マチルダ1
「リリィ様がいらっしゃれば、ミレイユ様なんて蹴散らしてくれたでしょうに!」
わたくしの取り巻きが、わたくしの気持ちを代弁しようとして、そのように憤っていました。
リリィは、わたくしの1つ年上の従姉で、南領サウザンドス家の一の姫でした。
2年前のサウザーン陥落の折、帰らぬ人となりました。
取り巻き達は、わたくしがリリィを亡くしてからずっと落ち込んでいると思って、今でもリリィの名前を出すのですが……
わたくしは内心複雑です。
学園の西領派閥の学生の中には、ミレイユ様に対して何の抵抗も示さないわたくしを、戦意喪失していると言って、もどかしく思う者もいます。
そして、戦意喪失したわたくしを心配してくれる者も……
でも、残念なことに、リリィが亡くなる随分前からわたくしには戦意が無かったことに気づいている者はいません。
そのことは、わたくしには真に友人と呼べる人がいない事実をわたくしに突きつけます。
わたくしは、リリィを失ったことで沈んでいるわけではありません。
誰も友人がいないことが悲しく、誰も友人がいないことに落ち込んでいるのです。
リリィが亡くなるずっと前から……
リリィが存命の頃、帝都の帝立学園には「皇太子妃の座」争奪戦と呼ばれる泥仕合がありました。
言い方?
いえ、あれは、正しく「泥仕合」でした。
互いの弱点をつつき合い、秘密があれば暴き、悪口を言い合う、醜いとしか言いようのない争いでした。
皇太子妃の最有力候補と目されていたのは、常に東領の姫ミレイユ様でした。
西領の姫であるわたくしマチルダは万年2番手で、南領の姫で従姉のリリィは万年3番手です。
この他、北領のアレクシア姫とリリィの妹のライラ姫がいらっしゃいましたが、領地から出てこないので「圏外」と見なされていました。
ミレイユ姫は、よく言えば知的で聡明、悪く言えば暗い。
深い藍色の髪に紫色の神秘的な瞳が静謐な夜を照らす月のような美姫です。
対してリリィは、よく言えば求心力があり溌溂、悪く言えば煩い。
明るいオレンジ色の瞳に真っ赤な髪で顔立ちのハッキリとした圧倒的な存在感を誇る美人さんでした。
わたくしは、その中間。金色の髪に深めの青い瞳で、かわいい系。
お姫様っぷりで言えば一番で、最もクセがない姫です。
お母さまが南領の姫だったので、血筋で言えば最良というところでしょうか?
基本スペックは最も良いわたくしが万年2位な理由は2つ。
1つ目は有名な恋物語の一節の影響です。
立ち並ぶ姿は太陽と月。
この有名なフレーズが、キラキラと輝くルイス様と静けさを湛えるミレイユ様に合致してしまい、皆の印象が良かったのです。
わたくしの知る限り、ルイス様は誰とも立ち並んだことはありません。
ルイス様と立ち並んでいるのはいつもわたくしの兄で、西領惣領のクリストファーでした。
ルイス様は、同じ学年のリリィとミレイユ様と「相い対し」て言葉を交わすことはありましたが、決してお隣に立たせたり、共に歩いたりしたことはなかったのです。
1学年下のわたくしは学園で直接お話させていただく機会は殆どありません。
遊園会などで、兄越しに横に立たせてもらったり、兄付きで共に歩いたりすることはあっても、わたくしとルイス様が単独で立ち並んだり共に歩いたりすることはありませんでした。
とても慎重なお方なのです。
しかし、そのことが有象無象たちに十分に理解されておらず、物語とごっちゃにされてしまっているのは残念なことです。
そして、わたくしが「皇太子妃の座」争奪戦で万年2番手である2つ目の理由は、従姉でなければ知りえないわたくしの「弱点」をつつき、「秘密」を暴き、「悪口」に変えるリリィの存在です。
わたくしは気付いていました。
リリィはわたくしにとって「あまり良くない存在」であることに。
でも、あの事件までは、わたくし自身に他愛のない弱点と小さな秘密しか無かったことで、目をつぶってやり過ごすことが出来る範囲でした。
わたくしの初めてのお見合いの前日に、リリィがわたくしのお見合い用のドレスをビリビリに破ってしまったことだって、西領一家がお見合いに遅刻するだけであれば、ウェストリア家からサウザンドス家に抗議を入れるだけで済ませてしまったかもしれません。
わたくしも悪いのです。
お見合い相手のノーザンブリア家をイメージした水色のシフォンドレスに初めて身に着けるお母様とお揃いのウェストリア家の山吹色の斜め掛けのサッシュの組み合わせがとても可愛くて、リリィに見せびらかしてしまったのですから。
お見合い自体はどうでもよかった、とまでは言いませんが、わたくしも西領の姫です。
いつまでもキラキラ皇子様を追いかけてばかりはいられません。
ふんわりとして暖かなお日様のようなルイス様が大好きでした。
でも、この太陽には将来的に並び立つ予定の月がいたのです。
それならばわたくしは自分の道を進むしかないでしょう?
「マチルダの裏切り者!」
わたくしがルイス様以外の殿方とのお見合いを受けいれていることは、リリィにとっては許しがたい裏切りだったのでしょう。
リリィは、既にお見合いを蹴りまくっていましたから、わたくしにも同じことを期待しました。
物凄く怒って、大きな声で怒鳴り散らして帰ったので、お友達関係もそろそろ限界かしらと思い始めたところでした。
「あの水色のドレスがいいのです! わたくしの初めての戦闘服なのです!! サッシュは? お母様とお揃いのサッシュはどこですか?」
翌日、侍女たちが水色のドレスを着せてくれないことを訝しんだわたくしは、着替えるのを断固拒否しました。
わたくしが他のドレスを断固拒否しているのを目にしたお母様は、仕方なく侍女に命じてドレスとサッシュの残骸をわたくしに見せました。
怒って帰っただけだと思っていた従姉は、ノーザンブリア家の色のドレスとウェストリア家の色のサッシュをビリビリに破っていました。
手では破れませんから、他人の家で道具を探して、それを使ってまで破いたのですから、相当な執念を感じます。
わたくしは大泣きしてしまい、わたくしたちはお見合いに遅刻し、ノーザンブリア家のご夫妻はわたくし達を待つ間に食した茶菓子に入っていた毒に倒れました。
お見合い相手のカール様は一命をとりとめたものの、意識不明の状態が長く続きました。
学園では、いかにもわたくしを心配したような顔をしたリリィが、わたくしがドレスをビリビリに破ったのが遅刻の原因だったと言いふらしました。
ドレスをビリビリに破ったのはわたくしではありません。リリィです。
当日ではなく、前日です。
しかし同時に、理解していました。
真実を言っても誰も信じてくれないだろうことを。
わたくしはこの時初めてリリィを敵と認定しました。




