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マイクロフト6

「母上、北領の公印は現在、テーラ帝室にあるのですか?」


「え?」


 母上は、ギョッとした。

 肩をビクッとさせて驚いたから、確信を持って続きを伝えた。


「カール様と姉様は、会話をする時に、互いの指に目を向けることが、あるのです。人差し指が下を向いていれば「ホント」で、指が上を向いていれば「ウソ」、そういう合図なのだと思います」


「それで北領印が帝室にあるって伝えていたの?」


「そうです。それとご両親が、領主代行を信頼していなかったことを確認し合って、『伯父さまといれば安心(ウソ)ですね』と」


 僕は母上にそのしぐさをやって見せた。

 カール様が歩けるようになって、北領の公邸に通うようになってから始めたやりとりだ。


「そう。二人はルーイと3人の時もそれをやっている?」


「はい。ルーイ兄様を、巻き込みたくない、のだと思います」


「二人も隠密ごっこが上手なのね? よし、それなら、二人だけで話ができるようにしてあげましょう? わたくしたち二人は盗み聞きよ!」


 母上は僕の手を引いて父上のところへ連れて行った。

 母上は姉様と手を繋ぐようになってから、僕とも手を繋ぐようになった。


 前より沢山話をするようになった。

 前はずっと心配そうに見ているだけだった。


 母上は兄様たちが小さい頃も「見守る」だけだった。

 ずっと、よく、観察していたけれど、一緒に過ごすことはあまり多くなかった。


 アレクシア姫がテーラ宮殿に来てから、兄様だけではなく、母上も人間になったのかもしれない。

 そんな風に思った。


 母上は僕が見たことを父上に報告するように促した。

 僕は緊張しながら、ゆっくりと、ありのままに話すと、母上の「盗み聞き」の提案に御許可を下さった。

 


「ルーイに、チェスを打ちたいから茶室に来るように伝えてくれるかい? それから「非公式棋譜係」にも連絡できるかな? 棋譜を見せればカール卿もルーイに聞かれていないと安心できるだろう?」


「はい!」


 非公式棋譜係は僕が最初に参加した隠密ミッションだ。みんな大人だけど仲間もいる。


 大急ぎで棋譜係をお願いして、母上と合流した。



「伯父上について教えてくれてありがとう」


「兄様、伯父様は?」


「今、伯父上と話すのは危険だ」


 伯父君のノルディック様は信頼できないと言うことですね?



「お葬式の時、西公エドワード様は、本当に悲しんでくださいました。西領は黒幕ではないと思います。ウェストリア家は我が家のお家騒動に巻き沿いになって命を落とすところだったかもしれません」


「彼らは今後も巻き込まれない様にしなければならないね。北領印は?」


 西領は、巻き込みたくない。

 チェスの時と同じですね?


「緑の部屋にありました。ソフィア様にお渡しして、兄様の保護を乞いました」


 緑の部屋と言うのは、隠し部屋でしょうか?



「それで私はテーラ宮殿に移して貰えたんだね?」


「伯父様は『緑の部屋』を知らないようでした。お葬式の時にはお父様の執務室は上から下まで掘り返されて酷い有り様でしたが、緑の部屋は荒らされていませんでした」


 伯父君は公印を預かっていなかっただけでなく、隠し部屋の存在すら知らないんですね?

 それでお父君の執務室を家探しした。


 悪い奴です。

 


「出立の時に公印を預かっていないのであれば、よほど信頼されていなかったんだろう。公邸は荒されている様には見えないぐらいには整頓されていたが、几帳面で潔癖症なな母上の部屋とは思えないレベルには散らかっていた。家探しされた後、片付けたんだろうね?」


 ノーザス城だけではなく、帝都の北領公邸も家探ししたけど、見つからない。

 テーラ家にありますからね。



「ノーザス城のお父様の執務室も、埋葬の後には片付いて見えるレベルには元に戻されていました」


「そう。荒らしたままにできるほど、屋敷や公邸の使用人を取り込めていないということだね?」


 ふむふむ。

 不人気ですね。


「兄様、北領印は失くしたままにしておくと、帝国で審議と承認を行い、帝国印を押してもらえると帝国法令集に書いていました。意味がわからない言葉が多くて、ちゃんと理解できたか不安ですが」


 帝国憲章の話ですね。

 地方領の自治に問題がある場合には、帝室が政治を肩代わりして、次の領主を任命します。



「失くしたままの方がいいと言いたいの?」


「北領印が見つかれば兄様のお命が危なくなってしまいます」


「そうだね。伯父上に北領印を差し上げたら、私の命はますます危なくなるだろうね? 君は大丈夫だろう。政略の駒に出来る」


 なんと!


 北領印が伯父君に渡るとカール様は用済みで、姉様は政略の駒になるのですか?


 それは、ダメです。

 


「お葬式の前に、従兄弟たちがわたくしの結婚相手にされるのを嫌がって喧嘩をしていました」


「君に聞かれていたのか。間抜けだな。ウェストリア家のエドワード公からもお話を頂いているが、伯父上には伝えていない」


 姉様はルーイ兄様の婚約者です。

 伯父君はそのこともご存じない?


 クリス卿はルーイ兄様の友人で、とてもクールでカッコイイ方です。

 兄様のライバル出現ですが、テーラ家には既に婚約があります。


 邪魔しないでください。


 母上によると、領主夫妻が亡くなってから1年間は喪中と言って、婚約が発表できないそうです。


 ヤキモキします。



「隠密ブックに『強い外戚ほど鬱陶しいものはない』と書いてあります。ウェストリア家はそれに当たるでしょうから、きっと伯父様には好まれません。わたくしの方では皆の前で従兄弟たちに思いっきり怯えて見せた上でルイス殿下にしがみついてギャンなきさせてもらいました」


 強い外戚?

 テーラ家も鬱陶しいでしょうか?


 姉様、ルーイ兄様にしがみついてギャン泣きするお芝居をしたのですか?


 戦えない姫だと思っていましたが、やるときはやるようです。

 驚きです。



「伯父様は君のことを9才には思えない幼稚な子供だと言ってらしたよ」


「はい。ここに戻ってくるために、ソフィア様からお知恵をお借りしました」


「癪だが、逃げるという手もあるんだよ?」


「いいのですか?」


「いいよ。まず生き伸びることが第一命題だよ?」

 

「はい!」


 顔は見えませんが、姉様の声が明るくなりました。

 姉様はルーイ兄様との婚約よりも、カール様との逃亡をお好みです。


 でも、姉様とカール様が安全なら、それでもいいような気がしてしまいました。



「ソフィア様には、私たちに出来るだけの恩を返そう」


「葬儀の時、緑の部屋から宝石を持ち出してソフィア様に差し上げようとしたら、ソフィア様のお家はテーラ帝室よりもお金持ちだし、帝室もそこそこお金持ちだから何もいらないと言われてしまいました」


 母上は帝室よりもお金持ちの大富豪の娘だから……

 綺麗なものは大好きだけど、もう沢山持っているからね。



「そうか、じゃぁ、宝石類は私たちが逃げる時に全部持ち出してルイス殿下にお贈りすることにしよう。子供のお小遣いぐらいにはなるかもしれない」


「ふふふ。想像するだけで、痛快ね?」


「はははっ。確かに痛快だ! アレクシア、こういうのを一矢報いるって言うんだよ。大局の流れは変えられないが、ちょっとでもダメージを増やしておくんだ」


 楽しそう。

 ルーイ兄様がお二人から好かれているようで、ホッとした。



「兄様、今度、兄様の本気でチェスで対局してください。わたくし負けず嫌いです。必ず一矢は報いられるように頑張りますから」


「そうだね。逃げ延びられたら最初にやることはチェスにしよう」


「はい!」


 

 母上と共に報告すると、父上はこれまで見たこともないような渋面をつくって、考え込んでいた。


 いつも涼し気な父上でも苦悩することがあるんだな……

 そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。



 僕は、個人的には、カール様と姉様が生存重視で無事に逃走してくれることを願ってしまった。


 カール様とチェス三昧の生活の方が、姉様はお好みだろう。


 だけど、父上は皇帝だから、2人がいなくなった後の北領について考えないとならない。


 いろいろ難しいことがあるのだろう。


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