ルイス前編2
アレクシアが私を猛烈に怖がって、動けなくなっているのは分かっていたけれど、どうしてもいたわってあげたくて、私の方から近寄って手を握った。
アレクシアの手はひんやりと冷たく、震えていた。
温めてあげたくて仕方がなかった。
姫の手を両手で包んで温めてあげたあと、反対の手に持ち替えるとき、姫の手にキスを落としたら、なんかこう、ブワッと幸せが溢れ出たような気持ちになった。
姫は驚愕の表情を浮かべて啞然としていた。
自分で言うのもなんだけど、モテモテの私にキスをされて唖然とするなんて、この姫はツワモノだ。
しかし、もう怖がってはいないようだった。
父上は直ぐにお見えになって、私の状態を見た後、典医に治療を開始させた。
治療は少し時間がかかったが、私は治療の間、アレクシアの手を握ったままにしておくことが許された。
アレクシアは、父上を見てしばらく固まっていたが、陛下が現れたのに驚いたのかと思って、再び手にキスを落とすと、視線を私に戻した。
それからはずっと私を心配そうに見つめていた。
ふわふわが収まった頃、私が「もう大丈夫」と笑顔で話しかけると、アレクシアは真面目な顔でじっくりと私を見て「まだです」とだけ答えて、典医の方を見て首を振った。
私はアレクシアのその瞳に射抜かれたように錯覚した。
静かに治療が続く中、父上は近衛たちを退かせて、アレクシアに問うた。
「アレクシア姫は魔眼持ちなんだね?」
アレクシアは俯いてしまった。
答えてはいけない質問なのだろう。
魔眼持ち。
魔力を透視することができる能力で、魔紋を書いたり読んだり出来る特級魔法使いだ。
帝室や4領のお抱え魔法使いになれるので、高給取りで一生くいっぱぐれることはない。
でも、希少な存在で、裏社会に誘拐されて軟禁状態で働かされたりするので、魔眼持ちであることを大っぴらにして自慢する人はいない。
無菌室の姫。
隠して育てられた理由が分かった気がした。
「アレクシア姫、今日起きたことは帝室の秘密にしたいんだ」
「はい。陛下」
「姫のお父君やお母君、兄君にも秘密にできるかな? その代わり、私たちも今日姫が魔眼を使ってしまったことを秘密にしよう。大切な息子を守ってくれた姫の秘密を守ろう。どうかな?」
「はい。陛下」
アレクシアは静かに同意した。
「ルーイ、何があった?」
私は驚いた。
父上はアレクシアを疑っていなかった。
アレクシアがいるところで私の報告を聞くというのは、信頼の証だ。
私はアレクシアと猛烈に離れがたく感じていたが、全てが北領の陰謀である可能性が脳裏に浮かんでいた。
でも、父上のご意向に従うことにした。
「アレクシアと会う直前にリリィ姫とミレイユ姫の訪問を受けました。その際、リリィ姫はチョコトリュフ、ミレイユ姫はクッキーを持ち込みました。いつも通り急に訪れて、庭園でお茶の支度が始まっていたので、少しだけ付き合って、追い返した後に衛兵たちに今日から1週間は誰も通さないようにと厳命しました」
東領のミレイユ姫は予告なしに私を訪ねることはないが、南領のリリィ姫はどこにも垣根のないレディで、他家の庭であってもズカズカ入ってきて、お茶をして帰る。
セキュリティーレベルの高い公共の公園の感覚なんだと思う。
私の方で付き合いたくない時は居留守を使えば勝手に帰るが、北領の賓客を招いている日に長居されたら迷惑だ。
ちょっとだけ付き合って追い払った。
アレクシアが弟たちの妃になるとしても、兄の私が他の姫を侍らせているように誤解されるのは避けたかった。
「マチルダ姫とクリス卿はいなかったんだね?」
「はい。リリィ姫からの情報では、マチルダ姫はお見合いの準備で忙しいそうです」
要は、リリィ姫はマチルダ姫の足を引っ張るためにお見合いの報告に来て、ミレイユ姫は誘われるがままについてきたという印象だった。
「帝室のお見合いの話は知らないと思う?」
ここでアレクシアはギョッと身体をびくつかせた。
もしかして、自分のことか?
そんな顔をして父上の方を見た。
しばらくずっとそうしていたからか、私に手を握られていることは忘れているようだった。
下手に動くと手を引き抜かれそうだと思ったから、私はミリも動かないで答えた。
「知っていたらマチルダ姫の話どころではなく、根掘り葉掘り聞かれ、なかなか帰らなかったでしょう」
「ふむ。体調の異変はいつから?」
「私が認識できる最初の異変は、ご家族のお見送りの際にアレクシアに手を差し出した時点です。怖がられていたから下側から手を差し出したのですが、今までそんなことしたことがありません。それから、チェス。アレクシアから断られた時、今日は私も集中力がなく、気乗りがしませんでした。そして、医者に見てもらうようにと言われたときには浮遊感がありました」
アレクシアはお見合いの話がサラリと次の話題に流されたことで、自分の話じゃないだろうと思いなおしたのか、私の話を黙ってジッと聞いていた。
かわいい。
魅了魔法はまだ残っているように思えたが、アレクシアは私の瞳をジッとみて、典医に向かって頷いたので、治療は一旦そこで終わりになった。
「カール卿の時もこんな風だった?」
「兄様は人間じゃないみたいに大暴れしました。わたくしは遠ざけられ、魔眼の先生の家に送られました。治療の勉強はこれからです」
アレクシアは典医を見て、治療の仕方を教えて欲しそうな顔をしていた。
アレクシアは才能があって魔眼持ちになったのではなく、努力を重ねて魔眼持ちになったことが伺えた。
「混乱、いや、狂化だったのかな?」
「わたくしは直ぐに別の場所に移されましたので、わかりません」
アレクシアは俯いて、落ち込んだような雰囲気を漂わせた。
怖がりながらも私に手を握らせてくれたのは、その時に何にも関わらせてもらえなかった事への無念な気持ちが残っていたからだろうか?
「他の魔眼持ちにも診てもらうために呼んでくるから、ルーイを見ていてくれるかな?」
「かしこまりました。陛下」
アレクシアは父上から私の見守りを命じられ、恭しく受けた。
かわいい。
いつの間にかアレクシアがお世話係で、私がお世話される立場になっていた。
私はアレクシアを談話室まで標準エスコートで案内した。
手を差し出したら、ジッと見されて首を振られたからだ。
正気を疑われているんだ、粘っても無理だろう。
怖がっていなかったから、良しとした。




