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マイクロフト2


 こんな兄様、知らない。


 僕の知っている兄様は、プロの皇子だった。

 キラキラして近づきたくなるが、尊くて近づきがたい、職業皇子。


 その兄様が、人間っぽいことをした!


 僕はアレクシア姫に敬意を抱いた。


 この姫は、世の中のことをよく知らないし、競争は全くできないが、兄君に窘められてからは、プロの姫に徹した。


 友好的だが儀礼を崩さない職業姫。


 究極の他人行儀と究極の他人行儀がぶつかったら、ルーイ兄様の壁が壊れた!


 何が何だかさっぱりわからない。



 そういう意味では東領のミレイユ姫も職業姫だ。

 どこが違うのか分からない。


 でも、ルーイ兄様はアレクシア姫には寄り添った。

 今日一日遊んであげれば、2日後には僕の担当に変わるのに?


 僕は驚きまくって、大急ぎで母上に報告した。



「母上! 大変です!! ルーイ兄様が、人間に、なりました!」


「まぁ、ミッキー、また覗き見? 隠密活動に精が出るわね?」


「それどころでは、ないのです。ルーイ兄様が、アレクシア姫に、『ルーイと呼んで』と!」


 母上もこれには驚いたらしく、話を詳しく聞きたがった。


 一通り説明した後、母上は微笑みながら感想を述べた。



「ミッキーもアレクシア姫が気に入ったのね?」


「はい。あの方は、東西南北の、4姫の中では、断トツで、ダメな姫ですが、ルーイ兄様を、人間にした、凄い方です!」


「一番ダメな姫なの?」


「はい。あの方は、人を、怖がって、います。きっと、南領のリリィ姫にも、勝てない、でしょう。何しろ競争を、したことが、ありませんし、勝とうと、していません」


「何に勝つの?」


「ルーイ兄様の、花嫁の座、争奪戦です」


 その時の僕は、姫達はみんなルーイ兄様の花嫁の座を狙っていると思い込んでいた。


 姫達だけではなく、帝都中の貴族令嬢が。


 兄様に想いを寄せる令嬢が多すぎて、アレクシア姫が兄様を怖がる姿を見た後も、きっとアレクシア姫も兄様をお慕いするようになるだろうと疑わなかった。


「ふふふ。ルーイが気に入ったのなら争奪戦はおしまいなのではなくて?」


「いいえ。アレクシア姫は、防衛戦を、戦い続けなければ、ならなくなります」


「それじゃぁ、貴方のお嫁さんにする? 自分で守ってあげられるでしょ?」


「それはダメです。あの方は、ルーイ兄様を、人間にしたのですから、あの方にはルーイ兄様を、人間のままに、維持する、責任があります」


「変な表現だけど、ミッキーが言いたいことは分かった気がするわ。では、競争が出来ない『姉様』を助けてあげないといけないわね?」


「はい!」


 2日目のトム兄様との顔合わせは、ルーイ兄様と母上に変更された。


 母上は覗き穴や透過鏡がある部屋を選んで、僕がルーイ兄様の観察を続けられるようにしてくれた。


 ルーイ兄様は、自分と姫をどんどん人間に作り替えていった。


「アリー、普通のお友達みたいな話し方、知ってる?」


 姫はゆっくりと首を振ったけど、心当たりはあったようだ。


「ルーイのような話し方ですか?」


「そう。砕けた話し方ができるようになると、君の兄君も肩の力を抜いていられる時間が増えるかもしれないよ?」


 姫には分かっていたと思う。ルーイ兄様はカール様にかこつけて自分が砕けた話し方をしたいだけだと。


 でも、皇太子のルーイ兄様が砕けた話し方で肩の力を抜きたいのであれば、自分の兄もそうかもしれないぐらいには思ったんだろう。


 砕けた話し方の練習をすることに同意した。



 庭園で散歩するとき、母上が姫に手を差し出すと「これは知ってる!」とでも言うように自分から手を伸ばして手を繋いだことに母上がキュンキュンしていたのが遠目にも分かった。


 会話の内容は全く聞こえなかったが、姫は母上との会話を楽しんでいるようだった。


 こういうところも他の姫との大きな違いだ。

 他の姫達は、母上と話すときには失敗しないようにガチガチに緊張する。


 姫はリラックスした様子でニコニコしていた。



 緊張が走ったのはルーイ兄様が姫の反対側の手を握った時だ。


 その時の姫は、ギョッと肩を震わせて、「何故!?」とルーイ兄様を凝視した。


 僕は思わず両手を口に当てて息をのんだ。



 ルーイ兄様は、さもそれが普通のことみたいににこやかに何か話しかけ、姫は戸惑いながらもなんとか返事をしていたようだった。


 母上もそれが普通のことのように振舞ったので、姫は「テーラ家ではこれが普通なんだ」と自分に言い聞かせていたことだろう。


 でも、本当は全然普通じゃないよ?


 僕は、姫より1才年下だけど、ルーイ兄様に手を繋いでもらった記憶はないからね。


 カール様のエスコートは腕に手を乗せるだけだ。

 姫はさぞ驚いただろうね?


 僕も驚いて、ドキドキしたよ。


 兄様の人間度がどんどん高まっていくんだ。

 

 ホントにすごいよ、アレクシア姫。

 ドキドキが止まらないよ。



 翌日は更に予定が変更されて、大人たちは大人たちで集まって、カール様とルーイ兄様はチェスで対局していた。


 僕は別の部屋に設置された望遠鏡で対局を覗いて棋譜をつけた。


 その望遠鏡は「非公式棋譜」をつけるために宮殿に設置されているもので、窓際がチェスの定位置になっており、そこで対局すると望遠鏡でバッチリ盤が見えるようになっている。


 公認の「非公式棋譜係」だ。

 秘密の話を聞かれずに、棋譜を作ってもらえて便利だ。


 僕が引きこもりになった後、チェス好きの僕にも観戦できるように父上が設置してくれたものだけど、今では宮殿のチェス好きが集う場所になっている。


 棋譜がいらない時は別の場所で打てばよい。


 因みに公式棋譜が出るときは、専用の文官が横につくから、煩わしいと感じる打ち手もいると思う。



 カール様と兄様の対戦は3局で、兄様の2勝1敗だった。

 カール様は最後の一戦だけ戦い方が全く違った。


 最終戦、兄様は勝たせてあげたのではなく、本当に負けたんだと思う。


 望遠鏡では盤しか見えないけれど、窓越しにアレクシア姫がいつまでも3局目の終わった後のチェス盤を眺めている様子が見えた。


 チェスが好きなのかもしれない。

 だとすれば僕との2つ目の共通点だ。


 しばらく窓越しに眺めていたら、ルーイ兄様が姫の手を引いてカール様と共に部屋を出て行った。



 懐いた!

 姫が懐いた!!


 僕はまたドキドキした。


 兄様は本当に凄い。


 姫はカール様のエスコートではなく、ルーイ兄様に手を引かれて歩いた。


 手を差し出されただけでビクッとした姫が、下側から出された手に手を重ねることすら出来なかった姫が、兄様に掴まるように手を繋いでいる。


 僕はちょっと心配になった。

 まさか兄様は戯れで姫を懐かせて、懐いた姫をポイってしたりしないよね?


 もしそうなったら僕、兄様を尊敬できなくなるから、そうならないことを心から願った。


 ポイっとされた姫は、僕がうんと大切にすればどうにかなるかもしれないけれど、兄様を尊敬できなくなった僕が失うものは永遠に戻ってこないだろうからね。


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