マチルダ3
ミレイユ様のお父君は、カール様のお見舞いに伺う際、「アレクシア姫をお慰めしなさい」とミレイユ姫を伴って宮殿へ上がりました。
談話室でルイス様とアレクシア様に迎えられ、沢山お話をなさったとのことです。
まず、皆の最大の関心事、ルイス様とアレクシア様のご関係ですが、お二人は儀礼的な距離だったそうです。
熱愛疑惑は払しょくされました。
そして、アレクシア姫は兄君の療養が終われば北領にお帰りになることが明らかになりました。つまり、「皇太子妃の座」争奪戦に参加せず、「圏外」のままになることが確定しました。
ミレイユ姫の方からは、アレクシア姫のせいでルイス様が学園を長期でお休みされている件に触れ、帝室側からのご厚意で皇妃と皇太子がお相手していたとしても、兄君が目を覚ましたのだから北領側で遠慮して、お世話が必要なら学園に通っていない第3皇子マイクロフト殿下に変えてもらうべきだとアレクシア様に「訓示を垂れた」ようでした。
アレクシア姫はマイクロフト殿下に好意的な雰囲気だったとのことで、ルイス様のことはミレイユ姫に譲ってくれそうに見えたそうです。
東領ではこういうのを「お慰めする」と言うのですね?
生徒たちはリリィ姫に言えなかったことをアレクシア姫に言ったミレイユ姫を尊敬のまなざしで見ていました。
こんなにしっかりと「やるべきこと」をやってくれる姫が次の皇太子妃なら安心だと喜びました。
わたくしは、北領のお二方に同情的な生徒が少ないことに心が痛みました。
更に学園に通う、通わないで子育て談義になった時、アレクシア様は自分自身がまだ子供だと認め「気が早い」としか答えられなかったそうです。
ミレイユ姫は、自身の結婚観、出産計画、子育て方針などについてアレクシア姫に「お教えした」そうです。
その間、アレクシア姫は一言も口を挟まず聞き入っていたとのことでした。
ミレイユ姫は、アレクシア姫に圧勝したとされ、学園の生徒達から「これぞ未来の皇妃様」と尊敬の眼差しを集めてらっしゃいました。
ルイス様の心棒者たちが知りたかったこと、言って欲しかったこと、スカッとしたかったことを全て押さえて帰ってきたように見えました。
わたくしも、ミレイユ様に対しては敵意は湧きませんでした。
リリィと違ってわたくしの名誉を傷つけるようなことをしたことがありませんでしたし、アレクシア様に対しても「子供だ」と言っただけで、名誉を傷つけているわけではありません。
但し、この方の取り巻きたちがリリィの発言にリリィの品位が疑われるような言葉を足したのを見ましたから、親しくはできません。
難を避けるため、この方に勝ちを譲り「皇太子妃の座」争奪戦から離脱することで西領を守るのもいい考えの様に思えました。
この時わたくしが考えた「皇太子妃の座」争奪戦の幕引きは、わたくしがお見合いの遅刻の件についてアレクシア様にお詫びするだけです。
ミレイユ様に負けた「圏外」のアレクシア様に負ければ、わたくしは最弱になるのです。
それにわたくしは本当にお詫びしたかった。
もし、お見合いの日に、わたくしが大泣きしなかったら。
水色のドレスと黄色のサッシュにこだわらなかったら。
西領側は遅刻することがなく、北領領主ご夫妻は命を落とすことがなかったのですから。
だから、わたくしも父がカール様にお見舞いする日に、「アレクシア様にお詫びしたい」と言って宮殿に連れて行ってもらいました。
でも、アレクシア様には会わせてもらえませんでした。
迎えてくださったのはルイス様おひとりでした。
わたくしは愕然としました。
会っても貰えないほど嫌われてしまったのかと……
「アレクシア様は、わたくしに会って下さらないのですね」
わたくしはお一人で談話室に現れたルイス様を見て、思わず泣き出してしまいました。
「違うよ。マチルダ姫。アリーは君を嫌ってなんかいないよ。君のことを心配しているから私一人で行くように取り計らったんだよ」
アリー?
アレクシア様の愛称ですか?
儀礼に徹していらっしゃるのではないのですか?
「わたくしを心配?」
「そう。ミレイユ姫が来た時に、マチルダ姫の話が出たんだ。アリーは『マチルダ姫が毒を盛ったわけではありません。遅刻しただけで酷いことを言われてお気の毒です』と言っていたよ」
学園では誰も掛けてくれなかったお優しい言葉です。
「アレクシア様はわたくしに怒っていないのですか?」
「怒っていないよ。君たちが無事で良かったとホッとしているよ?」
「わたくしたちが遅刻しなければ、毒の入ったお菓子を食べなくて済んだかもしれないのに?」
「かもしれないの話なら、被害者はウェストリア家を含めた6人だった『かもしれない』もあるんだよ? だからウェストリア家のご家族が無事で良かったって、ホッとしているよ」
アレクシア様はわたくしたち家族の心配までして下さった?
「アレクシア様は、お優しいのですね?」
お父様の親友のダニエル様も、こんな風にお優しい方だったのでしょうか?
「すごく優しいよ。今だって、アリーがいるとマチルダ姫がゆっくり寛げないだろうからって、私だけで行くようにって」
くつろぐ?
テーラ宮殿は令嬢達の戦いの場です。
くつろぐ姫なんて、いませんよ?
「わたくしのため?」
「そう。リリィ姫は直ぐに帰っちゃったから、マチルダ姫にはゆっくりしていって欲しいって。真剣そのものの表情だったから、私は『マチルダ姫とは学年が違うからあんまり話をしたことがないんだよ』って、言えなかったんだ。連れてこなくてごめんね」
アレクシア姫、まさかのおもてなし精神?
目線が既にホスト側ということですね?
「ごめんだなんてそんな! 恐れ多いことです」
「リリィ姫は怒らせちゃったし、ミレイユ姫は沢山話をして帰ったけど、ちっともアリーを見てくれなかったしで、アリーは自信失くしちゃってるんだ」
それって、もしかして……
「アレクシア様はお二人と仲良くなりたかったのですか?」
「そうだよ。二人とも『アレクシア様をお慰めしたい』という申し出だったから通されたのにね」
ルイス様はいつも通りのにこやかなキラキラ皇子様でしたが、その言葉には棘がありました。
「わたくしは、謝りたくて参りましたのに、謝ることが出来ていませんから、おんなじです」
二人よりも更にダメかもしれません。
「うーん。マチルダ姫。本当にお詫びはいらないと思うよ。私は今日はアリーからマチルダ姫を励ますようにとの司令を受けていること、信じてもらえない?」
「アレクシア様はヤキモチを焼きませんか?」
「ヤキモチも何も、アリーは私のことをそういう風に好きじゃないからね」
「え!? ルイス様をお好きでない?」
そんな人が存在するなんて、俄かに信じられませんでした。
この時点では「好きじゃないフリ」作戦が頭を過りました。
ルイス様は「好きじゃないフリ」作戦はスルーなさるので、成功例はありません。
「嫌われてはいないよ? よくお話もするし、大分懐いてくれたし」
懐く?
無菌室の姫は、ルイス様を怖がっていたのですか?
それは、トーマス殿下が気軽に近づけないわけですね。
「えぇっ? アレクシア様はルイス様のお妃様になりたいわけじゃないのですか?」
「これはみんなが知ってるアリーの秘密だから、マチルダ姫には言っちゃうけど、学園で広めないでね。私がバラしたってバレちゃうから」
アレクシア様の秘密?
わたくしはゴクリと息をのみ込み、姿勢を正しました。
「はい」
「アリーはカールが大好きなんだ。褒められたら1日中ニッコニコだし、頭を撫でられたときなんか半日ぐらいポーっとしてた」
「兄君が? そうですか……」
アレクシア姫、まさかのブラコン!
「私は多分、普通だよ」
帝都で一番人気のルイス様が普通!?
「でも、リリィは、アレクシア様がルイス様と手を繋いでいるのを見たと......」
「手は繋いでいるよ。出来るだけいつも。母上が始めたんだけど、私が最初に手を取った時は『えっ、正気!?』って顔されたよ」
まさかのルイス様から!?
そして、正気を疑われたのですか?
そうですね。
わたくしもいきなり男の子が手を繋いで来たら、正気を疑います。
でもルイス様は普通の男の子じゃありませんよ?
「ソフィア様も?」
「母上が『テーラ家はこうよ』って教えてたから、父上も機会があればつなぐんじゃないかな」
「陛下まで!?」
流石にそれはないと思いますわ。
「いつも私が付き添っているから、父上がアリーと手を繋ぐような機会はないけどね」
「ルイス様が付き添っているというのは本当だったんですね?」
「そう。でもあんまり過保護にすると嫌われそうだから、ホドホドに」
「ルイス様が嫌われる.....」
今日は、「まさか!」満載で、ドキドキしてしまいます。
「そうだ。マチルダ姫、庭園を散歩したら元気になるかもしれないよ。今は、バラとカモミール、ラベンダーにアヤメがきれいだよ」
「アレクシア様は、どれがお気に入りなのですか?」
わたくしはアレクシア様のことをもっと知りたくなりました。




