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ルイス後編13

「東領のシオン公子が長年の婚約者との婚約を一方的に破棄した」


「ん? え? は?」


 いつもは魔術談議に花を咲かせているアデルとカールが暗い表情で、私が談話室に来るのを待ち構えていたように言葉を発した。



「シオン公子の浮気の相手は、アレクサンドリアだそうです」


「!!!」


 なんでそんなことに?

 アレクサンドリア姫はクリスに一目ぼれしたんじゃなかったの?



「ルーイが東都にいる間に、二人が駆け落ち騒動を起こしました……」


「は? 駆け落ち? 二人はまだ15才だよね?」


 あんまりにもビックリして、久しぶりに子供を持つ親世代っぽい感想が出てしまった。


 アレクサンドリア姫とシオン公子の入学年は、時戻し前の東領紛争の勃発年だった。


 トムも私も東領の安定度の確認や不穏分子の調査にと東都イーストールに足を運ぶ機会が増えており、学園の方が疎かになっていたら、予想外の事態が起きていた。



「アレクサンドリアは、婚約を破棄するための『偽装恋愛』で、駆け落ちはパフォーマンスだと言うんだが……」


「その割に、二人は本当に想い合っているようにみえるのです」


「ごめん、ちょっとついていけないんだけど……」


 前東領領主スミレ公が、罷免されたのは、8年前だ。

 以来、東領は帝室管理となった。



 再生計画は、こうだった。

 まず、最初はフレデリックが執政で、東領を掃除した後、スミレ公の前夫トンファーン卿に執政権を引き渡す。


 第2段階は、トンファーン卿と元の婚約者の間に生まれたメラニー嬢とイースティア家とテーラ家の両方の血を継ぐシオン公子を結婚させることで、トンファーン家とイースティア家の共同統治期間を作る。


 最終段階は、3家の血を継ぐメラニー嬢とシオン公子の子供が、もっとも正統性の高い東領領主として執政を引き継ぐ。



 しかし、3世代かけてじわじわと正統性を高めていく計画は、東領の民には受けなかった。


 東領の至る所に足を運び、汗水垂らして東領を掃除し、住みよくしようとしたのはフレデリックとトムとミレイユ姫であることを東領の臣民は良く知っている。


 トンファーン卿もフレデリックの補佐に入っていたが、シオン公子とメラニー嬢は、子供だからと大事に育てられた。


 8才のトムと9才のミレイユ姫に視察の公務を詰め込んだテーラ家はまともじゃない。鬼畜一家だ。

 児童保護の観点では、子供として育てられたシオン公子とメラニー嬢の方が健全だ。


 しかし、そうはいっても、臣民たちは新聞でしょっちゅう見かけるトムとミレイユ姫に好感を抱いて、次の領主はこっちがいいと思ってしまったのである。



 トムが特に注力したのは、教育分野だ。


 トムは、時戻し前、南領を治めていた。南領は豊かだった。南領紛争はあったが、農耕や畜産に適した肥沃な大地を有しており、牧歌的な美しさに満ちていた。


 しかし、南領の若者達は、自分たちが搾取されていると思い込んでいた。自分たちが作った食糧は不当に安値で買い叩かれ、他領は富を蓄え、贅を極めていると怒っていた。


 暮らしに困ったことがないはずの業火のリリィが、母親の大聖女ライラックのテーラ宮殿での贅沢暮らしの思い出話を聞き、そのように思い込んでいたから、彼女に付き従う者達も皆同じように信じ込むようになった。


 そして、業火のリリィが蜂起した後、蒙昧な若者たちは自分たちの土地に火を放って焼野原にした。


 他領に対するストライキのつもりだったとのことだ。



 実際のところ、彼らは他領の若者たちよりも遥かに恵まれていた。


 他領では、南領から食糧を輸入するために、知恵を絞って対価として渡す「価値のあるもの」を生み出さなければならなかった。

 お金は慎重に運用しなければすぐに溶けるから、子供の頃からしっかり教育を受け、競争社会で生存する術を学ぶ。


 その結果、南領の若者から見て、他領の若者たちはズルい性格なのかもしれない。洗練されているように見えたかもしれない。贅沢しているように見えたかもしれない。

 でも、それらは生き残りの競争の延長上にあるのだ。



 トムはこの認識の差が生まれた原因は「教育」にあると考えている。


 南領紛争の後、南領には知識層が少なくなった。

 南領が豊かだと認識できる人たちが少なかった。


 自領にあるモノに誇りを持てず、他領が持つモノを妬むようになった。

 

 最も声が大きく、最も怒っていたのが業火のリリィだった。


 トムは、彼女と対話しようとしたが話が通じなかった。

 最終的には捕らえて首を落とすしかなかった。


 彼女の母である大聖女ライラックも、捕らえて首を落とした。


 そこまでやって初めて世界中に広がりつつあった放火が沈静化した。


 南領は、農耕が盛んだから、天候が民の関心事だ。

 天候は人には操れないものだから、「神」に祈る。


 それで他の地域よりも「教会」の発言力が強く、「大聖女」の娘が言うことを盲信した若者たちが、手あたり次第放火するという大惨事が起きた。


「なんて馬鹿なことを!」


 時戻し前に何度聞いたかわからない言葉だ。

 まともな教育を受けている人々は、口を揃えてそう言った。


 トムもその一人で、時戻し後、「教育」に非常に力を入れるようになったのだ。


 入ったのは南領ではなく、東領だったが、帝立学園と同レベルの教育を目指し、東領各地に学校を設立していった。

 開校式典には必ずミレイユ姫を連れて教育関係者を激励し、ついでにいろいろ視察をして帰ったから、トムとミレイユ姫の東領における人気は本物だ。


 並び立つ姿は太陽と月なんて言われてる。

 民って、その小説、好きだよね?



 前置きが長くなってしまったが、これでようやくシオン公子とアレクサンドリア姫の話に繋がるんだ……


 シオン公子とトムは腹違いの兄弟と言うよりは、親友のような関係性を築いており、シオン公子自身がトンファーン家やシオン公子ではなく、トムとミレイユ姫に東領の執政を続けて欲しいと思うようになっていた。


 そんな折、学園でアレクサンドリア姫に出会った。


 言葉を交わすようになったのは、学園のダンスの授業でパートナーを組むようになったことがきっかけだ。


 私としては、トムの婚約者のミレイユ姫を同じ学年で守る代わりに、トムにはアデルの妹のアレクサンドリア姫を守って欲しいと願っていたが、トムはライラック姫の監視を優先し、アレクサンドリア姫ではなく、ライラック姫とペアを組んだ。そして、アレクサンドリア姫はシオン公子に任せた。


 ダンスの休憩中にアレクサンドリア姫から聞く彼女の双子の姉と兄の「魔術まで科学する」姿勢に興味を持って、詳しく話を聞きたがったことで、親しくなった。


 カールとアデルが魔紋に関する論文を書き始める前は、魔術は科学するものではなかった。


 騎士が体系的に剣術の訓練をするように、魔術師も体系的に魔術の訓練をするだけだった。


 騎士道を科学する者がいなかったように、魔術道も科学する者がいなかった。



 魔力不全の治療という科学と親和性の高い分野からスタートしているとはいえ、魔術と科学を繋げる取り組みはシオン公子に衝撃を与えた。


 それでシオン公子は話を聞くために頻繁に北領公邸を訪ねるようになった。

 カールがいれば、カールに話を聞いたが、カールはテーラ宮殿に行って不在なことも多かった。


 そういう時は、アレクサンドリア姫とお茶を飲みながらいろいろなことを議論した。


 そんな日々を重ねるにつれ、魔術まで科学する意欲的な研究者であるにも関わらず、政治にも手を抜かず、ネットワーク作りの為に学園に通っている北領公子カールに敬意を抱くようになった。

 それに対して、東領公子の自分は「紫色の瞳」の令嬢と結婚して「紫色の瞳」の子が生まれれば東領領主としての正統性が確定するというレベル感の差に悩むようになった。


 そして、婚約者のメラニー嬢に手紙で全てを説明し、独断で一方的に婚約を破棄してしまった。


 大人に相談すれば反対されるに決まっているから、独断で進めるしかなかった。


 最後に、学園は放り出して、密かに姿を消そうとした。

 アレクサンドリア姫は、それに気付いて、シオン公子について行った。

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