マグノリア7
私はカールに頼み込んで、カールの西領についての意見を教えてもらった。
西領ウェストリア公の奥方は、伯母カメリアだ。
妹リリィと従妹のマチルダはとても親しくしていた。
私と西領総領のクリストファーは、そこまででもない。
私は領地に籠っていたから、会った数も多くない。
しかし、縁戚関係にあるにも関わらず、西領は何の支援も申し出てくれていない。
私の消息は不明だということにしているが、帝室に問い合わせるなどして、ウェストリア公が調べられないレベルの秘密ではないハズだ。
なのに西領は、動いてくれない。
だから「北領の時と同じく黒幕は西領」という噂が流れている。
だが、カールは北領に関して「東領」が黒幕だと想定しているのだ。
西領だと思わない理由が知りたかった。
カールは、自分自身が責任のある立場だと認識しており、他領について語るのを嫌う。
私がしつこく頼んだら、しぶしぶ口を開いてくれた。
西領には直ぐに動けない事情があった。
これは話せない。
南領支援に置いて初動が遅れた西領は、帝室が入ったと聞いて沈黙に徹することにした。
帝室が西領に武力で南領を支援することを許せば、帝室は東領の軍が南領に入ることも許さなければならなくなるからだと推測している。
その代わり西領は、無国籍軍事集団の新兵採用を徹底的に潰していると思われる。
その理由は、北領で受け入れている避難民に無国籍軍事集団の脱走兵が増えてきたこと。
脱走兵たちは、「新たな地下組織」が新兵採用を潰して回って、各地で「朝敵になるぐらいなら北領へ逃げろ」と喧伝しまくっていると言っていた。
ツッコミどころ満載だが、敵を減らしてくれるのは大いに助かるから、カール個人としては感謝している。
北領が守護と救援に徹している理由もそれに近い。
北領が避難民を無制限に受け入れていることは、南領だけではなく、他領でも周知されている。
東領は帝室から北領と同じ様に難民を受け入れてくれと言われたら、南領に兵を入れられる代わりに自領が貧しくなるから手を出しにくくなっている。
全部アレクシアからの報告だけどね、そう言ってカールは微笑んだ。
妹が誇らしいのだろう。
私は単独でルイスの庇護下に入ったこともあって、自分の手駒はいない。
いたとしてもここまでの情報を取ることができたかわからない。
仮にリリィが生きていたとして……
あの子はきっとルイスに付き従って拠点奪還にいそしんでいたことだろうと思う。
もしくは、テーラ宮殿で保護されて、ルイスの不在中もミレイユ姫とガチガチ戦ってソフィア様の心証を更に悪くしていたかもしれない。
南領のテンプル騎士団は、弱かった。
長らく式典警護、災害時の動員、害獣駆除ぐらいしかやってなかった。
そして、南領が落ちた後、その多くが姿を消した。
北領に逃げたか、土地勘がある兵士として無国籍軍事集団に雇われたか……
私があまりの自分の不甲斐なさに弱音を吐くと、カールは「ウチも中身は同レベルだ」と北領の内部情報を開示してくれた。
「北領は難民を受け入れていると言っても、実際に受け入れているのはアレクシアの封地とアレクシアが新規に買った土地だけだ」
カールが語るアレクシア姫は、常に「頼れる」人物だ。
ルイスが「守りたい」プリンセスと同人物とは思えない。
「他は何をしているんだ?」
「避難民が城の前を通過して、アレクシアの封地に歩いていくのを見てるだけだよ。先程言った通り、北領自体は東領の掌握下にあるんだ。移民のために貧乏になるのが嫌なんだよ」
「でも、アレクシア姫は、帝室直轄地の東の森にいるんだぞ? どうやって管理しているんだ?」
南領から既に相当数の移民を送った後だった。
アレクシア姫の封地だけで養えるのか?
「アレクシアはカリスマがあるらしくて、崇拝者たちが封地を回しているみたいだよ? あの子が封地に帰ったのは、今のところ1度だけだと聞いている。その時にアレクシア姫の印章も託したと報告を受けている。あの子の悪い癖と言ったらいいのかな?」
信じられない。
アレクシア姫が北領公印を帝室に差し出して、カールの保護を乞い願ったことは聞いていたが、今度は自分の封地の印を自分の崇拝者に渡したのか?
「もう既にかなりの人数を送ったんだぞ? 君は崇拝者達が頑張れば、民を養えると思えるのか?」
「崇拝者たち一人一人は大したことがないかもしれないが、あの子の家庭教師は、ソフィア様のご両親のブリタニー老夫妻で、現住所はアレクシアの封地だからね。あんまり心配はしていない」
また、ソフィア様、か。
最悪、帝室が救いの手を差し出すってことか。
「ソフィア様に随分気に入られているようだね? 自分の親を家庭教師に送るとは、相当だ」
「ブリタニー老夫妻は、強烈だったよ。最初は城に招聘したんだけど、異臭騒ぎ、騒音騒ぎ、爆発騒ぎが頻発して、アレクシアに寂れた土地を与えて引っ越してもらったんだ。でも、封地を貰うためにワザとやったとも思えないんだ」
「妹を家庭教師ごと追い出したのか? 嫌がらなかったか? 兄様至上主義なんだろう?」
「封地を任されたって、すごく喜んでたよ。私から何かを任せてもらえると喜ぶんだ。あの子は恐らく大粛清でつぶされる貴族の土地を買い上げているのだろうから、ノーザスに帰ったらうまいこと封地を広げてやらないといけない」
「任されると喜ぶから、任せる。すると姫がどんどん頼れる人物になっていった?」
「そう、なのかな?」
カールにとっては、アレクシア姫に頼ること、いやアレクシア姫と協力して北領を守ることは普通のことのようだ。
「なんとなく、思ったんだが、もしかしてアレクシア姫はルイスと相性が悪いのか?」
「ルイスと相性が悪いと思う理由が今の話の何処にあったか詳しく知りたい」
カールは真剣な表情だ。
「いや、ルイスって、アレクシア姫のこと『甘やかして絶対守ってやるマン』じゃないか? でもアレクシア姫に崇拝されている君は、任せて上げると喜ぶって知って任せてるワケだから、ルイスと一緒にいたら何も任せてもらえないアレクシア姫は悲しみそうだ」
「そうだね。牢にでも入れとけって言ったのには驚いた。でも結局は仕事を与えたのだから、コミュニケーションが取れてれば大丈夫な気がしている」
カールは知れば知る程、穏やさが心地の良く響いてくるような男だ。
アレクシア姫が兄上大好きレディーになった気持ちが分かる気がする。
よくわからないのは、カールはアレクシア姫に皇太子妃の座を争わせるつもりはないが、ルイスの傍に置くことには異論はないようだ。
妹を配下か、愛妾として進呈するつもりだろうか?
18ヶ月間の南領戦役を終えたカールの帰郷が決まってすぐに、アレクシア姫は、大粛清を実行した。
急報を受けたカールは、大急ぎで帰北した。
そしてひと月もしないうちにカールからアレクシア姫をナンチャンまで使者に出すと連絡が来た。
ルイスは嬉々として北領と帝室の国境までアレクシア姫を迎えに行った。
アレクシア姫がナンチャンに現れた時、端的に言うと、一目ぼれした。
瞳が、いたわりに満ちていた。
その見守るような視線が暖かった。
私は彼女にくぎ付けになって、しばらく動けなかった。
ああ、リリィ、私は今、ようやく君の気持ちがわかったよ。
サウザンドス家の情熱の炎が、ようやく私の心にも灯ったよ。
誤解のないようにきっちり書いておくが、一目見た瞬間に、目の前の人物がアレクシア姫でないことが分かった。
アレクシア姫のことを毛嫌いしている従妹の影武者だろう。
難儀な相手に惚れてしまった、と思った。




