マグノリア10
西領総領クリストファーと北領近衛アルの親しさは、ダンスレッスンのパートナー決めの際により明確に表に出された。
「クリス、ペアお願いできる? 私はカール様の近衛志望だけど、今はまだアレクシア姫の影武者任務の方が多いから女性パートを練習したい」
私たちの入った上位クラスは、男子生徒の数が多く、男性同士のペアがいくつかできる。
普通は男性同士のペアは嫌がるものだが、アルは初動でクリストファーに申し込んだ。
アルが本当は男性パートを踊ったことがないことを察したクリストファー「ふはっ」と笑った。
このクリストファーの「ふはっ」が、クラスのどよめきを呼んだ。
西領ウェストリア家の子女たちは初等部の頃から帝立学園に通っており、ルイスと共に行動することが多かったクリストファーは有名人だが、この男が笑っているところは滅多に見られないらしい。
南領紛争の間、領地に帰っている間に明るくなったと好意的に見られているようだが、私とマギーにとっては笑い事ではない。
皇太子妃候補である北領の姫が西領の公子と仲良しなのだ。
気まずい。
「えらくオープンな影武者だな。よかろう」
クリストファーは、ルイスがアレクシア姫にご執心なことを知らないのか、軽く受けた。
帝室と西領の間に戦争が起きそうな気がして、冷や汗が出た。
「こら。疲れたからと言って、ホールにへたり込む姫があるか。迷惑になるから立ちなさい」
「うっ。君のその虫けらを見るような目、懐かしくて涙が出そうだよ」
「ふはっ。涙が出そうなのは、体力がなくてきついからだろう。その分じゃカール殿の近衛は遠いな」
「いえっ。そんなことはありません! シャキーン」
「よし、その調子だ。椅子までエスコートしてやる。歩け、アレクシア姫もどき、休憩だ」
「イェス サー!」
この西領総領と北領近衛の関係に甘さはない。
ダンス中に手が触れる以外で触れることは決してない。
上司と部下のようであり、長年の友人のようであり、兄と弟のようだ。
やり取りはコミカルで、クラスメイト達は密かに聞き耳を立てている。
帝国式、西領式、北領式、南領式の順に課題曲の動きを確認して、東領式に入る前にアルがヘタれる。
クラスのカリキュラムは帝国式のみだ。
だが、この2人は、東領式をハブるためにわざと他の領の典礼を確認するのだ。
西領の惣領と北領の姫の影武者が他領に招待されたときの為に他の領の典礼を学んでも違和感がないだけに、二人が「東領には絶対行かない!」と言っているようで、ピリピリする。
アルは、中身が姫だけあって、ダンスは上手い。
男装で足さばきが見やすいから、二人の練習風景を参考にしようとする観察者も多い。
ただ、近衛にしては持久力がない。
この点については、他の学生達からも「その分じゃカール様の近衛は遠いな」とクリストファーのモノマネで揶揄われている。
マギーは2曲ごとに休憩を入れる。
4曲続けて踊ることができる姫は少ないだろうから、姫にしてはかなり頑張っていると言える。
この冗談を取ってみても、クリストファーがアルを男扱いしてビシビシ鍛えて見せることで、正体がバレにくいように工夫していることが分かって、二人の共闘関係は本当の信頼関係の上に成り立っていることが伝わってくる。
そして、この2人の遠慮のないやり取りを見て、西領を見直す動きが出てきた。
もし、北領当主暗殺の黒幕が西領なら、アレクシア姫の影武者を務める近衛が西領総領に対し、このように親し気に接することはないだろう。
入学式の後でクリストファーとカールが雑談していたのも注目を浴びていた。
北領と西領は、親し気にみえるのだ。
この上、私が南領公子マグノリアだとわかったら……
北領、西領、南領は仲が良く、揃って東領を避けているという図柄があまりにも明白になりすぎるかもしれない。
アレクシア姫もクリストファーも、学園に入った目的は「露払い」だ。
カール、マチルダ姫、マギー、そして私が学園で肩身の狭い思いをしないようにと、北領と西領生徒の学園環境をよくするための共闘だ。
本人たちは、身を捨てている。
二人ともそれぞれ他にやりたいことがあり、在学期間も1年までと期限を決めていたこともあって、二人してテンポよく学園のアチコチで東領生徒たちの横暴をぶっ潰しまくっていた。
一方、ルイスの方は、東領のミレイユ姫のお守りで、ダンスもミレイユ姫とペアを組んでいる。
気まずい。
南領領主一家の断絶後、帝室、北領、西領、東領は、一族の全滅を避けるため、家族を分散させ、南領紛争終結と共に分散を解除した。
しかし、東領のミレイユ姫は、帝都の東領公邸に戻らず、テーラ宮殿に居座っている。
しかも常にルイス後ろをついて回るので、皇太子の婚約者だと思われている。
帝立学園は、高等部も、中等部も、初等部も、東領一強となっている。
北領貴族は帝都から引き揚げ、南領貴族は殆ど存在しなくなった。
西領貴族は一連の事件の黒幕だと噂され縮こまり、帝国領の貴族は難を逃れるために黙している。
ルイスは高等部でも令嬢たちの憧れの的だが、ミレイユ姫に遠慮して誰も近づかない。
東領貴族たちが声高に「ミレイユ様が次の皇太子妃だ」と言っても、反論する人がどこにもいない状態だ。
でも、よく観察すれば、ミレイユ姫が婚約者に内定していることはあり得ないことがわかる。
二人が歩く時に「横並び」ではないからだ。
ミレイユ姫は常に「後ろに控える」で、一歩下がって歩いている。
普通の4領の姫は、たとえ相手が皇族だったとしても、「後ろに控える」のは嫌がって、そんな状況に置かれるならルイスとは歩きたがらないだろう。
個人的にはまだ学生なんだから、連れ歩くなら婚約者じゃなくとも横に置いてやってもいいんじゃないかと思う。
ミレイユ姫に「並び立つ」ことを許さないのが、ルイスの「アレクシア姫との絆」防衛線の最後の砦なのかもしれない。
ミレイユ姫は、最初の週にルイスに対する態度について北領近衛アルを叱りつけた後、手痛い反撃にあった。
「帝室の侍女は北領の近衛が自分の指図に従うと思っているの? 教育を受け直した方がいいよ」
アレクシア姫は、ルイスの「後ろに控える」女性を本当に「帝室の侍女」だと思って、帝室のために親切心でアドバイスしていた。まさか4領の姫が「後ろに控える」ポジションに甘んじているとは思っていなかったのだ。
アレクシア姫以外の人間には痛烈な皮肉にしか映らなかった。
クリストファーは、アレクシア姫本人は皮肉のつもりじゃないことを理解して、姫を庇うためにもっとひどい皮肉を繰り出しながらアルを連れて立ち去った。
「すまないね。この子は常識はあるんだが、帝都に来たばかりで、優先順位が低い人の顔までは覚えきれていないんだ」
クリストファー目線でも、東領の姫が「後ろに控える」に甘んじていることを「非常識」だと思っていることを伝えた上で、ミレイユ姫は優先順位が低いと皮肉ったのだ。
もしかすると、変なのに付きまとわれているルイスを気の毒に思って、剥してやろうとしたのかもしれない。
なにせ、ルイスがこのあと言ったことが一番酷かった。
「ミレイユ姫、二人の言っていることは正しいよ。私は君に「並び立つ」ことを許してあげられないから、君も自分の派閥に戻った方がいいんじゃないかな?」
しかし、この姫は、ガッツがあった。
ルイスからこのように言われた後も、後ろに控え続けた。
リリィ、ライラ、どう思う?
ミレイユ姫はアレクシア姫の不在をいいことにルイスの女房面をし続けた不届き者だと思うか?
それとも、見込みもないのに諦めずに頑張ってるから、報われるべきか?
リリィ、ライラ、君たちが生きていたら……
私はこれからもずっと、君たちに問いかけられずにはいられないだろうけれども、ようやく、ようやく、痛みを伴わずに君たちに問いかけられるようになってきたよ。




