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マチルダ4


「アリーは、どれも好きだけど、バラ、カモミール、ラベンダー、アヤメの順だと思うな。アリーは食べたり飲んだりできる物が好きなんだ。アヤメは毒だから」


 よくご存じなのですね?


 でも、バラを食べる人はあまりいないと思いますよ?



「バラがみたいです」


「いいね。よし、行こうか?」


 わたくしが立ち上がるとルイス様は隣に立って、標準エスコートの為に腕を貸してくださいました。


 ルイス様と単独で並び立ったり、共に歩んだりするのは初めてです。

 アレクシア様のお計らいがあって初めて成り立った状況です。



「いくつか摘んで、お土産のブーケにしてもらおうか?」


「ブーケはアレクシア様にお贈りしてもよろしいですか?」


「それなら二つ作ろう。マチルダ姫はアリーの分を、私はマチルダ姫の分を選ぼうか。どれがいい?」


「アレクシア様はどれがお好きなのですか?」


「うーん。色はこの淡いピンクが好きだね。形なら白。香りならこの真紅のが好きみたいで、よく鼻を埋めてスンスンしてるよ」


「ふふっ。鼻を埋めて?」


 ルイス様は本当によくアレクシア様のことを見てらっしゃるのですね?

 お顔が自然に綻んで、アレクシア様のことを愛おしく思っていらっしゃるのが伝わってきました。


 わたくしはリリィが何故あんなに激昂していたのか分かってしまいました。


 きっとお二人が手を繋いで歩いている時、ルイス様はお幸せそうに見えたのでしょう。


 ルイス様は令嬢達を幸せな気分にすることができますが、きっとルイス様を幸せな気持ちにすることができる令嬢はアレクシア様だけなのです。



【北領の悪姫アレクシアが、ルイス様を誑かしている】


 リリィの言葉の真実を見ました。

 ルイス様は確かにアレクシア様に誑かされていると言えなくもありません。

 なにせ信じがたいほどにメロメロなのですから。

 

 そんなお二人の姿を見たリリィが激昂したから、お二人はミレイユ姫の前では儀礼に徹した。


 わたくしに対しては、わたくしに寛いで貰いたいアレクシア様の意向と、アレクシア様に不快な思いをさせたくないルイス様の意向が合致し、ルイス様だけで対応することになった。


 そういうことですね?



 であれば、わたくしの「皇太子妃の座」争奪戦は、これにて完全に終了です。


 他の方にお心を寄せてらっしゃる方を追いかけても、自分が苦しむだけです。

 わたくしは見た目は甘くてかわいいお姫様ですが、中身は砂糖菓子ではありません。


 ルイス様とアレクシア様を応援する方向に切り替えた方が、西領のためですわ。


 後は、学園での幕引きの方法を熟考するだけです。



 わたくしたちは、ブーケにするバラを選んだあと、ラベンダー園へ足を運びました。

 わたくしが好きな花です。

 


「アリーは、ラベンダーは『大きくなったら好きになるかもしれない』香りだと言っていたよ。マチルダ姫は好みが渋いね」


「そうでしょうか?」


 ラベンダーは、確かにバラのような分かりやすい甘さがありませんが、慣れるとフローラルな甘さがふんわり漂って、非常に好ましくいつも傍に置きたい香りです。


「カールも割と香りの好みが渋くてね。ローズマリーが好きなんだって」


 ルイス様はそういうと、通り道に生垣のようにひっそりと植えてあったローズマリーの枝をゆさゆさと2、3回振りました。


 あたりに爽やかでウッディーな香りが漂ってさっぱりとした気分になりました。


「まぁ、いい香り」



「でも、これ、枝に触っちゃうと少しベタベタするのが考えものだね。葉をスルリとなでるだけでも手に香りがつくから、香りが気に入ったなら試してみたら」


 言われたとおりにやってみると、指先に先程の香りが移っていい香りです。


「ちょっと触れただけなのに、こんなにしっかり香りがつくのですね?」



「テーラ宮殿のローズマリーは白い花がついているだろう? これは割と珍しいんだよ? こちらはラベンダーと合わせてブーケにしてもらってカールに贈るのはどうかな?」


「カール様の?」


 木っ端みじんになってしまった暖かなご縁が思い出されて悲しくなりました。

 カール様のお好きな香りとわたくしの好きな香りを合わせてブーケにするなんて、気が引けます。


「アリーはいつもローズマリーだけ切ってもらうから、たまには変化があっていいと思うよ」


 ルイス様はわたくしの気持ちを察してか、素なのか、ごく自然にわたくしが頷きやすい方向に話を進めてくださいます。


「そうですね。香りの好みが大人っぽいのであれば、ラベンダーは変化をつけるのには良いかもしれません」


「では、こちらもクリスへのお土産用にもう一つ作ってもらおう」


 わたくしはラベンダーとローズマリーのブーケの香りが気に入って、お土産用のブーケはローズの方をお兄様に渡しました。


 お兄様はウッディーよりもフローラルな甘さの香りがお好きなので、多分喜んでくれたでしょう。


 二種類のブーケが出来上がって、庭園でお茶を飲みながら時間を潰している間も、アレクシア様は紅茶に小さなローズを、カール様は黒茶に小菊を浮かべるのを好むなど、北領のお二人のお話を沢山伺いました。


 お父様はわたくしを迎えに来たとき、既にメソメソしていました。

 アレクシア様がご挨拶に出てくださったようです。


 アレクシア様とカール様の為に作ったブーケを見せて、同じものをウェストリア家にお土産に頂くことを伝えると、再び号泣なさって、大変でした。


 これにはルイス様も少し驚いていらっしゃいました。

 


 わたくし、帰宅してからハタと気づきました。

 アレクシア様とカール様のことは色々伺ったのに、ルイス様のお好みについては一切聞かなかったことに。


 失礼なことをしてしまったかもしれません。


 でも、ルイス様のお好みについてはアレクシア様が知ってくれていれば、あのお方は十分に幸せなのだと思いますから、気にしないことにいたしました。



 翌日、学園でわたくしは沢山の生徒達に取り囲まれました。


 わたくしの「皇太子妃の座」争奪戦の戦績を知りたがったのです。


 わたくしは、前日の夜、熟考しました。


 

 アレクシア様とカール様の置かれている状況とわたくしに出来ることを一生懸命考えました。


 まず、この件についてお母様に相談するのは止めました。


 お母様は、南領の姫でしたから、姪っ子のリリィをかわいく思う気持ちがあります。

 もちろん自分の娘であるわたくしの方が遥かに大事でしょうが、リリィを庇う気持ちもあるのです。


 お父様にも相談できません。

 お父様は、親友の子供達を保護するために、お兄様とアレクシア様の縁談について非常に前のめりです。


 わたくしには気付かれないように進めているつもりの様ですが、言葉の端々からそんな想いがにじみ出ています。


 アレクシア様がウェストリア家に入る可能性も念頭に、あの方の評判をこれ以上落とさないようにすることが一番大事です。


 学園では「アレクシア様はお父様にご挨拶下さったのでわたくしはお会いできていない」と言うことにしました。


 嘘ではありませんし、ミレイユ姫に「子供」だと言われてしまっていますから、あの方は「子供クラス」ではなく、「大人クラス」の貴人である印象に巻き返すことができるでしょう。



 そして、わたくしはルイス様のエスコートで2人で庭園散策をしたことを明かすことにしました。


 ルイス様がアレクシア様以外とも庭園散策をすることが分かれば、アレクシア様への嫉妬や風当たりも和らぐことでしょう。


 バラ園とラベンダー園を巡り、カール様とアレクシア様にお贈りするブーケを作ったことは、ノーザンブリア家にとっても、ウェストリア家にとっても、帝室にとっても爽やかで心温まるエピソードとなり、わたくしの評価も上がりました。


 それで、わたくしは「皇太子妃の座」争奪戦において、ミレイユ様と同等レベルの強さだと目されるようになりました。


 素のステータスの強さを鑑みると当然とも言えます。



 わたくしは、ルイス様個人へ対する一切のアプローチを止めました。


 わたくしを争奪戦に引っ張り入れるリリィがいなくなったことも都合がよく、リリィがいなければわたくしがルイス様に近づくことがないと印象付けることができました。



 しかし、これは「お嬢様すぎて押しが弱い」と解釈されました。

 わたくしが争奪戦を離脱したと思うものはいませんでした。


 そして、それから1年が経つ頃には、再びミレイユ様が最有力候補として不動の地位を固めはじめていました。

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