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マイクロフト11

「それでは、わたくしたちはこれから進捗報告がありますので、ゴードンとカーナを残して解散してください」


 

 速やかに部屋を出たのが、北領式敬礼の近衛達で、、僕を最もガン見していた帝国式敬礼の近衛……


 そしておずおずと最後に心配気に出て行ったのは?



「西領の近衛よ? 『本当のお父様』が付けてくれたの」


 姉様が僕の考えを読んだかのように、笑って答えた。


 「本当のお父様」とは西領領主エドワード・ウェストリア公のことだ。



 姉様と初めてお話をした日、チェスの後、姉様はウェストリア公にご挨拶に行きたがった。


「父様と母様のお葬式でとても悲しんでくださった方なの」


 そう言われた僕は、カール様が療養している建物まで姉様をお連れし、ウェストリア公が面会を終わられるのを待った。


 待っている間に、姉様は西領総領のクリストファー様は隠密仲間で、隠密コードネーム『本当の兄様』だと教えてくれた。ウェストリア公ご夫妻は『本当の父様』と『本当の母様』だ。


 カール様は『実の兄様』だ。

 それはコードネームじゃない気がした。


 クリストファー様にとっては姉様が『おもしろい方の妹』で、マチルダ姫が『かわいい方の妹』なんだそうだ。


 姉様はウェストリア家の方々とも隠密ごっこをしていた。

 「ごっこ」が壮大すぎる!



 見舞いを終えられたウェストリア公は、待っていた僕たちに気付き、何よりまず2人して目を泣きはらしていることを心配してくださった。


 お優しい方だ。



「マイクロフト殿下は一緒に泣いてくれました」


 姉様がそう言ったら、ご自分も号泣してしまった。


 とてもとても、お優しい方だ。


 だから、西領がクリストファー様と姉様の婚約を進めたいとようだと聞いたとき、僕はそれでもいいかもしれないと思ってしまったんだ。



 あのエドワード公が今回は姉様の為にウェストリア家の近衛を派遣してくださったのであれば、姉様はウェストリア家にとっても家族のような存在なんだろう。



 そして、今回、僕が姉様の封地で匿ってもらっているお礼に、帝室から僕の近衛が姉様につけられたみたいだ。

 襟章のテーラ家の紋章が僕の個人章だ。


 ガン見されていたのは、元の主が今の主の弟のフリして北領で暮らしていたからだろう……


 驚かせてごめんね?



 つまり、英雄アリスター・ノーリスに扮する姉様は、北領、西領、帝室の近衛に守護されていた。

 全員お揃いの黒衣なのに、敬礼の仕方が微妙に違うのはそういう理由だ。



「あまり人数が多いと目立って仕方ないから、ゴードンとカーナは戻したのよ? 元気そうで嬉しいわ」


 ゴードンとカーナは、姉様の世話係で、現役の隠密だ。

 近衛服を着ていない近衛とも言えるだろう。


 各地から姉様の為に近衛が送られた結果、姉様は自分の最も親しんでいる近衛を手離すことになった。


 これは、割と、ありがた迷惑なのではないかと思う。


 姉様、気を使わせてもうしわけありません。



 そしてなにより、僕が北領に来て気付いた最大の発見は、「無菌室の姫」はかなりの活動的だということだ。


 北領の領主夫妻は、いずれ帝室に嫁ぎ窮屈な生活を強いられる娘に最大限の自由を与え、のびのびと育てた。


 姉様は、テーラ帝室の皇太子妃になるに十分なマナー、知識、教養を身に着けている。中身も相当なお嬢様だ。地頭もかなり良い。


 他の姫達との特異な違いは、人前に姿を表さないこと。


 「無菌室の姫」と呼ばれているほどに。


 でも、それは、ご両親から許された「隠密ごっこ」だった。

 隠密活動と称して、幼い頃からかなりいろいろなところに出かけているようだった。


 実際のところ「無菌室の姫」は、他の悪評に比べたら遥かにブランド力が高いから帝室でも気にしていなかった。


 昔、母上が言っていた通り「ルーイが選んだ時点で、争奪戦はなくなる」から「無菌室の姫」でもいいんだ。



 僕の母上が「あら、ミッキー。隠密活動に精が出るわね?」と言うのと同じ、僕の父上が僕を公認「非公式棋譜係」に任命するのと同じ感覚で姉様の総大な「隠密ごっこ」が許容されていたんだろう。


 僕は物陰に隠れていたのを隠密ごっこと呼ばれるようになっただけなのに対して、姉様は純粋に隠密ごっこが好きな「本物の」隠密好きだった。


 そして姉様の「隠密ごっこ」は本格的で、ご両親から「本物の」隠密を世話係として付けて貰っている。

 城の裏を知り尽くしていて、自由に動き回っていても「人に見られたことがない」ほどに。


 さらに姉様は「隠密活動」も本格的で、西領のクリストファー様に双方のご両親の公認の密使を送ったりしている。



 これはゴードンとカーナが研究区域に戻った後、夕食の時に教えてもらったことなんだけど、姉様は7才の時、お見合いの「練習会」をした。


 模擬見合い相手はクリストファー様だ。


 ウェストリア家がお見合いの本戦がテーラ家だったことを知っていたかわからない。


 でも、それは明確に「練習会」だった。


 姉様は「練習会」の後、クリストファー様の元にゴードンを使いに出した。



【本当の兄様へ 君はわたくしを虫けらを見るような目で見た。もしかしてわたくしの本当の兄様か? 読後焼却のこと】


 クリストファー様は、姉様を虫けらを見るような目で見たのか!?

 対する姉様は、全く気にしている様子がない!

 お見合い後のお手紙なのに甘い雰囲気が全くない!!


 このメッセージを検閲した北領の領主夫妻は、「おもしろそうだから」と言う理由で姉様の意向通り、ゴードンを使わせた。


 娘が虫けらを見るような目で見られたというのに?

 怒るところじゃないか?


 でも、返信の話を聞いて、納得した。



【本当の兄様から面白い方の妹へ 虫けらを見るような目で見た理由は、君が7才にもなって大人の足にしがみついていたからだ。安心しろ。カールは君の実の兄様だ。 読後焼却のこと】


 なるほど!

 クリストファー様は、親切だ。


 虫けらを見るような目で見ないと、それがダメなことだと気づかないのだ。


 それが「練習会」の目的なのだから。

 これがルイス兄様との「本番」だったら、兄様は笑顔で「ナシ」と斬り捨てるだろう。

 

 そして、これに対する姉様の返信が更に秀逸だ。



【面白い方の妹から本当の兄様へ 正直な答えをありがとう。残念だ。カール兄様と結婚できるかと期待した。泣いた。 読後焼却のこと】


 これには僕も声を出して笑ってしまった。

 ロイとユリアナも大笑いしていた。


 単に「カール兄様と結婚したい」だけだった!


 しかも、たった1度会っただけのクリストファー様に懐いていたのか、「泣いた」と大変素直に告げている。


 ウェストリア家の本当の父様、母様、兄様がこの「おもしろい方の妹」が大好きになった理由がよくわかる。


 そもそも姉様は、最初の日から教えてくれていた。

 自分のコードネームは「面白い方の妹」だと。


 おもしろいのだ。


 のびのび育った姫の変わった趣味に付き合ってみんなで遊んであげている。


 テーラ皇子の僕や皇后の両親であるロイやユリアナにも、姫と十分に親しいことが分かっている相手になら気軽に話せるような、思い出話だ。


 隠密ごっこがメインの遊びだった姉様のことだ、もしかすると思い出話は隠密関係しかないかもしれない。



 どうしよう。僕、気付いちゃったかも。


 姉様は、虫けらを見るような目を向けてきたクリストファー様にはルイス兄様より遥かに簡単に懐いている。

 お見合いの練習会だから、クリストファー様は姉様に触れたりしていないだろう。

 そして、クリストファー様とは時折ファミリー通信(公認密使)を送り合っている。



 悲壮感を漂わせて目の前に飛び出してきた僕にも最初からフレンドリーだった。

 僕の場合、僕自身が人が苦手だから、絶対にベタベタしたりしない。

 そして、僕とは定期的にお手紙(公認密書)のやり取りをしている。



 でも、最もにこやかに優しく声を掛けて、手を差し伸べたルーイ兄様を怖がった。


 もしかすると、初めて会ったあの時、「笑顔の仮面」を被って近づいてきた男を気味悪がっただけなんじゃないか?


 いきなりパーソナルスペースに入って来る、手を差し伸べる、母上に便乗して手を繋ぐ、ハグや抱っこをおねだりするなど、きっとルーイ兄様は姉様の地雷をいくつも踏みつけながら過ごしたハズだ。


 だから、ルーイ兄様は、他の人より姉様に懐いてもらうのに時間がかかったと言った方がいいのかもしれない。


 最終的には、姉様の方でルーイ兄様に慣れた。


 だけど、もしかしたら……


 もしかしたら姉様はルーイ兄様みたいなタイプは好きじゃないかもしれない。



「ミッキー? ミッキー! まぁ、どうしましょう? あなた真っ青よ! だれか!」


 ああ、どうしよう。

 姉様は人を呼びに行ってしまった。


 ああ、どうしよう……

 どうしよう……


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