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マチルダ10


「これを」


 ルイス様はクリスお兄様からの密書をカール様にも読ませました。


「ふむ」


 カール様は冷静です。


「私は急ぐが、君は?」

 


 ルイス様は少し焦った表情で、カール様に訊ねました。


「私は予定通りに伺うよ」


 カール様が動じていないのでそこまで悪い話ではないのでしょう。


「ケビン、だっけ? クリスのところへ案内してくれる?」


 ルイス様はそういってアレクシア様の手を取って急ぎ足で食堂を出ようとしましたが、アレクシア様はここでも一味違いました。


「殿下、急ぐならおひとりでお願いします。お姫様の中のお姫様は標準エスコートのみです。そして、走りません」


「!!!」


 すごい!

 徹底しています!



 再びその場の全員が凍りつきました。


 何故そこまでマイペースに徹することができるのでしょうか!?

 皆一様に愕然とした表情を浮かべています。



 例外は北領勢です。

 あれは「よろしい。それでこそ北領の姫だ!」といった感じの表情でしょうか?


 カール様だけでなく、マグノリアお兄様と婚約者のマーガレット様も同じ表情です。


 北領勢はちょっと変わっています。



「マチルダ姫、いる?」


「はい! ここに」


 ルイス様から突然言葉が掛かり、慌ててお返事差し上げました。



「お姫様抱っこは、西領のお姫様的にセーフ?」


「はい。誉れです」


 そう言うしか、ないでしょう?


「ありがとう」



 ルイス様はアレクシア様をひょいと抱っこして、ケビンの誘導に従いました。


 きゃぁっとあちらこちらから小さな悲鳴が上がりました。


 お姫様ごっこのフィナーレは、西領勢だけでなく、全令嬢達の憧れ、お姫様抱っこでした。


 夢のシチュエーションに、令嬢達はポーっとなってしまっています。


 男性陣も呆気に取られています。


 あの、女性との距離に非常に慎重なルイス様がお姫様抱っこしているのです。

 クールな皇太子だと思っていた男子生徒にとってはさぞ衝撃的な光景でしょう。


 いえ、カール様だけは例外のようで、やれやれとでも言うように首をすくめています。



 抱えられた側のアレクシア様は、何か変な味のものを口に含んでしまったような微妙な表情です。


 マイペースすぎるでしょう?


 貴方をお姫様抱っこしているのは、帝都で一番人気のキラキラ皇太子、ルイス様ですよ!?


 帝都の令嬢達が夢見るルイス様のお姫様抱っこですよ!?


 きっとその場の全員がそのように呆れたことでしょう。



 ルイス様、ありがとうございます。


 キラキラで、美形で、お姫様扱いしてくれて、抱っこもしてくれて、幸せそうに愛でてくれる皇子様、堪能させていただきました。


 素敵です。


 長らく忘れていたルイス様へのドキドキがむくむくと湧いて来た時、ぱしゃりと水をかけられた様な一言が降ってきました。



「ああ、うん。分かっているよ。君が『抱っこ』が好きじゃないってことは。でも、お姫様の中のお姫様にとっては『誉れ』らしいよ? 今は急いでいるからちょっとだけ我慢してね」



 ルイス様、アレクシア様を抱っこしようとして嫌がられているんですね?


 良かったですね、どさくさに紛れて抱っこできて。



 その場の生徒達の中でどれほどの人が「秘密の恋人」の正体に気付いたか分かりませんが、ルイス様にちょっと同情したような、モテまくっているルイス様にちょっと「ざまぁ見ろ」と思ったような複雑な雰囲気と共に午後の授業の始業のベルが鳴り、皆慌てて昼食を掻き込んで授業に向かったのでした。


 こうして、西領の一の姫は「皇太子妃の座」争奪戦に一度も参加したことがないこと、そして皇太子殿下からの寵を一身に受けているのは帝室公認の「秘密の恋人」だと市井に喧伝されました。



 この後、学園には「秘密の恋人」派が生まれました。


 ルイス様とアレクシア様の軽快かつ巧妙なやり取りは、考えれば考えるほど二人の連携の良さが深く印象に残り、後ろについているだけで殆どコミュニケーションをとることがないミレイユ様が霞んで見えるようになったのです。



 わたくしはいろんな方々から「秘密の恋人」の正体を確認されましたが、様々な誤解と汚名を濯いでくださった大恩のあるアレクシア様の正体を明かすわけには参りません。


 渾身のだんまりで応対いたしました。



 帝室の両陛下が「皇太子妃の座」争奪戦を攪乱するために仕掛けた存在であることがあの場で明示されているのです。


 学園は先行きが見えなくなったと、大騒ぎになりました。



 ウェストリア家とノーザンブリア家の食事会は終始和やかに進み、翌日、アレクシア様は北領に戻り、クリスお兄様は姿を消しました。


 地下に潜ったとのことです。


 これはお兄様が希望して、お父様が決定して、陛下も了承している一つの大きな作戦なので、詳細は分かりません。


 でも、陛下のご了承を得ていることなので、潜伏生活が終われば西領惣領に戻れることでしょう。



 わたくしは暫定の西領惣領になりました。


 大きな責任のある立場です。


 でも、一番落ち込んだのは、カール様の元に嫁ぐことが絶望的になったことです。


 西領惣領と北領惣領が結ばれる道はありません。


 ご両親を亡くされてノーザンブリア家は二人しかいません。


 カール様は卒業後すぐにでも伴侶をお決めになる必要があるでしょう。


 それまでにお兄様が帰ってくる保証はありません。


 これが帝室の皇太子ルイス様と暫定北領領主となったアレクシア様がそれぞれ11才と9才の時に経験した状況なのですね?


 恐らく北領と帝室の間で何らかの取り決めがあったであろうお二人と違い、わたくしとカール様の間には、何の約束もありません。


 心を通わせている訳でもありません。


 わたくしが一方的にお慕いするようになっただけです。


 わたくしとカール様は同じクラスと言ってもお互いに取り巻きや侍従がいて、殆ど接触の機会がありません。


 唯一、ゆっくり会話ができるのは、ダンスレッスンの時だけです。


 お兄様と影武者アルに扮したアレクシア様がこの時間を使ってダンス特訓を行ってくれたお陰で、1都4領のダンスを網羅しているわたくしは「アルのおすすめ」ということで、すんなりカール様とペアを組むことができました。



 お兄様とアレクシア様は、お二人で徹底的に東領を避けていたらしく、わたくしとカール様が、一回ごとに休憩を挟みながら帝国式、北領式、西領式、南領式と課題曲のダンスの動きを確認すると、休憩後に東領式に入るかどうか皆が固唾を飲んで見守っています。


 わたくしたちは東領式も踊ります。


 それでようやくクラスメイト達がホッと胸をなでおろすのです。


 高等学園のパワーバランスは昨年1年で大きく変わったことを実感します。


 マグノリア兄様がまだ正体を明かしていないため、南領生徒は数が少ないですが、北領と西領に守られている図式になっております。


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