ルイス後編14
「ルイスが心底驚いていることから察するに、時戻し前のアレクサンドリアの相手はシオン公子ではなかったんだな?」
「私は時戻しの前にアレクサンドリア姫に会ったことがなかった。存在も知らなかった。アデルがノーザンブリア家でダイアモンド姫と呼ばれていることも知らなかった」
カールが時戻し前の世界について質問したのは初めてだ。
だから、これまで何も聞かずにいてくれたことに対する謝意を込めて正直に答えた。
「なるほど……」
カールは、ノーザンブリア家とテーラ家が互いに信頼し合うことができなくて、今のような腹を割った交流をしていなかったことに気付いただろう。
「わたくしはルーイの奥さんではなかったのですか?」
「私達は睦まじくテーラ宮殿で一緒に暮らしていたよ。でも、君はダイアモンド・ノーザンブリアと名乗ったことはなく、ずっとアデレーン・テーラだった」
ああ。久しぶりに見るアデルの思案顔だ。
人差し指と中指の背に唇を埋め、視線を落とす仕草がとても好きだ。
「シオン公子は? シオン公子は誰と結ばれた?」
「メラニー嬢だよ。彼女はミレイユ姫に成り代わって、偽者のミレイユ姫としてシオン公子と結婚した」
「偽者?」
小さなため息を飲み込んで説明した。
「本物のミレイユ姫は、14才まで偽者のシオン公子として活動した後、身分を捨てて北領平民ヴァイオレット・メローペに改名した。シオン公子は5才で死亡偽装して、15才の時、シオン・イースティア・テーラとして再び世に出るまで女装してノーザンブリア家に匿われていた」
「ウチが元凶か?」
「違う。精神薬と毒が多用される世の中で、有力者は雲隠れすることでしか生き延びられなかった。リリィ姫は夭折し、マグノリア公子は北領平民ルカに改名し、ライラック姫は15才までウェストリア家に匿われ、人前に姿を表さない北領のアレクシア姫は無菌室の姫と呼ばれた」
「アレクシア姫?」
「アレクサンドリア姫の愛称、かな?」
私はアデルとカールの疑問に頷きで肯定を示した後、言葉を続けた。
「皆が隠れて暮らす世の中だったからそれぞれの人物が会うことが出来た人物も限られている。今とは全く環境が違うし、時戻し前と同じ縁組に拘る必要はないと思う。あ、でも、君は私と結婚してねっ、アデル。ちゅっ」
アデルに寄っていって、頬にキスを落としたら、カールとアデルの渾身の冷たい視線を浴びた。
知ってるよ。「今じゃないだろ?」でしょ?
でも、雰囲気は和らいだよね?
「こほん。なぁ、ダイアモンド。東領の臣民はトーマス殿下とミレイユ姫の治世を望んでいるんだろ? そしてシオン公子も譲りたい。それなら、北領はアレクサンドリアに任せてシオン公子を娘婿に貰って二人に治めてもらうというのはどうだろう?」
「カールは研究を続けられるし、良いのではないでしょうか?」
「は? そんなのアリなの?」
カールの予想外の提案に驚きを隠せなかった。
カールは、時戻し前も執政を放棄して、研究者をやっていた。それが彼の望みなら、それでいいんだが……
「マティは北領領主夫人になりたいかもしれないから、ちょっと聞いてくる。オッケーだったら、ノーザスに戻って両親を説得するが、いいか?」
「そうですか。では、わたくしは東領公邸へ訪問して、トーマス殿下とミレイユ姫の反応を伺ってから、ノーザスへ向かいます」
「え? まさか、今から?」
「ルーイは陛下とパパに連絡して下さい。チームワークです。では、ごきげんよう。ちゅっ」
え~。
私、東領から帰ってきたばっかりで、アデルとイチャイチャしたかったんだけど?
慌ただしく部屋を出る二人を止める間も与えてもらえなかった。
お家騒動だから、仕方ないか?
**
結論から言えば、カールの思い付きは、皆に受け入れられ、駆け落ち事件から2週間も経たないうちに、北領の惣領がアレクサンドリア姫に、東領の惣領がミレイユ姫に変更され、シオン公子とアレクサンドリア姫の婚約が発表された。
同じ日から学園を無断欠席していたシオン公子とアレクサンドリア姫の駆け落ち未遂は、惣領変更や婚約で慌ただしかったことにして、上手く揉み消した。
カールが唯一気にかけていたマチルダ姫は、カールが卒業後も帝都に残って好きな研究を続けることを喜んだ。自分が母君や友人とも遠く離れなくて済むのも嬉しいようだ。
マチルダ姫の父君のウェストリア公も大喜びで、先代王朝マール家の家門を復活させるとか、西領の第4都市マールを譲るとか、爵位も準備するとかで、張り切ってカールとマチルダ姫のための新しい家門を準備しているそうだ。
ダニエル公は知らないが、カレン夫人も双子がノーザスに戻らないことを密かに喜んでいるんじゃなかろうかと思われる。
シオン公子は大歓迎されたとのことだ。
ミレイユ姫も臣民の望みは知っている。ガリ勉真面目さんなミレイユ姫は、シオン公子から惣領の地位を引き継ぐことを承諾した。
そこまで真面目なタイプではないトムはフレデリックと交渉して、執政の引継ぎまで10年の猶予期間を貰い、ミレイユ姫と旅行しまくる計画を立て始めた。
**
「本当にいいのか?」
「この仕組みはなくすべきだ。君こそいいのか? 陛下は反対するだろう?」
「大丈夫。魔力の多寡で領主が決まるのは良くないという君の意見に同意していた」
「そうか……」
北領と東領の惣領が変わった後、カールは4領主と相談して、火水風雷の継承と救済の仕組みを終わらせたいと言ってきた。
どうやってやめるのか知らないから自分でやってと言ったら、ノミと槌を持ってやってきた。
原始的だ。
「私は魔眼持ちじゃないから、どれがどれかわかんないんだ」
「これだ」
時戻しと救済の魔道具が置いてある部屋に案内して、自分で壊してもらった。
「ここだけの話、君は時戻しの前も『救済』の仕組みを壊したんだ。環境はかなり違うのに同じ行動をとることが奇妙に思える」
「突き詰めて言えば、『救済』の仕組みは時代錯誤なんだ。自領を守護するには魔力ではなく政治力が必要な時代だし、継承紋を持たないアレクサンドリアやミレイユ姫の『正統性』に陰りが差すような仕組みはない方がいい」
アデルには論理的でないと笑われるかもしれないが、この仕組みが時戻しの後も不要とされたことを運命的に感じてしまう。
「一生に一度、目の前で死んだ人を生き返らせる仕組みを壊すのはもったいないけれど、伝承が途絶えた状態で『救済』が使われると、救済された側が『神のいとし子』とか言われて調子に乗って、世界を乱すのを見たんだ。壊してくれて嬉しい」
「時戻しのクリスタルは壊さなくていいのか? テーラ家にとっても呪いのようなものだろう?」
テーラ紋は、火水風雷の紋とは違い、血統による継承だけど呪いって程のことでもない。
「フレデリックの代も、私の代も、時戻しの仕組みがなければ、食べ物を奪い合う時代や、人類は互いを殺し合う時代に戻っていた。ウチはまだ手離せないよ」
「そうか。では、壊す道具は置いて行こう。これさえあれば殴るだけだから、誰にでもできるが、この道具はダイアモンドにしか作れない」
時戻しの仕組みがいらなくなったら、魔界に持って行って、魔王に壊してもらえばいいんだけど……
まぁ、道具があって、いつでも壊せるのは便利なのかもしれないから、ありがたく貰っておいた。
「父には長生きしてほしいが、父が死んだらノーザス城にある雷の継承者の部屋も消滅させたい。もし、私もダイアモンドも父より先に死んでしまうようなことがあったら、魔王に閉じて欲しいと頼んでくれないか?」
「つまりダニエル公は反対しているってことだね?」
「正解」
「ふーん」
カールとアデルは、本格的に魔王の遺物を処分しに掛かっているようだ。
それでいいのかな?