表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/169

マチルダ7

 そして迎えたわたくしの高等部の入学式。

 講堂に入る前にカール様と鉢合わせになりました。


 正確にはカール様の後見人のテーラ両陛下とわたくしの両親の西領領主夫妻が講堂の前で鉢合わせになり、そこで挨拶を始めてしまったのです。


 驚きました。

 カール様の後見人は、伯父君の北領領主代行だと思っていました。


 多くの人が同じだったようで、何故その場にこの学年の子供がいない両陛下がいらっしゃるのか、連れてきた見慣れぬ子供は誰なのかと、周囲の目を引きました。



 今回のカール様は、プラチナブロンドに水色の瞳です。


 ルイス様よりもすべてが抑えめな美しい貴公子でいらっしゃいました。


 その場にルイス様がいらっしゃったら、お兄様の様に影が薄く見えたかもしれませんが、単独でお立ちになると、独特の雰囲気を漂わせた芸術品のようでした。


 わたくしのお父様は、親友の御子息との再会に感極まっていつもの号泣を始めてしまい、わたくしは冷や冷やして姫らしく立っているので精一杯でした。



「マチルダ、カール殿を講堂にご案内して」


 耳を疑いました。


 お父様、わたくしも高等部に入るのは初めてです。ご案内できるほど、知りません!



「マチルダ姫、よろしくお願いします」


 カール様は、ちゃんと察して下さって、ちょっと苦笑いしながらエスコートの腕を出してくれました。


「カール様、こちらこそよろしくお願いします」


 わたくしはそっと手を差し込んで、共に両陛下と両親に退出の礼をとって、講堂へ向かって歩き始めました。


 ご両親が亡くなって初めて帝都で公式の場に姿を表すカール様、それに伴う北領勢と南領勢の帝立学園への復帰は、話題性も高く、新聞記者たちが集まっていました。


 陛下が連れてきたのがカール様だと理解すると、お父様に涙ながらに抱きしめられている様子、わたくしたちが両陛下に退出の礼を取る場面、講堂まで共に歩く様子をバシャバシャと音を立てて撮影しています。


「注目を浴びてしまって申し訳ない」


「はい。少しだけ緊張します」


「少しだけ?」


 ガチガチに緊張しているわたくしの言葉にカール様がふふっといった風に笑顔で反応したので、虚勢を張ったわたくしはちょっと恥ずかしくなって、ふふっと返しました。


「いえ、猛烈に」


 カール様はわたくしの言葉に明るく破顔なさって、わたくしもおかしくなってつられて笑ってしまいました。


 そこを新聞記者達が猛烈な勢いで写真を取ったので、翌日の一面記事の多くがこの写真でした。


 わたくしはこの時の二人の笑顔の新聞記事をずっと大切に保管しています。


 

 西領の北領の友好関係も大きく取り上げられました。


 講堂に入るとカール様がわたくしの取り巻きのところまでエスコートしようと言ってくれたのに対し、西領と北領の友好関係のアピールの為にこのままお側において欲しいとお願いしました。



「私の席はちょっと特殊でね。隣は居心地が悪くないといいんだけど」


 新入生の挨拶を読むカール様の席は、新入生の最初の列の左端で、隣に座ったわたくしに反対側の隣の建物をこっそり見るように促しました。


 黒ローブの少年と白ローブの少年、それに帝室の近衛たちがこちらを覗いていました。


 黒ローブの少年は、外見の特徴的には......


「アルキオネ伯爵、ですか?」


 カール様は少し驚いた顔をなさった後、ギョッとするようなことをおっしゃいました。



「妹なんだ。南領紛争の頃から男装を始めたんだが、気に入ってしまってちょっと困っている」


 わたくしは驚きまくってこっそりと言われたのを忘れ、ガン見してしまいました。


 姫にあるまじき醜態です。


 アレクシア様はこちらに気付き、ぱあっと表情を明るくしたあと、わたくしに西領式敬礼を贈ってくださいました。


 なんともお可愛らしい!


 白ローブの少年もそれに気づいて、アレクシア様に揃えて西領式敬礼を贈ってくださいました。


 わたくしはもう反射的に立ち上がって、帝国式敬礼を返しました。北領式は存じ上げないのです。勉強不足でした。

 白ローブと帝室の近衛がいますから、帝国式でも大丈夫でしょう。



 カール様は失笑しながら、立ち上がり、お二人に帝国式敬礼をお返ししました。わたくしに合わせてくれたのです。


「マチルダ姫、こっそりでお願いしますよ。でも、何も知らなかったんだね? 私の落ち度だ」


 いけません。全くこっそりになっていません。


「いえ。わたくしが、悪いのです。あまりに驚いてしまって」


「ふっ。反射的に敬礼を返すなんて、律儀だね」


「はい。次までには北領式を勉強しておきます」


「今度、私が教えてあげるよ」


 わたくしはカール様に少し身を寄せて皆には聞こえないような小さな声で思い切って聞いてみました。


「兄は昨年アルキオネ伯爵と同級生だったと言っていましたが、それもアレクシア様ですか?」

 

「そうだよ。クリス殿と大暴れして楽しかったみたいだ。大変世話になった」


 カール様は、身を寄せたままで小さな声で答えてくれたあと身体を離しました。


 まぁ、いけません。


 わたくしとしたことが!


 これではまるで恋人たちの内緒話のようです。



「それからずっと昔のことだが…… お見舞いのブーケありがとう。嬉しかった。妹は大喜びで、北領のあちこちにラベンダー畑を作って香料の自家生産まで始めたよ」


「!!!」



「ははっ。わかるよ。普通驚くよね。妹は凝り性でね。ラベンダーオイルは何種類も作っているからマチルダ姫がお好きなら今度差し上げよう」


「それで......」


 前にお会いしたときには気のせいかと思ったこの方の香り。


 やはりローズマリーとラベンダーだったのです。


 

 並び立って歩かなければわからないほどの仄かな香りですが、爽やかなのに安らぐ配合です。

 

「いえ、あの、そんなに気に入って頂き、光栄です」


 輝き抑えめのこの方にしっくりくる香りです。


 それにしても、あの白ローブの少年はどなたでしょうか?


 兄君の入学式をこっそり見に来たアレクシア様を手引した帝国の高位の魔術師ですよね?

 あんな子供が?

 わたくしには知らないことがたくさんあるようです。


 それに、お兄様!

 学園でアレクシア様とダンスを踊りまくっていたということですよね?

 どういうご関係ですか?



 帰宅した後、お兄様を問い詰めようと探したら、お父様が白状しました。


 アレクシア様が幼い頃からハマっている「隠密ごっこ」に付き合って、家族ぐるみで密使のやり取りをしていると。


 わたくしはずっと仲間外れでした。

 泣きました。


 キッカケは「アレクシア様のお見合いの練習会」という謎の企画で、お兄様がアレクシア様を虫けらを見るような目でみたことだそうです。


 虫けら?

 お兄様!

 なんてことを!!


 それに、お見合い「練習会」は、お見合いとどう違うのでしょうか?


 アレクシア様が7才の時の事だそうですから、わたくしとカール様のお見合いの2年も前です。



 ウェストリア家とノーザンブリア家の本筋はこちらでしょうか?


 わたくしたちのお祖母様(おばあさま)は帝室の皇女だったので3世代続けて姫を娶ればぶっちぎりの名家になりますものね?


 お兄様とアレクシア姫は「甘さ控えめ」ではあるものの、とても仲良しのようです。


 わたくしとカール様のお見合いも試してみて相性が良さそうな方を進める予定だったのでしょうか?



 アレクシア様のお父君はアレクシア様に「のびのびいたずらっ子な姫」になって欲しいと望んでいたそうで「隠密ごっこ」はその一環だそうです。


 それで髪を切って軍馬に跨り、帝国領の東の森で避難支援して、北領の英雄と呼ばれるまでに活躍し、伯爵位を賜ったのです。


 いくら凝り性と言っても行き過ぎです!



「『隠密ごっこ』は危ないですから、ウェストリア家で支援するのは『お姫様ごっこ』にしてください」


 その様に父に申しましたら、真面目な顔をして聞き返されました。


「クリスは『お姫様ごっこ』はしたくないと思うよ? マチルダが遊んであげるの? 王子様役はどうするの?」


 呆れました。

 アレクシア姫は15才です。


 いつまで子供扱いするつもりですか?

 真面目に取り合う必要はないかと思って、適当に答えてしまいました。



「喜んでお付き合いいたしますわ。お姫様と言えば西領です。きっと本格的なお姫様体験をお楽しみいただけるでしょう。王子様役はお兄様が嫌がるなら、ルイス様にお願いしてはいかがですか?」



 これが、あんなことになるなんて!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ