クリストファー9
「アレクシアは兄君至上主義だから、まずはカールの縁談が片付くまで、自分のことは後回しにしているだけじゃないのか?」
アレクシアがルイスのことをどう思っているのか全く分からないが、既にテーラ家に囲い込まれている。
ルイスは「愛されていない」と言っているが、あの子が好きでもない男の家に黙って囲い込まれるかな?
「それに、アリーはカールが嫁げと言ったところに嫁ぐだろう? カールが選ぶ相手は幼い頃から親しくしている君かもしれない」
「カールがマチルダを娶ればそうはならないだろう? こっちに協力すればいい」
このご時世、兄妹揃って同じ家と結ぶような政略はあり得ない。
「協力しているじゃないか? 東領から北領に縁談が行かないようにミレイユ姫が宮殿に留まることを許している」
アレクシアは、かつて「北領は既に占領下だ」と書いていたが、それは東領が北領領主代行を操っていることを示していた。
しかし、アレクシアの断行した「大粛清」で、領主代行は力を失ったはずだ。
潰された貴族たちはこぞって東へ向かったと聞いているし、東領の北領における影響力は弱まっている。
東領が次に考えることは、婚約者の決まっていないカールにミレイユ姫を当てがって北領に対する影響力を取り戻すことだろう。
だが、ルイスの妻になれるならそっちがいいということなのか、ミレイユ姫は帝室から追い出されるまではテーラ宮殿に居座るつもりのようにみえる。
ルイスは、ミレイユ姫に「並び立つ」ことは許していないが、「後ろに控える」ことを許していることで、ミレイユ姫とカールとの縁談を遅らせようとしているってことか?
テーラ家が考えそうな煩わしい遅延策だ。
「あれは、そういうことだったのか。アレクシアは君の意図を知っているのか?」
「多分ね。アリーがマチルダ姫を見に来たとき、カールの嫁取り計画に協力すると約束したから」
「それを教えてもらえているんだったら、少なくとも嫌われてはいないだろう。デコチューしても電撃をくらわなかったようだし。でもミレイユ姫の件は、きちんと言葉にして伝えておいた方がいいだろう」
「電撃?」
「そのうちわかるよ」
東の森でアレクシアにつけていた近衛によると、アレクシアは触れようとする人間を電撃で昏倒させる。
その時点で、昏倒させられないことが確認されていたのは、カール、ルイス、ブリタニー老夫妻と英雄アリスターに恋に落ちて綺麗にフラれた「南領の乙女」だけだった。
後にダンスのペアを組んで、私も昏倒させられないことが分かったが、アレクシアは学園でも男女問わず触れようとするものを容赦なく昏倒させた。
男装していたから、触れようとするものは女性が多かった。
でも「肩についた埃を取ってあげようと思っただけなのです」なんて理由は、北領近衛アルには通用しなかった
立ち眩みを装ってアルにしな垂れかかろうとした女子生徒は、アルに触れることなく、本当に倒れた。
アルはそれで何枚反省文を書いたか知れない。
あまりにも強烈な個性に、すぐに学園で知らぬものはいない存在となった。
しかし、不思議と人気があった。
北領の近衛、アル、マギー、ルカの三人は放課後、カフェテラスのポーチで優雅にお茶をする。
そこにポツポツ人が寄るようになった。
アレクシアの話では、マギーは北領令嬢達を束ねているドンなのだとか。
ルカとアレクシアは、横に座ってマギー先生のコミュ力講座を受けている感覚のようだった。
ルカとアルという二人のイケメンを侍らせていても女性の敵を作らないマギーは本当に淑女力が高いのだと思う。
でも人気が高かったのは、圧倒的にアルだった。
アレクシアは女性としてのかわいさはマチルダに劣るが、男装したらイケメンだった。
最初は女性のファンが多かった。
電撃のヤバい奴だが、絶対に手を出してこない超安全圏の観賞用イケメンだ。
物腰も優雅で美しい。
そりゃそうだ。中身は皇太子妃に適格の北領の姫なのだから。
言動は北領の姫のまんまだが、平民を装う様になって「クソ」という口癖を採用しただけでグッと平民ぽくなっていた。
ルイスのことは「クソ皇太子」と呼んでいた。
なかなかしっくりくる思う。
本人も何故か喜んでいた。
因みにそう呼び始めたのは、マギーだそうだ。
いろいろと複雑だ。
ルカこと従兄のマグノリアは婚約者のマギーがキラキラ皇太子ルイスを毛嫌いしていることに心底安堵している。
ルイスのキラキラ具合に心を持って行かれる令嬢たちは多いから、まあ、分からんでもない。
しかしマギーは時折、男装姿のアレクシアを見て頬を赤らめているらしい。
心底、いろいろ複雑だ。
私は関わりたくないから、お茶会には参加しない。
マギー、アル、ルカのティータイムは、お悩み相談所として活況となっていった。
3人は北領の近衛だと明かしているのに、自領の秘密や自家の秘密をしゃべって帰るんだから、頭がおかしいとアレクシアは笑っていた。
このお茶会は、東領一強になっている学園の派閥構造を崩すのに大いに貢献した。
アレクシアはそれ以外にも私とタッグを組んで、東領勢に強い牽制を入れたりすることもあり、なかなか楽しそうに過ごしていたし、私も楽しかった。
おもしろくないのは、ミレイユ姫の抑えの役のルイスだ。
半年ほど経ったころ、ルイスは宮殿の庭で巨大なクマのぬいぐるみをお腹に乗せてお昼寝している姿をミレイユ姫に見せた。
ミレイユ姫は「わたくしはルイス様のプライベートのお可愛らしい姿を見ることができる立場ですのよ!」とばかりに、ぬいぐるみ事件を学園で広めた。
そのクマのぬいぐるみの名前は「アリー」という。
アレクシアとソフィア様とお揃いだ。
正式には「アルバート・ジュニア」だそうだが、ルイスにとってはアレクシアの「アリー」だろう。
アレクシアは、ルイスからの特大の「寂しいです」というメッセージを受けて、文化祭最終日にキャンプファイアーを囲んだダンスの相手をしてやっていた。
ルイスが「アル、君、女性パート踊れるよね?」と言ってムリヤリ引っ張って行っただけともいう。
ラストダンスを踊ると結ばれるというジンクスがあるらしい。
二人が躍ったのはラストダンスではなかったが、ご利益はあるだろうか?
遠目にはいつも通り、アルが微妙に嫌がって、ルイスがそれを楽しんでいるように見えた。
でも会話を聞けば意外とラブラブなことを話しているかもしれない。
ルイスはアルとしか踊らなかった。
ミレイユ姫とは踊らなかった。
私は色々バレそうでハラハラしたが「皇族は皆に気を使って男と踊ることにしたんだな?」などと良い風に解釈されていた。
ホッとした。




