クリストファー5
17名の近衛たちは、アレクシアと共に最初の難民を連れて南領から北領までの避難路という名の小さな獣道を作りながら、北領周りで帰ってきた。
アリスター・ノーリスは、後に「英雄」などともてはやされているが、最初は靴擦れの痛さに涙が出たし、一番歩くのが遅いし、あまり長い距離歩けないしで、大変足手まといだった。
しかし、アリスターがしょぼすぎたことで、以降の全ての避難民にとって無理のない旅程が組まれることになった。
英雄アリスター・ノーリスは、ゆったり優雅に錫杖を構えてシールドを張ったことで有名だが、山歩きが苦手過ぎて、歩行を補助する「杖」が必要だっただけだ。
山歩きは最後まで苦手で、後半は避難路の中間地点で広域シールドを張る技術を磨いてあまり歩かないで良いようにした。
英雄アリスター・ノーリスは、電撃で殺してしまった野獣を捌いて食べさせようとした近衛に「命を粗末にしてはいけません。食べなさい」と叱られて、泣きながら食べた。
野獣を食べるのも最後まで嫌いで、威嚇電撃、昏倒電撃など、捌いて食べなくて済む技術を磨きに磨いた。
英雄アリスター・ノーリスは、全員の安全が確認されるまで絶対にシールドを解かない「鉄壁」で有名だが、最初は魔物が怖すぎてシールドが解除できず、何度も「もう大丈夫ですよ」と宥められてようやく解除しただけだ。
父上が送った20人の近衛たちが最も誇りに思っていることは、この「へたれアリスター」をいい塩梅に「英雄」っぽく虚飾することに成功したことだ。
私自身も大変誇りに思っている。
恐らく、ある程度は、本当に英雄っぽい度胸が身についたと思うが、実態は殆どが最後まで虚飾のままだったんじゃないかと想像している。
父上は最初に送り返された17名の近衛たちが帰ってきた後、それらの近衛たちを再び南領に入れてカールとアレクシアの支援をさせた。
近衛たちには黒衣と南領平民の身分証が支給されていた。
そして、それらの身分証の裏には、今まで見たことがない帝室の魔紋が刻印されていた。
ルイスの紋章の太陽の部分が星に置き換わっている。
まだ公になっていない「皇太子妃」の紋なのではないか?
テーラ皇帝アルバートが、皇太子妃の近衛に身分証を支給したのだとすれば……
アレクシアはもう帝室から逃げられないだろう。
魔眼持ちのアレクシアもその刻印に気付いているはずだ。
ウェストリア家にテーラ家の嫁を取られないようにわざわざ魔法紋をつけて渡したのだ。
「アルバート、ほんとキモい」
父はぶすくれてはいたが、泣いてはいなかった。
面白い方の娘が大切にしてもらえていることを知って、少しは安心したのだろう。
西領は南領に西領の正規軍を入れることはしていないが、南領平民の身分証を貰ったウェストリア家の近衛たちを通じて南領の様子を知ることができるようになった。
近衛たちは、南領側から避難路に入り避難民を警護しながら北領側に抜けて西領に戻るワールドツアーを繰り返すうち、このヘタレな英雄をかわいくて仕方ないと思うようになっていった。
西領の近衛たちは、かわいい方の妹は愛でているが、おもしろい方の妹は愛している。
いなくなると探しに行きたがるから、失踪、雲隠れ、死亡偽装はやめて欲しい。
アレクシアは、カールが北領に帰還する直前に大粛清を決行した。
アレクシアの名のもとに、北領貴族の4分の1が、反逆罪で死罪、幽閉、除籍のいずれかの処分を受けた。
この決定は、同日中に帝国公印で承認が下りた。
アルバート陛下か同等の権限を持つものがその場にいたということだ。
テーラ家の男は本当に気味が悪い。
この周到さに北領貴族たちは見えない帝国兵の存在を感じて怯えた。
数日後、カールが帰還して、ゆったりまったりの恩赦審議が始まった。
アレクシア姫は表向き毎朝朝議に出た後は引きこもっていただけの罪のない姫だ。
「何の罪で妹を処刑したと帝室に報告するつもりだったのか?」
カールが聞くべきことはそれだけだった。
アレクシアがやったことは全く持ってかわいくない。
だが「実の兄様」へ向けた献身は、けなげでかわいいと言えなくもない。
兄の帰還後、自分の封地に戻ったアレクシアは、西領の近衛を帰還させる際に、私宛の密書を預けた。
【面白いの妹から本当の兄様へ 老人二人と子供一人と猛烈に臭い荷物20KGに西領内を南から北へ抜けさせてください 読後焼却のこと】
老人二人はブリタニー老夫妻、皇妃ソフィア様の実の両親だ。
子供一人はアレクシア。
3人で採取した猛烈に臭い草を20KGを異臭騒ぎを起こさずに運びたい。
氷結魔法が使えると匂いが軽減されるので、氷結魔術師を2人程貸してくれると嬉しい。
あんまり歩きたくないから、馬を貸してくれると、物凄く嬉しい。
と言うことらしい。
ん? どういうことだ?
【本当の兄様から面白い方の妹へ 迎えに行く 読後焼却のこと】
とりあえず指定された日に氷結魔法の使い手を2人連れて、南領国境まで迎えに行ったら馬が近づくのを拒否するほどの悪臭がした。
西領ウェストリア家の得意魔法は風魔法だ。
申し訳ないがこちら側が風上の常時送風にして匂いを飛ばさせてもらった。
指示通り荷物に氷結魔法を掛けると匂いは軽減した。
でも、常時送風はそのままにさせてもらった。
服などに染みついた匂いだけで鼻がもげそうだった。
「このにおい成分は揮発性が高いから、ホントは冬に摘みたかったの……」
北領軍は既に南領から撤退しており、南領は帝室管理になっている。
冬に再び再入国するのは難しいだろう。
「いや、いいよ。君が無事でよかった」
7才の時カーナの足にしがみついていた幼稚な姫は、13才の少年に変貌を遂げていた。
会うのは6年ぶり2回目なのに、距離感がマチルダと同じ「妹枠」で不思議な感覚だった。
マチルダのような圧倒的なかわいらしさはないが、可憐と呼ばれる系統なんだろうと思う。
マチルダ、リリィ、アレクシア、ミレイユ姫を横に並べたら、多分一番地味だし、一番おっとりしているし、一番色素が薄い。
でも、それなりに需要がある顔なのではないか?
例えば、ルイスから。
但し、ルイスの隣に並べて見栄えがいいのは、リリィ、マチルダ、ミレイユ姫、アレクシアの順ではなかろうか?
いや、アレクシアは年齢的にはリリィの妹のライラと同じだから、ここに並べるのが間違っているのか?
ルイスはブロンドに明るい緑色の瞳で、キラキラしているし、オーラ的なものもキラキラしているから、並び立つなら、ぱぁっと明るい雰囲気のリリィが似合いそうだ。
高等部に全員が揃ってキャンキャン言っている姿を思い浮かべて、悲しくなった。
一番声が大きかっただろうリリィが亡くなったのはとても残念だ。
リリィがアレクシアをいじめて、アレクシアと仲良しのライラが「リリィ姉様~、わたくしのお友達に意地悪なことを言うのはおやめください~」とか何とかふんわり噛みつくような未来はもう来ないのだ。
南領の治安が安定したら、マチルダと一緒に墓参りに行きたいな。




