだ。


 ずっと魔眼を使ってくれていたし、疲れさせてしまった。


 魅了薬を盛られた状態でお見合いに望んだ私の大失態の方がはるかに酷い。


 ごめんね。

 そして、ありがとう。



 当初は3日間かけて私たち兄弟3人と一人ずつ遊ばせてみるつもりだったが、予定を変更して翌日は母上と私の2人で相手をすることにした。


 いろいろなことが弟たち二人に扱いきれる問題ではなくなっていた。


 それにアリーがとてもかわいくて、弟たちに譲ることができそうになかった。



 魅了薬の事件も影響していて、母上にはすぐにでもこの子のことを自分の目で見極めたいという気持ちがあったに違いない。


 そして、この子に私の様子を観察させたいという意味もあったと思う。


 魔眼持ちの特級魔法使いを私の周りに付けたら目立って仕方がないが、この子ならいろいろ隠せる。



 基礎教養は広く浅く卒なく習得していた。


 途中で母上と私が情報を収拾していることに気付いて、こちらの欲しい情報を出してこなくなる賢さを備えていた。


 

 アリーがノーザンブリア家の情報を出さなくなったことに気付いた母上は、宮殿のあちこちを案内しながら、あれこれと色々な話を振って反応を見た。


 アリーはそれを「情報を出さずに、途切れなく話を続けるゲーム」と捉えて、頭の体操感覚で会話を楽しんだ。


 気付けば母上とアリーは親子みたいに手をつないで楽しそうにおしゃべりしていた。


 私も反対側の手を握ってみたら、ギョッとして「もしかして、また魅了?」みたいな顔で私の瞳をジッと覗き込んだ。

 いろんな見方で確認するような視線の後、最後に「何考えてるの?」の覗き込むような視線だ。


 私はまたもや射抜かれた。

 もう、何度も射抜かれている。


 かわいい。


 猛烈にかわいい。



 母上は、アリーが私の魅了チェックをしているのを見て、私がアリーと手を繋ごうとするのを窘めなかった。


 アリーが大人しく私と手を繋げば、母上も安心できるのだろう。


 

 その日の夜、3日目を待たずして私の両親は北領の領主夫妻に婚約の相手は私で継続したいと伝えた。


 アリーのご両親は、私がアリーを気に入ったことに戸惑っていたそうだ。



 3日目はノーザンブリア家も予定を変更して、親同士での話し合いに変わった。


 だが、その翌日、アレクシアのご両親は毒に倒れ、カールは瀕死で病院に運びこまれた。


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