表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/169

マイクロフト13

「テーラ宮殿全体を思い浮かべて、ミレイユ様のお部屋は全ての門を閉めた時、何の建物と同じエリアにありますか?」


 そこまで言ったあと、姉様は悪戯っぽく囁いた。


「牢、ですか?」


 ミレイユ姫は学園に通いやすいようにと西門のちょっと北の迎賓館に入っている。


 でも言われてみれば、堀と城壁が複雑に入り組んでいて、門を閉じてしまえばそこは牢と同じエリアだ。


 牢はずっと使われていない。

 外観は可愛らしいから、何代も前の王のアトリエで美術品が収められている宝物庫だってことになってる。


 それに対して……


「姉様の時は、僕たちと同じ建物でお預かりした?」


「兄様が療養させてもらった場所は、開けていて侵入者が隠れにくい場所でした。隠密ごっこが役に立ちます」


 ああ、姉様。

 僕、今、とてもドキドキしています。


 隠密ごっこを極めれば、あなたのようになるんですね?


「でも、今は」


 姉様が耳元に唇を寄せて来て、僕のドキドキが外に聞こえるんじゃないかと心配になった。


「今は、東領との領境線を任されています」


 なんと!

 あなたはなんて人なんだ!


 姉様が最近訓練を始めたという広域シールドは、細長い長方形だ。


 東領との戦闘になる場合、小川を背に避難民達が踏み固めた足場と野営地があり、手前には茨の藪が配され敵の動きを緩める事が出来る。


 研究員たちから森の様子を聞いたときに、そういう布陣に出来るなとは思ったんだけど、戦略的に作ったのか!?


 あれは夜間に避難民を守るだけじゃなく東領軍の侵入を防ぐんだ。


 あのシールドが毎晩張られるようになることは避難民のために広く周知されているから、強い牽制にもなる。


 本当に東領からの守りを任されているんだ!


「満足ですか?」


 僕は僕の右手を包み込む姉様の手に空いていた方の手を重ねた。

 自分から他人に触れたのはいつぶりだろう。


「皆の安全をありがとうございます」 


 ルーイ兄様、どうしましょう。


 この素晴らしい方と兄様の婚約はもうないそうです。


 他家に取られてしまわないか、心配になってきました。


 もしかしたら、姉様は兄様よりもクリストファー卿の方がお好みかもしれないんです。


 ルーイ兄様は素晴らしい方ですが、それを分かって頂くにも、兄様はこの方との交流の機会が少なすぎます。


 僕は不安でなりません!



「まぁ、ミッキー、顔色がよくありません。晩御飯、食べられそうですか? わたくしも食べて行っていいですか?」


「え? 泊まって行かないんですか?」


「わたくし、アリスター・ノーリスです。ノーリス家に帰るのです」


 ここは姉様の離宮だと聞きましたが、僕がいるから遠慮してくれている?

 気を使わせてしまって本当に申し訳ありません。


 夕飯時は、ゴードンとカーナが大暴露する数々の「へたれアリスター」のエピソードで皆からの大爆笑を受けて姉様は涙目で真っ赤になってた。


 でも、僕はあんまり笑えなかった。


 ルーイ兄様、早く紛争を終結して、パッパと帰ってきて、キラキラ皇子様の全力でもって姉様を籠絡して下さい。


 僕はロイとユリアナが熱心に作っている「魅了防御」の指輪を姉様に送った。


 最近、魅了薬が広く安く出回って危ない。

 ルーイ兄様が帰ってくるまで姉様が別の男に魅了されないように、お守りになればいいと祈った。



 翌日、僕が暗い顔で食事を取っていたことで、悩み事はなんなのか、姉様に問い詰められてしまった。


 でも、「ルーイ兄様と結婚してあげて下さい」なんて、僕が言うことでもないから、「影武者」のせいにして誤魔化した。



「姉様、あの影武者、姉様のフリして奉仕活動をするんです」


 モヤモヤがドロドロになりつつある。

 影武者の奉仕活動が嫌でたまらないのは事実だ。


「マーガレット姉様はどうしてわたくしの格好で奉仕活動をするのでしょうか?」


「それが姉様の為になるという信念のようなものを感じます。姉様が強制的に奉仕活動をやらされているようで、不快なのです」


「なるほど、きっとアレクシア姫の評判を良くしたいのですね? でもそれは迷惑です」


「姉様の個性を無視しています。姉様のいいところは奉仕活動ではありませんから。くやしいのです」


「ふふふ。ミッキーったら『かわいいの塊』全開ですね。ありがとう。やめてもらう様に工夫します」


 かわいいの塊。

 それは誉め言葉でしょうか?

 いい言葉、のハズです。


 それから姉様は僕を含む研究者たちとノーザスの郊外を視察して、南領の移民たちを受け入れるための新たな土地と新たな公共事業を決定して、森へ帰った。


「ミッキー、これを」


 森へ帰る直前に、姉様はアレクシア姫の印章を僕に託した。

 それは姉様の封地「研究地区」での全ての決裁権が僕に渡ったということだ。


 僕は大きな信頼を得て嬉しかった。

 同時に人を信じすぎるきらいのある姉様が心配になった。



 それからほぼ1年後、南領紛争は18か月で終結を迎えた。

 北領というか、姉様の封地は大量の難民を抱えた状態で冬越しすることになった。


 避難民たちが南領から大量の食糧を運んできたから食料備蓄は大丈夫だ。

 公共事業もあるから、避難民たちは「施される」ことなく自立した状態で冬を越せることで治安も安定している。


 キャッシュのやりくりが少し厳しいが、姉様が本物の影武者たちを使って始めた「カツラ」事業のお陰で何とかなると思う。


 姉様には幼い頃から付いている影武者たちが4人もいた。

 コードネームは「プレアデス姉妹」で、最終的には7人になった。


 姉様は髪を切ってしまったけど、姉様は影武者たちに髪を切ることを許さなかったし、南領へ付き従うことを許さなかった。


 研究地区に遺留させて、髪を売りたい避難民たちから髪を買い取って、カツラを作る事業を担当させた。

 姉様の研究地区の元々のメイン研究テーマは染色だ。


 変装することが多く、カツラに慣れ親しんでいた影武者たちは、令嬢ならではの嗅覚で、様々な長さ、色、種類のカツラを作り、帝都で高級ブランドを立ち上げて、売り始めた。


 バカみたいに飛ぶように売れている。


 ピンク色やスカイブルーの珍しい髪色のカツラが特によく売れるらしい。


 北領や南領は大変な思いをしているのに、帝都では老いも若いも、男も女も、カツラを被っておしゃれを楽しんでいることを考えると、僕は闇落ちしそうになることがある。


 そういう時、僕は、僕のお見合いの紹介文を思い出して気を引き締める。


 「今のところは」気立てが良い。

 

 姉様は、こういう世界の歪みを受け入れて、利用している。

 僕も闇落ちしている場合ではない。

 姉様がこの世にいらっしゃる限り、気立てが良いまま踏ん張るつもりだ。



 カール様のご帰還を控え、姉様は北領の大粛清を敢行した。

 僕は父上の横で隠し窓からその様子を見ていた。


 姉様はいつものゆったりとしたお美しい笑みを湛えたまま、北領貴族の4分の1を処罰した。

 立派だった。


 父上はすぐにその処罰についての帝室決裁を行い、パパっと帰った。


 この過程で僕はルーイ兄様に対する秘密を増やしてしまった。

 今度はトム兄様も共犯だ。


 父上は何をお考えなのかわからない。

 とても嫌な感じだ。



 姉様の大粛清を受けて、カール様が慌ててご帰還なさった。


 大粛清を断行した姉様は逆恨みで襲われるかもしれず、北領内に置いておくと危ないからしばらく帝室の森や南領で、南領に遺留した民の冬越し食料の手配を行うことになった。



 でも、例の「影武者マーガレット」がボロボロ泣き続けたことで、難民が姉様を心配し始めて暴動を起こしそうになった。


 これには普段は穏やかなカール様もちょっと怒って、「影武者マーガレット」を使者として南領ナンチャンへ送った。



「ルイスはマギーを殺さないとは思うけど、きっと怖い思いをするだろう」


 カール様の「影武者マーガレット」に対するささやかな復讐だ。

 意気揚々と姉様を迎えに来たのに、偽者だと知ったルーイ兄様がキレて影武者を成敗してしまわないか心配になった。


 ルーイ兄様が南領で姉様を捕まえちゃうと、それはそれで姉様の居場所がバレちゃうから、ルーイ兄様を陽動する意味もあったっぽい。


 

 帰還したカール様は、姉様の隠し場所を確保したあと、僕を北領と西領の国境に派遣して、姉様とロイとユリアナを迎えに行かせた。



 そこで久しぶりに西領総領のクリストファー卿を見た。

 ルーイ兄様の幼馴染でよく宮殿に来ていたから、僕の方ではこっそり覗き見ていた懐かしいお顔だ。


 相変わらずカッコイイ。


 姉様を南領国境から北領国境まで護送してくれたようだ。

 ウェストリア家の近衛がぞろぞろついてきていて、異様だった。



 僕は3才ぐらいの時から宮殿の表側には姿を表さなくなっていたから、クリストファー卿は僕がマイクロフトだとわからなかったみたいだ。


 ちょっと愉快だ。

 僕はマイケル・シャムジーと自己紹介しといた。


 姉様が「黒衣を着ていなければ、わたくしがアレクシア姫だと疑う人はいないのよ?」と笑っていたのを思い出した。


 今更ながら、隠密ごっこ、ハマりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ