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マチルダ12


「お初にお目にかかります。マチルダ姫。テーラ家第3皇子のマイクロフトです。突然お邪魔いたしまして申し訳ありません」


 失礼ながら、マイクロフト殿下って、どなたでしたっけって思ってしまいました。


 マイクロフト殿下は、帝室の第3皇子で、幼稚舎の頃には既に人嫌いで、初等科が始まった頃に既に登校拒否状態で、アレクシア様と同レベルの「無菌室の皇子」です。


 今となっては存在を忘れられるほどに。



 だから、アレクシア様と共にマイクロフト殿下が帝都の西領公邸にお運びになったのには本当に驚きました。


 アレクシア様もマイクロフト様も北領の黒衣をお召しになっており、アレクシア様は髪は短いままではあるものの、後ろ髪がようやく揃ったところで随分令嬢らしくおなりでした。



 マイクロフト様は、見た目は猛烈に育ちがよさそうな良家のお坊ちゃまでした。


 猛烈に育ちがよさそうな良家のお嬢様なアレクシア様とお二人で並び立つ姿は驚くほどお似合いです。


 茶色の髪と深い緑の瞳がとても落ち着いた雰囲気を醸していて、とてもカッコイイと言えるのではないでしょうか?


 にこやかで気品に満ちたご挨拶で、言葉もしっかりしています。


 わたくしはもっとコミュ障で、上手く言葉が出てこない感じで想像しておりました。


 子供の頃に聞きかじった話では、泣き虫マイクロフトと呼ばれ、泣くところしか見たことがないと笑われていました。



「お初にお目にかかります、マイクロフト殿下。ウェストリア家の長女マチルダでございます」


「急に押しかけた上に不躾で大変申し訳ございません。お家の一大事で、急遽帝室にご相談差し上げてマイクロフト殿下にもご協力いただくことになりましたの」


 お家の一大事!?


 マイクロフト様が表にお出になるという時点で、猛烈な危機感を感じますわ。



「はい。わたくしにご協力できることがあれば、なんなりとおっしゃってくださいませ」


 わたくしも真剣な表情でお答えいたしました。


 アレクシア様には先の「お姫様ごっこ」事変で数々の不名誉を濯いでいただいた大恩があります。


 ずっとお友達になりたいとか、帝都でお暮らしになる時はわたくしが守ってあげたいなどと思っておりましたが、恐れ多いことでした。



「マチルダ様、単刀直入に申し上げますわ。当家に東領イースティア家よりミレイユ姫と兄カールの縁談の打診がありましたの」


 え?


 わたくしの瞳から、涙がボロボロ溢れ出てきました。

 心臓がバクバクして、手が震えています。


「まぁ! マチルダ様?」


 何か答えなければと思うのに、言葉ではなく涙ばかりが溢れます。


 アレクシア様は、わたくしの横に寄り添って、やさしく背中を撫でてくださいました。



「マチルダ様、その涙の理由は、兄がお好きだから、との理解でよろしいですか?」


 わたくしはこくりと頷いた後、とうとう耐えきれず、大声で泣き出してしまいました。



「だ、だいすきです。わ、わたくしは、カール様が、だいすきです」


 アレクシア様は、わたくしをそっと抱きしめて下さいました。


「ありがとう。兄をそんなに好いてくださって。ごめんなさい、こんなにとは思っていなくて。でも、悲嘆にくれるのはまだ早いのです。わたくしの総力を持って阻止いたしますから」


「え?」


 顔を上げると、アレクシア様の瞳からもボロボロと涙がこぼれ落ちています。


 カール様のことを好いてくれる令嬢がいてそんなに嬉しいのでしょうか?



「ちょっとお待ちになってください。わたくしたちは作戦会議の前にタオルが必要です」


 アレクシア様がお連れになった北領の近衛が、手際よく一人一枚ずつふかふかなフェイスタオルを出してくれました。


 何故かマイクロフト殿下の分も。

 泣き虫マイクロフトは現役のようです。


 初対面の殿方の泣き顔を見ることになるなんて、奇妙と言わず、なんと言いましょうか?



「マチルダ様はご存じか分かりませんが、北領と東領は長らく断絶状態なのです。ノーザンブリア家とイースティア家の縁談は、双方にとって大きな政略的な価値を持ちます」


「はい。兄から部分的にはお話を伺っています」


「でも、わたくしは他の殿方に想いを寄せている令嬢にノーザンブリア家に入って欲しくないのです! 断固拒否です」


「は、はい」


 アレクシア様の雰囲気に似合わない強い涙目の眼差しに圧倒されてしまいました。


「マチルダ様は兄を好いてくださるので、大歓迎です! 兄の気持ちは、本人から聞いてくださいませ」


「ありがとうございます。アレクシア様」


 カール様の気持ち?

 そうですわよね?

 あの方のお気持ちが一番大事ですわよね?


 でも、この言い方だとわたくしの事を憎からず思ってくださっているということでしょうか?


「マチルダ様! マチルダ姉様とお呼びしてもよろしいですか? わたくしの事はアレクシアとお呼びくださいませ。呼び方というのは周囲に親しさを伝えるのに意外と大事なことだと学びましたの」


「はい。アレクシア。わたくしの事はマティと。兄からそのように呼ばれております」



「はい。マティ姉様。この『姉様』という言葉が重要なニュアンスを持って周囲に伝わることを望んでおりますので、これは残させて頂きますが、気持ちは『マティ』です」


 泣き止んだわたくしとは対照的に、未だにポロポロと涙を流しながらそのようにおっしゃるアレクシア様は、冷静なのか、感情的なのかよくわからない方です。


 でも、明確に説明してくださるので、助かります。


 カール様とは殆ど会話をなさらないと伺ったのですが、とても勿体なく感じます。



「アレクシア。わたくしに協力できることはありますか? 戦闘能力は殆どありませんが」


「マティ姉様。わたくしたちは戦闘はしません。でも、可能であれば、マティ姉様からご両親に北領が東領から縁談の打診を受けたことをお伝えいただきたいのです。縁談については本来は他家にはお伝えしないものでしょう? でもマティ姉様であれば、兄から直接聞いたことにすればなんとか帳尻があうでしょう」


 ということは、マイクロフト様はアレクシア様からポロリと話を聞けるような関係ということでしょうか?


 ルイス様は?


 いえ、今はそれどころではありませんわ。

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