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マチルダ5

 わたくしは自分を守るために、取り巻きを侍らせる様になりました。

 とてもお姫様っぽいでしょう?


 そして、これは黒幕扱いされて肩身が狭い思いをしはじめていた西領の生徒たちが出来るだけ心地よく過ごせるように、守る意味もありました。


 身を寄せ合って主従一体となって、西領を守るのです。


 東領派閥からの皮肉、嫌味、いじめ、いわれのない冤罪に対抗するために、わたくし自身だけではなく、公爵令嬢から平民令嬢に至るまで、わたくしの庇護を求める者が一人で行動しないように工夫した結果、派閥は徐々に大きくなっていきました。



 わたくし自身は「皇太子妃の座」争奪戦から離脱していましたが、ミレイユ様の地位が固まっていくことは不都合でした。


 東領派閥が力をつけるにつれて、西領派閥の居心地が悪くなっていたからです。



 ミレイユ姫は基本スペックではわたくしに敵いません。

 派閥が盛り立ててくれたから「皇太子妃の座」争奪戦で首位に立てているだけです。


 初等科に入学した頃から情報操作でミレイユ姫を首位に立たせ続けた取り巻きたちは技術を磨き、手ごわくなっていました。



 だから、リリィを(そそのか)して、中等部にて争奪戦に復帰してもらいました。


 (そそのか)した、で正しいですよ。

 わたくし、意図的に彼女を罠にかけましたから。



 お父様がアレクシア様をお兄様の妻に欲しがっていることについてリリィに手紙で知らせたのです。


 リリィはアレクシア様が一番のライバルだと正しく認識していたので、この情報に食いつきました。


 皇妃ソフィア様からのお手紙は、アレクシア様を守るためではなく、リリィの品格を落とさないための助言ともとれる表現でしたので、リリィは十分に反省しましたというような顔で、中等部から争奪戦に復帰しました。



 わたくしは「ミレイユ様がルイス様のお妃で決まりのように見える」とも書き記しました。ソフィア様が直筆で助言を下さった自分がミレイユ様に負けるはずがないと確信していたようでした。



 リリィがどのようにお父君を説得したのか分かりませんが、無事、ミレイユ様との「泥仕合」を再開しました。


 リリィは、溌溂とし、自分の意見をはっきりと伝えるので、中等部でも求心力を持つようになりました。


 わたくし?

 わたくしは学年が下なので、初等部でのんびり地盤固めです。



 縁起の悪い姫と呼ばれ、嫁ぎ先に期待が持てなくなったわたくしが欲したのは、心許せる「友人」です。


 お父様のようにその人の別れを心の底から悲しんで号泣できるような、心の底から大好きになれる「友人」が欲しい。


 その人の家族を、自分の家族のように守りたく思えるような、「友人」が。



 アレクシア様は、その時点で唯一、そのような友人になれるかもしれないと期待させてくれる心遣いをかけてくれた方でした。


 アレクシア様がお兄様の妻になっても、ルイス様の妻になっても、どちらの場合も帝都でお暮しになる日が来るでしょう。


 お友達になって帝都で「くつろいで」もらうために、そして、しっかりお守りするための自分の地盤が必要ですからね。


 わたくしは「アレクシア姫防衛戦」に備えたのです。

 


 ところが、その一年後、リリィがこの世を去りました。


 無国籍軍事集団に襲撃され、南都サウザーンは呆気なく陥落しました。


 悲しんだかって?


 それどころではありませんでした。


 西領も西都ウェスティンを含む3都市が襲撃されたのです。


 お父様とお兄様は、西都ウェスティンと第2都市マールに拠点を移し、わたくしは帝都、お母様は3拠点を行き来する家族バラバラの生活が2年間続きました。



 ルイス様は速やかに南領へ出兵され、カール様もそれに続きました。


 アレクシア様は北都ノーザスでお留守番とのことで、おひとりでさぞ心細かったことでしょう。


 東領も惣領のシオン公子を東都イーストールへ戻し、ミレイユ姫はテーラ宮殿で保護されることになりました。


 ルイス様不在の「皇太子妃の座」争奪戦は、ミレイユ姫の独走時代が始まりました。


 リリィはこの世を去り、わたくしは西領公邸で、ミレイユ様はテーラ宮殿です。


 どう見ても次の皇妃はミレイユ様でした。



 わたくしは、別にそれでも構いませんでした。


 アレクシア様がお兄様に嫁いでくだされば、義理の姉妹としてお付き合いができます。


 ルイス様の絶大な人気の陰に隠れあまり評価されていませんが、お兄様はイケメンです。


 髪色はルイス様と同じ金色で、瞳は深い青。明るい緑色の瞳がキラキラ輝くルイス様よりもぐっと落ち着いた雰囲気です。


 いつもにこやかで柔らかな雰囲気のモテモテ皇子の隣に立っていても見劣りしません。


 ただ、無表情で過ごしているため、愛想が悪いと敬遠されていますが、可笑しければちゃんと笑いますし、ちゃんと紳士ですし、ちゃんと優秀ですし、ちゃんと優しく、割と気さくな好物件です。


 女性の影もありませんし、浮ついた話もなく、クリーンです。


 わたくしは見た目ほど甘い性格ではありませんので、お兄様にベタベタ甘えたことがありませんが、甘えたければ多分たっぷり甘やかすぐらいの心の余裕はありそうに見えます。

 多分。


 きっと気に入ってもらえると思います。



 アレクシア様がお兄様に嫁いだ場合の唯一の逆風は、西領は南領紛争の「黒幕」と噂されていることです。


 北領領主夫妻暗殺については、アレクシア様とクリスお兄様が結婚することで嫌疑が腫れるかもしれませんが、南領の件はいかんともしようがありません。


 わたくしも学園で西領派閥の生徒をいわれのない風説から守るのに苦労いたしました。

 


 南領紛争は18か月で終結し、その3ヶ月後に事後処理と引継ぎを終えたルイス様が学園の中等部に復帰なさいました。


 あと3ヶ月で卒業という時期でした。

 お兄様は中等部にはお戻りになられませんでしたので、ルイス様の隣に並び立つ人物はいなくなりました。



 ルイス様の学園復帰初日、学園の生徒たちはルイス様を拍手でお迎えしようと学園の門から学舎までの沿道に立ち並び、到着を待ちました。


 ミレイユ様は先に到着され、「おかえりなさいませ」の代表挨拶者かのごとく門の前でお待ちになり、弟君のトーマス様と同じ馬車で登校なさったルイス様を出迎えました。


 ルイス様が門をくぐられた後は、皆に言葉をかけながら少しずつ進むルイス様の少し後をついて歩いています。

 パートナーと言うよりは「殿下、後30秒で次へお願いします」という係の付き人のような距離です。



 ミレイユ様は南領紛争が終わった後もテーラ宮殿に住み続けていますから、密かにお妃教育が始まっているのではないかと噂されています。



 ふんわりとして暖かなお日様のような穏やかさに満ちた皇子様だったルイス様は、日に焼けて精悍さを帯びていますが、相変わらず優しそうな微笑みを湛えてらっしゃいました。


 ミレイユ様は、深い藍色の髪に紫色の瞳が、静謐な夜を照らす月のようで、確かにお二人で並び立つことがあれば、有名な小説の一節のように「太陽と月」の対比が美しいことでしょう。



「リリィ様がいらっしゃれば、ミレイユ様なんて蹴散らしてくれたでしょうに!」


 わたくしの取り巻きは今でもわたくしが「皇太子妃の座」争奪戦に参加していると思っています。

 その時の西領勢には「戦う気概」が必要でしたから、わたくしも敢えて否定しません。



 わたくしを真に理解してくれる人のない孤独感に押しつぶされそうな気持ちをグッと堪え、歯をくいしばり、こぶしを握ってその場を立ち去りました。



 二人とは反対の方角に歩き始めると少し離れた木陰で見慣れない男子生徒がルイス様の復帰の様子を伺っていました。

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