マーガレット5
アレクシアが12才の時、南領の領主一家が襲撃を受け、断絶しました。
南領領都サウザーンは突如出現した謎の無国籍軍事集団に占拠された後、軍備の弱かった南領の主要都市は次々に落とされていきました。
両親を暗殺されたカール様とアレクシアにとっては他人事ではなく、すぐさま兵を率いて救援へ向かいました。
南領サウザーンとその他の都市を奪還するためです。
正しく出兵したのはカール様だけです。
アレクシアはカール様を見送った後、髪を短く切って、男の子の姿でカール様を追いました。
「マーガレット姉様。影武者が必要そうだったら、これ、カツラ用にどうぞ」
そう言って切った髪の束を渡されたとき、目の前が真っ暗になりました。
本当に気を失ったのです。
人を呼びに行ってくれたのはアレクシアのようです。
わたくしの失神騒ぎが落ち着いた頃には、アレクシアはどこを探しても見つかりませんでした。
すぐに城に残っていた領主代行のノルディックやわたくしの両親に相談して、アレクシア姫の不在を取り繕いました。
アレクシア姫の影武者マギーの爆誕です。
臣民の目に触れたアレクシア姫は、ご両親の葬儀と埋葬の時、それからカール様のお見送りの時だけが本人で、後は影武者マギーです。
わたくしはお茶会で顔が知られていましたから、見ればすぐにわかってしまいます。
朝議だけアレクシアとして出席して、後はマギーに戻る生活が始まりました。
いとこですから、顔は似ていなくはないですが、わたくしの方が2才も年上で身体が大きいので、結構苦しい影武者業務となりました。
城の者たちの協力のおかげで何とか事なきを得たという感じでしょうか?
すぐに近衛に捕まって帰ってくると思っていたアレクシアですが、なんとカール様に追いつき、従軍を認められました。
その後すぐに、軍規違反で捕縛されました。
一体何をしたのでしょうか?
足手まとい以外の何者でもありません。
「あの姫は普段から幽閉されているようなものだろう」
領主代行のノルディック様はアレクシアが戻ればすぐに幽閉するつもりのようでした。
朝議でも「確かにそうだ」と嗤いが起こり、反対するものがありませんでした。
しかし、カール様はアレクシアを北領に戻さず、帝国領の東の森に配置換えしただけに留めました。
城の中にはカール様の甘さに苛立つ者が出ました。
わたくしはアレクシアのバカな行いが兄君の足を引っ張っていることについて、アレクシアを叱りつけたい気持ちでいっぱいでした。
アレクシアは、南領避難民の北領への避難支援の小隊を率いることになったと聞きました。
前線に入ったカール様が各都市で救出した避難民を北領まで送り届けるのがアレクシアの任務です。
カール様は壊れたアレクシアの心をこれ以上に損なわないように、対人戦闘ではなく、魔物や野獣から人を守る仕事を采配したのでしょう。
城の者たちは、アレクシアの小隊はすぐに瓦解して逃げ帰って来るだろうから、その時に幽閉しようと相談していました。
協調性のない壊れた姫に従う兵士なんていないと思っていたのです。
カール様からアレクシア用の隠密戸籍を作るようにとの指示を受けた留守番組は、「アリスター・ノーリス子爵令息」という架空の人物を作り、アレクシアに与えました。
ノーザンブリア家の遠縁で、子爵家嫡男。
カール様の影武者には小柄すぎて不適格になった近衛崩れ。
カール様の崇拝者で、狂犬気味。
協調性なし。
プラチナブロンドの未婚の近衛と水色の瞳の未婚の女官を両親に仕立て上げ、家を与え、さも3代前から叙爵されているような細工も施し、工作は完璧です。
不満を紛らわすためにみんなして悪意を盛り込みすぎた自覚はあります。
アレクシア本人がこのペルソナを大いに気に入ったと聞いて、城の者たちが呆れかえったことは言うまでもありません。
あれは、本当にぶっ壊れている、と。
アレクシアは、城に救援物資の送付指令を送ってくるようになりました。
留守番組は指令に応じて、物資を調達しては輸送を手配しましたが、しぶしぶグズグズしていたので、アレクシアはマッドサイエンティスト達に指示を出すようになっていきました。
そのせいで城ではアレクシアの動きが掴みづらくなりましたが、逃げ帰ってきたら幽閉するだけだと、気に留めませんでした。
アレクシアの就任のあいさつは、「水は汚さないでね。全員が死ぬから」のたった一言だったそうです。アレクシアは笑いものになりました。
リーダーシップの何たるかを全く知らない深窓の姫そのものだと、皆が笑い、バカにしました。
わたくしは、呆れました。
帝国の東の森は、冒険者も躊躇する未踏の地だと聞きます。
楽な任務ではないのです。
もっと配下の者たちを労ったり、鼓舞する言葉が掛けられなかったのでしょうか?
アレクシアのあいさつは、北領の流行語になりました。
悪ふざけが過ぎたものが、看板を作って、アレクシアの小隊に送りつけました。
アレクシアはとても喜んで、それを南領側の森の入り口に立てたそうです。
北領の恥姫。
その頃のアレクシアは、そのように呼ばれていました。
カール様と帝室は、正式に協定を結び、南領主要都市の奪還は帝室が、こちら側の都市の守護と南領からの避難希望者の受け入れは北領が担うことになりました。
残りたい者は帝室の「白服」に、逃げたい者は北領の「黒服」に助けを求めるようにとの張り紙が南領の至る所に掲示され始めたと聞いて、城の者たちは青くなりました。
移民を受け入れるなんて想定外でしたから。
この時も、わたくしたちは不満を述べるだけで、やったことと言えば、食料備蓄量と品目を確認することぐらいでした。
城の中に入れてしばらく食べ物を与えればいいだろうぐらいの感覚だったのです。
最初の避難民が北領につく頃には、アレクシアは留守番隊に期待するのをやめていました。
逃れた民たちにマッドサイエンティスト達を頼るように言い聞かせていました。
研究者達は研究用の労働力が増えることに大喜びで、避難民達をどんどん受け入れて行きました。
城の者たちは避難民達が城を素通りして研究地域へ向かうのを何処か他人事のように見ていました。