マチルダ8
「ルイス殿下、ご機嫌麗しゅう。西領ウェストリア家が二の姫、『面白い方の妹』がご挨拶申し上げます」
学園のお昼休みに茶色のカツラを被ったアレクシア様が、西領の姫の正装で食堂に突撃してきたのです!
金色のティアラに、山吹色のサッシュに、水色のシフォンドレス。
わたくしのカール様とのお見合いの日の装いにそっくりです。
そしてウェストリア家の山吹色の軍服を着た近衛を男女一人ずつ従えています。
本格的すぎます。
学園では浮きまくりです。
「え? 面白い方の妹? で、君、その格好は何?」
ルイス様は立ち上がり、アレクシア様に近寄って、額にキスを落としました。
食堂にどよめきが走りました。
中等部に出現したルイス様の「秘密の恋人」が高等部に乗り込んできたのです。
「お姫様ごっこです。殿下」
「お姫様ごっこ?」
まさか!
「はい。殿下。『隠密ごっこ』は危ないからと『お姫様ごっこ』を試してみることになりました」
わたくしが言ったことがそのまま実行されるなんて!
どうしましょう?
「そのサッシュ、ウェストリア家の山吹色だよね?」
ルイス殿下は努めて穏やかにお話になっていますが、お怒りがにじみ出ています。
ルイス様のお怒りの表情なんて誰も見たことがありませんでしたので、みんな動けなくなって、その場に静寂の帷が降りたように物音が消えました。
アレクシア様、おふざけが過ぎますわ。
「はい、殿下。お姫様と言えば、ウェストリア家です。カメリアお母様がマチルダお姉さまとお揃いのサッシュを作って下さいました」
アレクシア様はお怒りのルイス様を前にして平然として話をつづけました。
秘密の恋人は、額のキスだけではなく、お怒りモードのルイス様にも動じないのです。
本物の恋人に違いない!
みんなそう思ったことでしょう。
「マチルダ姫は『お姉さま』なんだね?」
ルイス殿下の怒りのオーラが和らぎました。
なるほど、お兄様にお嫁入りなさるのかと疑ったのですね?
お兄様のお嫁さんなら、アレクシア様が「お姉様」ですものね?
この感じだと、お兄様とアレクシア様の縁談を進めるのは難しそうです。
「はい。コードネームは、わたくしが『面白い方の妹』でマチルダお姉様は『かわいい方の妹』でございます。このティアラもお姉さまとお揃いです。エドワードお父様より頂きました。お姫様の中のお姫様と姉妹なんて、感無量でございます。殿下」
妹って……
お兄様目線ですか?
わたくしがかわいい方で、アレクシア様が面白い方?
失礼すぎます!
なんてことを!!
アレクシア様は、どこまでが冗談でどこからが本気か全く読めない方ですが、わたくしも姉妹なんて光栄です。
とても嬉しく思います。
涙が出そうです。
「そう。『お姫様ごっこ』にはコードネームはないと思うよ? 『隠密ごっこ』と混ぜ混ぜになっているようだね?」
「はい。まだ、お姫様名は頂戴しておりませんので、本日のところは『面白い方の妹』でご容赦くださいませ」
ルイス様がアレクシア様の手を引いて元居た席にお戻りになりました。
ルイス様の右手でアレクシア様の右手をそっと掬い上げるようにお持ちになり、左手は背中に添えて優しく誘導なさいました。
ルイス様、素敵です。
「おいで」
そう言って膝の上に座らせようとしました!
キュンです。
おいでって、何ですか?
お二人はどれだけ親しいのですか?
たった3文字なのに凄まじい威力のパワーワードです。
信じがたいことに、アレクシア様は拒否なさいました!
「殿下、ウェストリア家の二の姫は、お姫様の中のお姫様です。皇子様のお膝の上になぞ座りません」
その場の全員がカチカチに凍り付いてそのやり取りを凝視していました。
普段はお膝の上に座ってますけど、今日はやめときますという響きです。
東領のミレイユ姫のランチタイムの定位置は、殿下の斜め前の席です。
お姫様ごっこの特別観客席に座るミレイユ様の表情も皆の注目を集めています。
先程、ルイス様に怒りのオーラがほとばしっていた時は、嬉しそうなお顔でしたが、今は蒼白です。
帝室の近衛がササっとアレクシア様の椅子をルイス様の椅子の隣に並べ、ルイス様はこなれたしぐさでアレクシア様を隣の椅子に座らせて、自分も行儀よく座り直しました。
そんなまさか!
お姫様ごっこに付き合ってあげるのですね?
なんということでしょう?
一体、何が起きているのでしょうか?
大混乱です。
ミレイユ姫は今度は真っ青です。
「ぷっ。そうだね。ところで、その茶色の髪は、お姫様ごっこ的にアリなの?」
「まだ過渡期ですので『隠密ごっこ』の名残です。変装は茶色の髪が鉄板です。殿下」
「なるほど。髪の色は後で調整しよう。それで、私は王子様役なんだね?」
割とノリノリなところも意外すぎます。
もしかしなくても、この状況を楽しみ始めましたよね?
「はい。殿下。陛下は『帝室の姫でもいいんじゃない?』と仰って、テーラ家のティアラと白色のサッシュの貸出をご提案くださいましたが、ソフィアが『わたくしは絶対に姉妹のような姑役が良い!』と言い張りました。それで殿下が王子様役をやって下さるならその配役で進めようということになりました」
陛下!?
また3文字のパワーワードの登場です!
ルイス様は、肩を揺らして笑いを堪えていますが、スケールの大きさがまったく笑い事ではありません。
テーラ皇后ソフィア様の呼び捨ても衝撃的です。
「両陛下も参加したがっているの?」
「陛下はそれほどでも、ソフィアはノリノリです。本日は両陛下より4つのミッションを預かってまいりました。殿下」
お姫様ごっこに、まさかの本物の王命!?
もう、何が何だかわかりませんが、聞き耳を立てるしかない状況です。
「一つ目は、私の『お姫様ごっこ』への参加意思確認だね? いいよ。付き合おう」
皇太子殿下が17才にして、公開お姫様ごっこ?
しかも喜んでいる顔にしか見えません。
「ありがとうございます。2つ目は、市井で長らく楽しまれている『皇太子妃の座』争奪戦のウェストリア家からの参加選手の確認です」
「今朝、テーラ家とウェストリア家の間で、この市井の遊びについての認識確認の会談がありました。わたくしは中立立会人として参加いたしました」
何ですって!?
帝室と西領のトップ会談がありましたの?
そしてアレクシア様は、中立立会人?
かつてトーマス殿下がおっしゃっていたような、圧倒的貴人感が、今、ここに再現されています。
「ああ、その話は聞いているよ。マチルダ姫は『皇太子妃の座』争奪戦に参加したことがないっていう共通認識の確認作業だね」
わたくし?
参加したことない?
「はい。ウェストリア家のマチルダ姫は、サウザンドス家のリリィ姫の従姉妹にして親友で、よく一緒に行動していたために『皇太子妃の座』争奪戦に参加していると誤解され、常に2番手と目されてきました。また、リリィ姫亡き後、そのご遺志を引き継ぐことを周囲に期待され、ウェストリア家としては立ち位置を明確にすることが躊躇われる状況が続きました」
「そうだね。マチルダ姫に『リリィ様がいらっしゃれば』と言いながら、リリィ姫を追悼する令嬢が今でも多いと聞いているよ」
ルイス様もご存じだったのですね?
「この争奪戦は、市井では既に勝者が東領のミレイユ姫に決定し、定着してきたそうです。そこで、ウェストリア家としては正式に不参加の旨を表明したいがよろしいかとの問いに、帝室も市井の遊びには詳しくないのでよくわからないが、『参加したことがない』ことを確認できるのは殿下だけではないかと言うことで、中立立会人のわたくしが殿下の元に派遣されました」
つまり、皇太子妃の座はミレイユ様に決定だ。
そういうことですか?
ミレイユ姫の青ざめた顔に色づきが戻ってきました。
ルイス様がアレクシア様をお膝に座らせようとした事実は覆らないと思いますが……
そして、アレクシア様は中立?
常に「圏外」で、一度も争奪戦に参加したことがないのは、アレクシア様のみですから、そういう解釈も出来るのかもしれません。




