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マイクロフト1

 帝室テーラ家と北領ノーザンブリア家のお見合いの前の日、僕たちテーラ家の3兄弟は、お見合い相手のアレクシア姫の取り扱い説明を受けた。


 アレクシア姫は、生まれた時にテーラ家がお嫁に下さいと言って、貰うことになった姫だから、絶対に嫌われるようなことをしないこと。


 アレクシア姫は、「無菌室の姫」と呼ばれ、恐らく兄君以外の男の子と会ったことがなく、お話もしたこともない。


 怖がらせるようなことはしないこと。

 乱暴は絶対ダメ。


 北領のご一家はテーラ宮殿に滞在してもらう。

 滞在は4日間。


 3人一度に会わせると怖がるかもしれないから、1日一人ずつ、最終日は母上が一緒に遊ぶ。


 母上は娘に憧れを持っていたから、とても楽しみにしているようだった。



 テーラ帝室は、3兄弟の紹介文を送った。


 長男で皇太子のルイスは、姫の2才年上でモテモテ。


 ルーイ兄様に令嬢達がワラワラと寄ってきているのを見たらショックを受けるだろうから、これは書いておかないと不誠実だ。



 次男のトーマスは姫と同じ年だけど、好きな子がいる。


 これも姫がトム兄様を気に入った後に、トム兄様に好きな子がいることが分かったら不誠実だ。



 三男マイクロフトは1つ年下で、今のところ気立てがよいと書いたそうだ。

 僕の事だ。


 今のところってなんだろう?



 姫が僕を気に言ってくれれば、一番無難だけど、ムリしなくていいからねとのお達しだった。



 紹介文に対する北領領主からの返信は、娘には事前情報をいれていない。

 お留守番だと言ってある。


 帝国貴族は大体どこも10才ぐらいから婚約を締結するから、姫のお相手がルーイ兄様になれば、すぐに発表したいってお願いするかもしれないと言っていた。


 

 初日、宮殿に到着した北領一家は、荷ほどきを済ませると母上とルーイ兄様にアレクシア姫を預けた。


 僕は物陰からこっそり見ていた。


 姫はご挨拶を済ませると、ご家族を見送りに出たがった。

 ルーイ兄様がエスコートのために手を差し出すとビクッとした。


 すると姫の兄君のカール様が、申し訳なさそうにルーイ兄様にお手本を見せてあげた。


 アレクシア姫は、名前を呼んで、腕をくの字にしてちょっと出してあげるとそこに手を置くのだ。


 キラキラでモテモテのルーイ兄様を怖がるなんて、とんでもない姫が来たと思った。


 でも、そんなの序の口だった。



「チェスは兄さまとしか打ちません」



 お見送りの為に皆で歩いている途中、ルーイ兄様がアレクシア姫をチェスに誘ったら、姫は決死の覚悟で喋ってますって顔で断った。


 ルーイ兄様は、ご家族がいるうちにアレクシア姫の好きな遊びを教えてもらおうと思ったんだろう。チェスはその取っ掛かりだった。


 ルーイ兄様は、どこぞの姫や令嬢が宮殿を訪れると、チェスに誘う。


 帝都では兄様のチェス好きは有名だった。

 ノーザンブリア家が兄様のことをちょっとでも調べていたら、こんなことは起きなかっただろう。



 宮殿を訪れる姫達はチェスの練習をしてからくることが多かったから、僕はビックリした。


 この時点では「面しれぇ女」作戦の可能性が無くはなかった。

 変わったことを言って兄様の気を引く戦術の令嬢は既にいた。

 でも、兄様はそういうのにぐらついたことがない。


 この時、兄君のカール様が慌てたので「おやっ」と思った。



「アレクシア、そう言う断り方はダメだよ? 相手が不快になるから、ちゃんと事情を説明しないと」


 窘められたときのアレクシア姫の愕然とした顔に、釘付けになった。


 仲間だ!

 間違いない!!

 この子も兄様至上主義仲間だ!!!


 アレクシア姫は本当にルーイ兄様に興味がないのだ。


 アレクシア姫の瞳にはただ一人、カール様しか映っていないのだ。


 僕は3日目にこの子と直接お話をするのが楽しみになった。


 きっと互いの兄様の話で一日があっという間に過ぎるだろう!



「ごめんね。私とアレクシアは週に1回、チェスのゲームの時にしか会わないんだ。だからアレクシアにとって、チェスは特別なんだ。他のゲームでもいいかな?」


 なんと!


 大好きな兄君と週に一回しか会えないのか!?

 僕は毎日、夕飯の時に兄様と会える。


 それに比べ、姫は可哀想だ。

 僕は姫の兄君自慢は絶対に否定しないようにしようと心に決めた。



 ご家族が馬車に乗り込むとき、アレクシア姫は涙目だった。


 母上は、家族と離れることを寂しがる姫にキュンとしていたが、あれはそういうんじゃない。


 兄君に窘められたのがショックで泣きそうになったんだ。

 きっと窘められたのは初めてなんだろうと思う。


 僕もはじめてルーイ兄様に窘められたとき、あんな風に悲しくなったから。


 馬車に乗る前、カール様はルーイ兄様に近づき、自分の腕に乗っていたアレクシア姫の手をルーイ兄様の腕に移し替えた。


「妹をよろしく頼みます」

 

 カール様がルーイ兄様にそう言ったのを聞いたアレクシア姫は、少し青ざめていた。

 けれど、それがカール様のご意志と理解して素直に従った。



 母上は知らない男の子に涙目でエスコートされる姫にキュンキュンして、姫と手を繋いだ。


 アレクシア姫はとてもビックリした。


 どうやら母君や父君と手を繋いだことがないように見えるアレクシア姫に「テーラ家では手を繋ぐのよ」と教えた。


 僕はそれまで母上と手を繋いだ記憶がなかった。

 兄様達と繋いでいるのも、見たことない。



 アレクシア姫は母上の方にしっかり頷いて、ルーイ兄様の腕に乗っていた手をそっと離した。


 以降、ルーイ兄様がアレクシア姫争奪戦で母上に勝ったのを見たことがない。

 いつか勝てる日が来ることを祈っている。



 3人はそのまま庭園のガゼホまで歩き、ルーイ兄様とアレクシア姫のお茶会が始まった。


 母上は退席し、僕の元にやって来て手を繋いでお散歩の続きをした。


 僕は驚いた。

 母上と手を繋いでお散歩なんて、初めてだった。


 アレクシア姫は、テーラ家に変化をもたらす神の遣いかもしれないと思った。



 アレクシア姫は、新しいことを知るのが好きだった。

 きっと新しいことを学んだことを報告すれば兄君に褒められるのだろう。


 どんなにゲームで負けても、ひとしきり考えた後、「ふむふむ、なるほど、これはこういうことですか?」とルーイ兄様に色々と質問し、カール様にどのように報告するか考えている風だった。


 ルーイ兄さまに揶揄われるのですら、「おぉ! わたくしはいま騙されたのですね!?」と喜んだ。


 僕は心配になった。


 この姫は、競争力というものが全くと言っていいほど、ない。

 人と争ったことがないのだ。


 そういう意味で、この姫はあまり競争しなくてよい第3皇子の僕の担当だと思った。



 しかし、予想だにしなかったことが起きた。


 ルーイ兄様が人間になったのだ。


 他にどう説明したらいいのか分からない。



「アリーと呼んでいい?」


 アレクシア姫は言われたことの意味が分からず、首を傾げた。

 北領ノーザンブリア家には愛称呼びもないのか?


 ルーイ兄様は、驚いただけの僕とは違った。



「家族呼びの練習だよ。カール殿は父君や母君からなんと呼ばれているの?」


 この子の特性を理解して、何か知りたい時は兄君に絡めた。


「カール、です。これ以上短くするのは難しいと思います。殿下」


 愛称呼びは、ノーザンブリア家にも存在した。

 僕は適切な質問を投げなければ、欲しい答えが得られない事を学んだ。


 流石です、兄様。


「テーラ家では、わたしはルーイ。弟達はトムとミッキーだよ。子供たちは父上と母上のことを愛称呼びしないけれど、父上と母上は互いを呼び捨てしているね?」


 姫は興味深そうに聞いている。

 なにせ兄君に報告する大事な文化交流だ。



「でも、いつでもだれとでも愛称呼びをして良いわけではないよ? 家族や親しい友人だけの特別な呼び方だからね。アリーも練習してみようか? ルーイと呼んでね?」


「はい。ルーイ」


 アレクシア姫は、友好的だった。

 姫にとってルーイ兄様と友好的に過ごすことは、兄君のご意志だ。


 ルーイ兄様をルーイと呼ぶことに深い意味はない。

 

 でも、ルーイ兄様にとっては、特別だった。

 兄様は、誰にも愛称呼びを許していない。


 兄様は他の姫や令嬢達にも同じことを言った。



「いつでもだれとでも愛称呼びをして良いわけではないよ? 家族や親しい友人だけの特別な呼び方だからね」


 でも意味が逆だった。

 兄様は愛称呼びされるのを拒否するためにそう言った。


 この情報は気の利いた貴族なら誰でも知っている。


 これを言われると「君とは親しくない」という印がつけられたようなものだから兄様のことを馴れ馴れしくルーイと呼ぶ者はいない。兄様の同性の友人には、呼び捨てが許されている者もいるが、ルーイはナシだ。


 だが、この姫には、自分から愛称呼びを望んだ。


 しかも、姫の目線で、姫に寄り添った言い方で優しく促した。

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