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マチルダ2

 わたくしは、甘かったのです。


 リリィが「よくないもの」だと分かっていながら、傍に置き続けたわたくしが迂闊だったのです。



 リリィがどういうつもりなのかは、分かりません。


 わたくしがカール様との婚約を結べはリリィにとってライバルが一人減って、「皇太子妃の座」争奪戦で繰り上げ2位になれたのに。


 東領のミレイユ様との一騎打ちでは勝てないと思って、わたくしを巻き込み続けたかったのでしょうか?


 それともリリィが「皇太子妃の座」を獲得した時に、勝利の美酒に酔いしれるための舞台装置として、泣き濡れる係が必要だったのでしょうか?


 もしくは、愛されていない北領惣領と別の殿方を好きな姫という惨めなカップルが、愛し合う皇太子と自分をより引き立てるように、ペア戦でも戦っているつもりだったのでしょうか?



 いずれにせよ、わたくしは、これ以上リリィにウェストリア家を傷つけることを許すつもりはありません。

 できることならば、ノーザンブリア家の名誉も守りたい。

 そんな風に思うようになっていました。



 北領領主ダニエル様は、お父様の高等学園からの大親友だったそうです。


 お父様はお兄様を連れてお葬式の為に北領まで足を運びました。


 帰ってからも泣き濡れて、少し痩せてしまいました。


 こんな時は家族といたいと言って、領地に帰らず帝都に滞在することになりました。



 わたくしの初めてのお見合いのお相手は、そんな大事な友人のご子息だったのです。


 わたくしは怒りに震えました。

 わたくしはくやしさに震えました。


 わたくしから心暖かなご縁を奪ったリリィを恨みました。



 リリィがわたくしのドレスをビリビリに破った犯人だということについて、南領サウザンドス家に抗議するのは控えました。


 我がウェストリア家は、北領ノーザンブリア家の当主夫妻を害した黒幕と噂されるようになっており、そんなときに「いいがかり」をつけたと思われるのは得策ではないからです。


 お母様とお父様は、真実を知っています。

 それで十分です。



 わたくしはリリィに気付かれないように距離を置こうとしました。

 しかし、直ぐに気付かれてしまいました。


 戦おうとしてみると、リリィはわたくしが考えていたより遥かに狡猾でした。


 何か言ってくるわけではありません。


 でも、リリィは「あ~あ。おバカな子がとうとう気付いちゃったみたいね」とでも言うように、どこか満足そうに笑って、わたくしとの距離を一定に保ちました。



 わたくしは西領の姫ですから、南領の姫とあからさまな対立関係になった場合、良いことは何もないことが分かっています。


 リリィの「一定の距離」に付き合うしかありません。


 傍目には「仲の良い従姉妹同士」に見える敵対関係です。


 わたくしは今でもリリィを恋しがっていると思われているのですから、この虚飾はよくできていたのだと思います。


 

 その時点で、わたくしがどれほどルイス様をお慕いしていたか、自分でもわかりません。


 お父様がわたくしの為に準備してくれた心暖かな縁談は木っ端みじんに砕け散ってしまいました。


 その上、お見合いの日に相手方が暗殺された縁起の悪い姫になってしまいました。



 わたくしに残された道は「皇太子妃の座」争奪戦ぐらいではないでしょうか?


 そうやって背水の陣に立たされてみると、わたくしが如何に覚悟なく争奪戦に身を置いていたかが分かります。


 なんとなく、いつかはお父様がちゃんとした縁談を持ってきてくれることを期待して、腰かけで面白半分に参加していたことを自覚しました。



 覚悟を持って「皇太子妃の座」争奪戦に身を置いてみると、これまでのようにルイス様に見惚れてふわふわしていてはダメなことがわかります。


 弟君のトーマス様やマイクロフト様、母君のソフィア様にも気に入られる方が良いでしょう。


 東領のミレイユ姫のように、自分をサポートする派閥も必要です。



 一方で、万が一、縁起の悪いわたくしを気に入って下さる奇特な方が出てきてくれた時に、「他の殿方が好きな姫」と誤解されないように、「ルイス様のことが好きな姫」ではなく「ルイス様にふさわしい姫」だと思われなければなりません。


 ルイス様とは、ホドホドの距離感で、姫としての価値を地道に上げてどこからも欲しがられる姫になる必要があるでしょう。



 そんな風にわたくしの進むべき道について考えを深めている時、「皇太子妃の座」争奪戦に意外な動きがありました。


 リリィがほぼ再起不能だと思われるレベルに自滅したのです。



「北領の悪姫アレクシアが、ルイス様を誑かしている」


 帝立学園の初等科でテーラ宮殿に預けられている北領のアレクシア姫の悪口を言いふらしたことが、皇后ソフィア様の怒りに触れ、お家の判断で退学させられ、領地へ戻されたのです。


 リリィは、わざわざ学年が下のわたくしのところまで来て喚き散らしたので、わたくしの学年でもアレクシア様は「ズルをしてルイス様に構ってもらっている悪い姫」との印象がつきました。


 ズルとは?


 疑問に思うでしょうから、整理しておきましょう。



 リリィが激昂した時、ルイス様が学園をお休みになられている期間が1ヶ月以上になっていました。


「アレクシア姫の兄君が意識を回復されたのであれば、ルイス様は学園に復帰なさっても良いはずです」


 リリィ個人の意見でしかありませんが、子供たちには説得力を持って受け入れられました。


 そして、アレクシア姫は必要以上にルイス様を引き留める為に「何かズルをしている」と考えられるようになりました。



 リリィは、2つ下の学年のトーマス殿下に会いに行って「アレクシア姫の子守を交代して差し上げろ」と交渉しました。


「アレクシア姫は『無菌室の姫』と呼ばれているほどに大切に育てられた姫で、誰でもお傍に侍って良い方ではないから自分はお目に掛かったことがない」


 帝室の第2皇子は、自らを「ばい菌」扱いしていました。


 アレクシア姫の圧倒的お姫様感に皆が打ちのめされました。



 めげないリリィは、「年齢が同じトーマス殿下の方が話があうはずだ」と食い下がりました。


「アレクシア姫は、カール様が目をお覚ましになるまで『北領領主』と同等の貴人だった。帝室では皇后と皇太子が二人で『おもてなし』しているのであって、そもそも『子守』という表現は適切でない」


 トーマス殿下は、リリィに冷たい視線を向けた後、「私に君の父君を接待させれば、南領は蔑ろにされたとキレるんじゃないか?」と締めくくり、リリィを追い払ったそうです。


 アレクシア姫の圧倒的な貴人感に皆が更に打ちのめされました。



 お姫様であることや貴人であることはズルではありません。


「自分の立場を利用して、ルイス様に手を繋いでもらって、二人きりでお散歩していたのよ!」


 これまで誰も隣を歩いたことがありませんでした。

 これまで誰も手を繋いだことがありませんでした。

 これまで誰も二人きりで過ごしたことがありませんでした。


 リリィは、ルイス様がアレクシア姫をお好きだという可能性を考えたくありません。


 ルイス様はこれまで潔癖なまでに他人との距離感に気を使ってきた方です。

 わたくしも違和感を感じました。 


 その結果、アレクシア姫が立場を利用してルイス様に言うことを聞かせるズルをしたことになりました。


 声が大きいリリィがそう主張すると正しいような気がしてくるから不思議です。



 アレクシア姫は学園で悪者になりました。


 しかし、このことでソフィア様から南領公邸に苦情が入り、事態の深刻さを鑑みた南領当主はリリィを退学させ、領地に戻しました。


 南領は迅速で、わたくしはご挨拶をする機会もなく、リリィは学園から消えました。


 学園の生徒は事情を知りません。


 北領のアレクシア姫の悪口を言ったら、南領のリリィ姫が学園から消えたことに恐怖しました。



 わたくしは知っていました。

 リリィは「新参者」や「立場を利用してズルをした」とは言ったけれども、「泥棒猫」や「女狐」はミレイユ姫の周りの令嬢達が少しずつ足していった言葉で、リリィ自身の言葉ではないと。


 でも、わたくしは庇いませんでした。


 わたくしに罠を掛けたリリィが、他の方の罠にかかっただけです。


 わたくしはそういう世界からは身を引きました。



 リリィは、再起不能に見えました。


 そして「皇太子妃の座」争奪戦は、東領のミレイユ姫と西領のわたくしの一騎打ちの形となりました。


 学園の生徒たちは、アレクシア姫は立場を利用してルイス様が普段は絶対にしないことをさせたのだから、ルイス様はこの姫のことが大嫌いなハズだと思い込んでいましたから「圏外」のままです。



 次の一手を打ったのは、ミレイユ様でした。

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