クリストファー10
文化祭以降、アレクシアは、ミレイユ姫を追い払った状態のルイスと学園を散歩することが1~2度あった。
少し距離を取ってただ横を歩くだけの「並び歩く1型」だ。
しかし、ルイスは普段、側に置く者の選定に慎重で、男性であっても私か側近候補の数名としか並んで歩いたりしなかったので、北領の平民でしかも近衛が皇太子の横を歩くことが少し問題となった。
近衛なのに主人クラスの人物の横を歩くのはマナー違反だ。
それで仕方なくアルの正体がアリスター・アルキオネ伯爵であることを漏らすことになった。
南領紛争の功績で叙爵された伯爵自身だったら、皇太子の横を歩いても不思議ではないのだ。
この時、アリスター・アルキオネ伯爵は、南領紛争の折、東の森に視察に来た皇帝アルバートのチェスの弟子になったとか、陣中見舞いに来た東領総領シオンにチェスで勝ったなどの逸話が公開され、ルイスは顔をへにょりと歪めていた。
「チェスは兄様としか打ちませんって言ってたじゃないか~」
ルイスはアレクシアとチェスを打ったことがないらしい。
私の話はしないことにしようと心に決めた。
いや、私は一応「兄様」の一種なのでセーフか?
アリスターには、他にも裏設定がいくつもある。
マチルダに聞かれたときに全部教えてしまったが、公開していない設定も多いので、早まったかもしれない。
そうして1年が経ち、学園の雰囲気も大分よくなったので、マチルダの入学式を確認した後、私は地下に潜ることにした。
マチルダとカール殿の立ち姿はなかなか様になっていた。
初日からいい雰囲気だったように見えたので、後は流れに任せれば成るものが成るだろう。
なるほど父とダニエル様の見立ては悪くなかったのだな。
マチルダを望んでくれたダニエル様とカレン様の為にも、この縁が上手く行ってくれればと願っている。
無国籍軍事集団が神官や聖女たちに作らせていた魅了薬が爆薬、向精神薬の中間体として便利に利用されていることが分かってきた。
もちろんそのまま飲めば魅了薬として利用できる。
飲まないが。
しかし、その製造、流通、販売網については、実際に地下に潜ってみないと分かりにくい。
私は魔眼持ちで観察力が高く、表情やしぐさなどから読み取れる情報が多いので、自分で潜った方が早い気がして、帝室、西領、北領の合同作戦の地下部隊に立候補した。
帝室からはトーマス殿下が入るようだ。
彼はここ1年で随分よい表情をするようになった。
それにテーラ家の男だが、うさん臭くない。
地下で人を探しているらしい。
アリスティア・ポラリスとジーナ・マイア。
前者に心当たりがありすぎて笑った。
【本当の兄様から面白い方の妹へ テーラ家の次男がアリスティア・ポラリスとジーナ・マイアを探すために地下に潜るそうだ。彼はいい奴だから、イタズラはほどほどに 読後焼却は任意】
【面白い方の妹から本当の兄様へ 二人は北領の隠密だ。地下にはいない。アリスティアはまだやることがある。ジーナは反応を見てみる トミーはいい奴だ 読後焼却は任意】
ジーナ・マイアは、元雑兵たちが「お嬢」と呼ぶ存在だろうか?
マイアは、アレクシア紋の個人意匠のプレアデス星団の星の1つだから、アレクシア関係者であることは間違いないだろう。
「一人はリーダー格で強敵になっているでしょう。もう一人は巻き込まれているだけなら救いたい」
トーマス殿下はこの2人を裏社会の存在だと思っており、そのように表現した。
北領から譲り受けた元雑兵たちの話では、地下活動中のお嬢は姫を追い返すのだから、トーマス殿下がリーダー格だと思った方がお嬢で、巻き込まれていると思ったのがアレクシアか?
元雑兵たちは、南領紛争の後、北領に帰らなかった。
「姫の城に『皇子様』が入ってから、お嬢は気が立っていて怖いんでさぁ。しばらく若のところにおいてくださいやし」
姫の城とは、アレクシアの封地の研究地区のことだろう。
おかしなことを言うと思って、調べたら、臨時主席研究員の幽霊はマイクロフト殿下だった。
ルカの話では、マイクロフト殿下はかなりの目利きで、南領紛争の間、移民たちの受け入れを支えたのは彼の領地運用手腕らしい。
研究区域の皆から愛されて、住民たちから永住してほしいと望まれているとも聞いた。
南領から北領まで運んだ臭いものが魅了薬を回復薬に変える触媒効果を持つらしく、幽霊はそれを発見した功績で子爵位を賜るとも聞く。
マイクロフト殿下、よさそうだぞ?
ルイスはアレクシアを妃にしたいのに、アルバート陛下はマイクロフト殿下をアレクシアの封地にいれた?
テーラ家が推しているのはマイクロフト殿下なのか?
トーマス殿下はどこまで事情を知った上で「アリスティア・ポラリス」を探しているのか……
もしかして、3人でアレクシアを取り合っているとかじゃないよな?
あいつらキモいから、ないとは言えない。
そりゃぁ、お嬢も気が立つだろう。
「お嬢は姫がかわいくて仕方がないんでさぁ。皇子様が来るとき自分と姫の荷物を姫の城から自分の家に移して手元に置いてんですよ。ちゃっかりしてらぁ。しししっ」
ルカの婚約者のマギーの口癖は「アレクシアは、どこにも、お嫁にあげません」だ。
今のところ、北領目線でアレクシアの夫にふさわしいと思われる人物はいないようだが、全てはカール次第だろう。
ところで、この元雑兵達が西領に定住してしまわないか、少々心配になってきた。
「クリス、子分たち、元気に頑張っている?」
父は、元雑兵達から「親分」と呼ばれて喜んでいる。
母も、「姐さん」と慕われて喜んでいる。
母は、南領の姫だっただけあって、リリィほどではないがくっきりはっきりした顔で「何故かついて行きたくなる」魅力を持っているからタチが悪い。
そもそも昔から極右の危険思想家だと誤解されているのに、それっぽい子分ができたら最悪だ。
お姫様といえば西領、の名門ブランドがズタズタになるからやめて欲しい。
それにウェストリア家は基本的にテーラ家が好きではない。
決して心棒者ではないのだ。
誤解の原因は、テーラ皇帝アルバートがソフィア妃と成婚した頃に、世界の未来を憂いて父が提唱した「帝室一強論」のせいだ。
「ルイスの治世が始まる前に北領を綺麗にしておくのが、私と妹の目標でね。その後は、まだ決めてない。西公の『帝室一強論』に乗ってもいいと思ったりしている」
南領紛争の時にカールがそう言ったらしく、ルカから詳しく教えて欲しいと言われてギョッとした。
ルカはルカで思うところがあるらしいが、あれは4領の領主たちが一斉に自治権を帝室に返し、世界を一元管理してはどうかとの提案だった。
北領総領のダニエル様は「それいいね」で、南領総領ロータス様は「父上は皆がそうするならウチもそうするって言ってる」だった。
「じゃぁ、東領にも聞いてみる?」となった頃に、東領の領主夫妻が転落事故死してしまって、父やダニエル様より5才も年下のスミレ様が急遽領主に就任することになった。
「忙しそうだね?」
「落ち着いてからにしようか?」
そんな風にのんびり構えていたら、北領と東領が領交断絶の冷戦状態になって、うやむやになった。
テーラ皇帝アルバートが「帝室一強論」を嫌がって父を危険思想家に仕立て上げたから、帝室は西領と北領にますます嫌われることになった。
西領と北領は、帝室と仲が良くない。
対立はしていないし、対立する気もないが、馬が合わない。
これだけは確かだ。




