マーガレット2
「アレクシアでございます。お初にお目にかかります。マーガレット姉様」
ご挨拶の作法は、優雅でソツがありません。
まず、合格といたしましょう。
わたくしもご挨拶を終えた後、単刀直入に切り出しました。
「姫様、ルイス様は宗主国テーラの皇太子殿下です。東西南北4領の姫をはじめとするすべての令嬢は、『殿下』の継承をつけて、『ルイス殿下』とお呼びします。たとえ愛称呼びを許されていたとしても、一般の臣民の前で『ルーイ』などと声にすることは許されません」
葬儀と埋葬に参列されたルイス殿下は、聞きしに勝る麗しい皇子様でした。
艶めく金色の髪に、輝く緑色の瞳。
スラっとした立ち姿は、完全無欠の皇子様。
喪服の黒がその美しさを一層引き立てて、幻想的な雰囲気を纏っておられました。
9才にもなって皇子様に手を繋がれないと人前に立てない不出来な北領の姫アレクシアは、北領令嬢達の嘲笑と嫉妬の的でした。
まず、ここを何とかしないとなりません。
「ルーイ? ルーイはどこ? ルーイ! ルーイ!! どこにいるの? ルーイ!?」
わたくしが発した言葉に誘発されたように、泣き出し、泣き叫び始めたアレクシアに、お付きの侍女が「バカ者! 何してくれとるんじゃ~!」とでも言うような表情でわたくしを睨みつけ、大きなクマのぬいぐるみをアレクシアに抱かせました。
え?
わたくし?
「姫様、ルーイは、ここですよ? はい。ギュッとしてくださいませ?」
「この子は、ルーイじゃないわ。『アルバートジュニア』よ。ソフィアが教えてくれたの。ルーイはどこ?」
アルバートジュニア……
アレクシア、貴方はどれほどに無知なのですか?
それは、皇帝アルバート様のご子息と言う意味です。
そこは「ルーイ」で良いところでしょう。
それに、皇后ソフィア様を呼び捨てにするのもやめさせなければ……
「いいえ、姫様、これがルーイですよ? ソフィアは想像上のお友達です。姫様はお父君とお母君が亡くなった悲しみで、想像上のお友達をつくってしまったのです。しっかりなさって?」
「これは、ルーイじゃないわ。カーナ! カーナを呼んで!! ソフィアとルーイのところに連れて行ってもらうわ」
ご両親が亡くなる前からアレクシアについていたカーナという侍女が呼ばれ、残りの全員は人払いされました。
寝かしつけてくれるようです。
この後、わたくしは、ノルディック様からお叱りを受けました。
今、皆で頑張ってルーイはぬいぐるみだと、ソフィアは想像上のお友達だと言い聞かせているところだから、その二人の名前は禁句だと。
わたくし?
わたくしが悪いの?
わたくしは悔しくて仕方がありませんでした。
城から出たわたくしは、その足で、友人宅へ向かい、今日あったことを洗いざらいぶちまけました。
もちろん、令嬢としての品性は保った言い方ですよ?
でも、くやしくて、くやしくて。
それから毎週「お話相手」の後に北領令嬢達とお茶会を開き、グチを聞いてもらうのが定例となりました。
お茶会のメンバーは徐々に増え、わたくしは北領で最も影響力のある令嬢になりました。
わたくしは「姫のお話し相手」として、アレクシアと囲碁を打つようになりました。
話をするとイライラするからです。
カール様とチェスで遊んでいたというので、試しに一局対戦してみたら、展開が遅くてイライラしました。長考するわけでもないのになかなか勝負がつかなくて、耐えられません。
愚図なアレクシアらしい駒運びでしたわ。
それでわたくしは自分の得意分野にアレクシアを引き込みました。
囲碁であれば、アレクシアをさっさと打ち負かして、お茶会へ向かえたからです。
チェスと違って、碁石には「役」がありません。
石を適切に配置して、陣地を確保していくゲームです。
話もなく、黙々と石を置きつづけ、一局終わったら帰るだけの全くお話しない「お話相手」です。
全く話をしなくても、アレクシアには何かしらケチをつけたくなる事柄がありましたので、お茶会の話題には事欠きません。
最近は、お茶会に参加する令嬢たちも帝都の情報などを集めて共有してくれるようになっていましたので、わたくしのお茶会は大盛況でした。
ルイス殿下の婚約者はまだ発表されておらず、最有力候補が東領のミレイユ姫で、青色の髪と紫色の瞳の聡明な令嬢で、チェスもお上手だそうです。
二番手は、西領のマチルダ姫で、姫らしいお可愛らしさに溢れてらっしゃるそうです。
三番手は南領のリリィ様で、帝都の令嬢たちの間で既に強いリーダーシップを示してらっしゃったようですが、現在は南領にお戻りだとか。
北領の姫アレクシアは、圏外です。
領主夫妻が亡くなった折、ルイス様は帝立学園を3ヶ月もお休みしてまでアレクシアのお世話に回って下さったそうです。
アレクシアのようにズルをしてルイス様に構ってもらった引きこもりの姫は、その思い出だけを胸にずっと北領に引っ込んでいて欲しいと思われているようです。
北領内だけでなく、帝都でまで悪評にまみれているとは、嘆かわしい。
ノーザンブリア家に特徴的なプラチナブロンドと水色の瞳で、スペックは悪くないのに、地味でぼんやりした姫です。
わたくしのお茶会に参加している貴族令嬢達よりも高貴な雰囲気はあります。
でも、東西南北4領主の姫達を並べたら、埋没して目に留まらないでしょう。
わたくしはこの埋没していそうな姫が北領の姫であることに苛立ちを覚えました。