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マイクロフト7

 カール様と姉様が北領に戻る前の日、僕は勇気を出して、再び姉様の前に姿を表して、贈り物を渡した。 


 それは4枚の棋譜で、3枚はカール様と兄様の対局、残りの一枚は姉様と僕の対局だった。


 母上に相談したら、一緒に父上のご許可を賜りに行ってくれた。



 姉様はルーイ兄様の婚約者だから、僕が姉様と仲良くするのはあまり良くないことなんだと理解した。


 だから、姉様とお話して、対局して、ウェストリア公にご挨拶に行ったことも全て正直に報告した。

 父上は僕を叱らなかったから、チェスを打つぐらいならそこまでダメなことではないのかもしれない。



 棋譜については父上の感想が聞けて嬉しかった。


「これは北領の外交進行だな。カール殿は上手く負けてる」


「上手く、負けてる、のですか?」


「そう相手に失礼のないような強さで負けてる」


 外交進行。

 変な言葉だけど、勉強になった。


「2局目は、なんだろうな?」


「カール、様が、姉様の、定跡だ、と思って、いる打ち、方だと、思います。カール様、も、兄様も、姉様、の、方を見ながら、打って、いました」


 ゆっくりだったけど、前よりも上手く父上とお話が出来て、涙が出るかと思った。


「3局目は、ふぅん。ルイスはカール殿に認められたのかな?」


「4局目は、ん?」


 父上は打ち手の名前も記述者の名前も対局日時も書いていない棋譜を他の棋譜よりもじっくり読んでいたので、ドキドキした。



「この北領の隠密は、君には本当の姿を見せたようだね?」

 

 それだけで解放されたので、ホッとした。


 本当の姿を見せたんじゃなくて、その時初めて「勝とうとした」のですと言いたかったけど、言えなかった。



 棋譜をお渡しすると、姉様は、またポタポタと涙を流して、喜んでくれた。


 ミッキー、ありがとうって、何度も何度も繰り返し同じ事しか言わなくなっちゃって、壊れちゃったかもって、心配になった。



「ミッキー、また一緒に泣いてくれるのね」


 僕はまた泣いてしまっているようだった。


 それから、しばらくお話をした。

 この時も姉様はいつもより大分おしゃべりだったけど、それにもちょっと慣れた。



 姉様はトム兄様の好きな子についての話を聞きたがった。


 正確に言うと「兄様に好きな子が出来ても僕が意外とヤキモチを焼かなかった理由」を聞きたがった。


 僕はトム兄様も好きだけど、ルーイ兄様の好きな子の話を思い浮かべてそのように言ったので、ちょっと困った。


 トム兄様はおませで好きな子がもう何人も変わっていたので、話すことがいっぱいあって助かった。


 姉様はカール様から、「ルーイ兄様はモテモテで、トム兄様は好きな子がいて、僕は気立てがいい」と聞いたらしい。


 あっ!

 姫の取り扱い説明を聞いた時に母上が説明していた事だ! と思った。


 僕については「今のところ」気立てがいいと余計な言葉がついているんだけど、それは言わないでいてくれたのかな?



 姫は、ルーイ兄様がモテモテなのと、僕が優しいのは本当だったから、僕がヤキモチを妬かないトム兄様の好きな子にも興味を持ったのだ。


 僕は正直に答えた。


「沢山いて、ついて行けなく、なりました」


「まぁ! そのパターンは想定していなかったわ。わたくしも備えなきゃ。最初の子にプリプリ怒っちゃダメなのね? 最後の子が問題なのね?」


 姉様はどこまでも兄君至上主義だ。

 必ずカール様に展開して考える。


 でも、この考え方は、興味深いと思った。


 僕の場合、ルーイ兄様の今の想い人は姉様だけど、将来的にはわからないんだ。



「そうですね。最後まで、気が抜けませんね!」


 姉様は「英雄マチルダ姫」がカール様のお嫁さんになることがないだろうことを残念に思っているようだった。


 どうやらマチルダ姫はルーイ兄様を本気でお好きだった訳ではないという判定のようだ。


 何故そうなったのかよくわからない。


 でも、カール様とマチルダ姫は、北領臣民が領主夫妻の死を思い浮かべてしまう縁談だから、だめだろう。



「姉様、最後まで、わかりませんよ。姉様が、別の英雄を、発見するかも、しれません。希望を持ちましょう」


「はい。ミッキー。希望を捨てずに頑張ります!」


 姉様は不思議だ。

 最初は緊張したけど、母上とお話をする時と同じくらいスムーズにお話が出来る。


 言葉が思い浮かばないことや、変な事を言っちゃう事は多いけど、思い浮かんだ言葉はちゃんと口から出てくる。


 本当に、本当に、不思議なお方だ。



 この後、僕たちは、秘密組織「兄様を褒める会」を結成し、お手紙のやり取りを始めた。

 文通の件も、母上に相談して、父上のご許可を賜った。

 

 お手紙には、成り行き上、トム兄様が恋をしなくなって心配していることも書いた。


 でも、トム兄様は恋多き男なんじゃなくて、失恋の多い男だという点については一度も触れたことがない。


 トム兄様の想い人は、宮殿に招待されると、必ずルーイ兄様を好きになるんだ。


 時にはルーイ兄様に会いたくて、宮殿に招待してもらう為にトム兄様に優しくする子もいる。


 何度も失恋して、何度も泣いて、何度も立ち上がる。


 あんな女の子たちをいっぱい見ても、将来への明るい展望を捨てないトム兄様を尊敬している。


 手紙の中に失恋の原因は書けないけど、トム兄様が単に気の多い人だと誤解されないように最大限の配慮をした。


 僕のお見合い紹介文には「今のところ」気立てがよいと書いてあるが、姉様に出会わなかったら、僕は女性不信になって、女性に対して気立てがよい振る舞いができなくなる日が来ただろう。


 父上と母上は、北領に対し出来るだけ誠実にあろうとしたんだな。




 姉様が帰ってしまって、寂しくなった。

 僕は、隠密活動に一層力を入れた。


 姉様はノーザス城の隅々まで知り尽くしていて、9才なのに隠し部屋から北領の公印や権利書類を盗み出し、母上に預けた。


 僕もテーラ城の隅々まで探索した。

 鍵の開け方もいっぱい覚えた。


 大盗賊マイクロフトになれそうだ。



 姉様に秘密の指示書も送った。


 父上と母上は、カール様と姉様が祖父君に対抗する為にはまず臣民の心を掴むべきだと言って、喪が明けたあとも喪服を着続けさせる事にした。


 だから、ノーザンブリア家の水色のリボンを贈って、「早く水色ウソを着られると良いですね」と書いた。


 ウソの部分のインクをちょっとだけ濃い黒にしたんだ。

 

 通じなくても、別に困るわけではないし、リボンは姉様に贈れるし、失うものはない。


 お贈りするリボンはルーイ兄様が選んだ。

 きっとお似合いになることだろう。



 しばらくして、「ノーザンブリアの兄妹は喪服を脱がない」という話が帝都でも同情的に伝えられるようになり、いろんな意味でドキドキした。


 姉様が気づいてくれたんだ!

 カール様は父上の案に同意したんだ!

 本当にこんな事で臣民の心が動くんだ!



 次に同じ方法で「ソフィアとルーイの事を忘れない(ウソ)でね」と書いた。


 贈り物は何だったか教えてもらえなかった。

 ルーイ兄様と姉様の思い出の品なのかもしれない。



 父上の意図は、カール様と姉様をテーラ帝室から離す事で、ノーザンブリアの臣民がカール様に対して帰属性を高められるようにする印象操作だ。


 これも、通じたんだけど、通じすぎた。


 姉様は母上とルーイ兄様をすっかり忘れた事にしたみたいだ。



 姉様が入水して死にかけた時にそれが分かった。


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